第10話宿りし魂は華麗なる巫女
チビィの事は、それから数時間経った後皆気にしなくなった。ポロとユズは何度か気にしていた様子だったが、ちゃんとは拠点作りに協力してくれた。
(善と悪か……)
かく言う俺もチビィの言葉を気にしていた。特に皆が皆善の心を持っていない、という言葉。
確かに俺達は出会って間もない割に意気投合している分、互いの事をよく知らない。だからここにいる人全員が、善の心を持っているとも言えない。
チビィのように堂々としているのとは違い、もしかしたらその心に影の部分がある人だっているのかもしれない。
「どうしたのツバサ。さっきから作業止まっているよ」
深く考え事をしていて、作業の手が止まっていたのか、キャトラが声をかけてきた。
「あ、悪い」
「もしかしてチビィの事を心配してる?」
「多少はな。あんな小さい体だし」
「でも追い出したのはツバサでしょ?」
「それも分かっている。だから俺が気にしているのは、違う物だよ」
「違う物?」
「人の心の事、かな」
自分らしからぬ言葉を言ってしまう。そのせいか言った後で、猛烈に恥ずかしくなる。
「人の心って、やっぱりさっきの言葉がきになるの?」
「うん。でもチビィの言っている事は間違ってはいないなって思ってさ」
「善と悪の事? 確かに誰だって全部の心が善とは限らないからね。でも、今それを気にしても仕方がないんじゃないの?」
「そうかもな」
人の心がどうかとか、ずっと考えていたら疑心暗鬼のままこれからの生活を続ける事になるし、それは俺も嫌いだ。
「ツバサさん、キャトラさん、夕食ができましたよ」
「ほら、ユフィも呼んでいるし行こう? ツバサ」
「そうだな」
キャトラが手を差し伸べてくれたので、俺はその手を掴んでキャトラと共に夕食の場へと向かうのであった。
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その日の夜遅く。俺は一人で拠点作りの続きを行っていた。今日一日で作業道具一式と、家の基盤となる柱とかも大まかに出来上がっていた。
(釘やネジがないから、固定するのが難しいな……)
その為何度もお世話になっている蜘蛛の糸や、蔦をうまく活用して順調に建設は進んでいる。
耐久度としては決して高くはないかもしれないが、人が暮らせる程度のものにはなり始めている。
「心配して見に来てみたけど、まさかこんな時間まで一人で作業しているなんてね」
明日の作業はどうしようかとか一人で考えていると、どこかで聞いた事があるような声が、突然背後からした。
「だ、誰だ!?」
振り返るとそこには巫女服を身にまとった黒髪の女性が立っていた。見た目はすごく美人なのだが、問題があった。
「ゆ、幽霊?」
彼女には足がなかったのだ。
「違うわよ馬鹿! この声で思い出せないの?」
「声?」
そこで俺はようやくその声の正体に気がつく事ができた。
「あの時俺達を救ってくれた」
「正確にはあなたが救ったんだけどね」
「え? でも、あの時声が聞こえたのは刀からで」
「どれだけ鈍感なのよ、あなたは」
そう言うと女性は指を鳴らした。すると、変わり身の術かのように、先ほどの女性はあの時の刀の姿になった。
「これで分かってくれた?」
再び女性の体に戻る。
「ビックリするくらい分かりやすいけど、じゃあ君は俺達のように人間じゃないって事か?」
「簡単に言うとそういうこと。この世界やあなたの世界にははそんな言葉すら存在しないと思うけど、私達はこう呼ばれているの」
”刀魂ノ巫女”
そんな言葉生まれて一度も聞いたことがなかった。いや、それはとても当たり前のことなのだが。
「その名前の通り私達は刀一本一本に宿された一つの魂が、人の形としてなったものなの」
「付喪神みたいなものか」
「神様ではないけどね」
何はともあれ彼女は幽霊ではないらしく、そういう人間だということ。こんな深夜にあんな風に現れたら、誰だって幽霊だって勘違いしてしまうと思う。
現に俺ですらビックリしたくらいのだから、女性陣は彼女の事をどう思うのだろうか。
「それで、その、何とかの巫女というのがどうしてこの世界に飛ばされたんだ? どちらかというと、敵は自分達の世界にいるんじゃないのか?」
「それが分からないの。どうしてこうなったのか。ただ誰かがピンチだって分かったから、咄嗟にあんなことを言っちゃったけど」
その誰かというのは恐らく俺だろ。実際、あの時彼女が助けてくれなければ、俺は今頃あの世行きだった。そういう意味では、彼女は命の恩人だった。
「でもあなたは多分普通の人間ではないみたい。この刀を手に取れるのは、限られた人だけだから」
「限られた人って、別に俺はどこにでもいる普通の人間だぞ」
「確かにみてくれからして、特別な人間って感じはしないわよね。まあ、いっか」
「よくはないと思うんだけどな」
俺はため息をつく。本当この島に来て不思議な事ばかり起きている。しまいには俺自身も否定されて、本当この先まだ何が俺を待ち構えているのやら。
「とにかくあなたが私を手に取った以上、契約しないわけにはいかないの」
「何だよいきなり契約って」
「私はカグラ。そしてこの刀も同じく神楽。あなたは私と契約して」
「断る」
カグラと名乗った女性のセリフを全て聞く前に俺は即答する。聞かなくても、絶対にろくな事にならないので、ここは先手必勝。
「ちょっと、話は最後まで聞いて」
「聞かなくても分かる。そもそもこの島は、戦いとかする島ではないはずだ。俺は人間をやめたくない」
「それはごもっともなんだけど、また今日みたいに怪物に襲われたらどうするの?」
「その時はその時だ。それにここには勇者だっているんだから、いざという時には何とかなるだろ」
「ふーん、男のくせに人任せにするんだ。まあそっちがその気なら、私にも考えがあるからいいんだけど」
「考え?」
カグラは俺の言葉には何も答えずに、俺の真正面までやって来て、
「な、何だ……」
「んっ」
何も躊躇わずにキスをしてきたのであった。