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再会

 「ねえ、あなたはあの時の……?」


自分にとって聞く必要はなかった。小さいときに見たあの姿と全く同じだったのだ。私は同一人物だと確信していたが、本人にうなずいてほしかった。

 しかし、目の前の金髪少年は首をかしげて唸った。


「君は……どこかで会ったことがあった?」


「……え」


頷いてもらえると思っていた私は予想と違った彼の反応に驚きを隠せなかった。


 「しかし、ちょうどよかった。僕は茶髪でロングのこれくらいの女の子を探しているんだけど、君、知っていたりしない?」


少年が手で高さを示したその高さは、この少年と出会った日の私の身長に近かった。


「……それ、もしかして私ではないんですか?」


少年はさらに大きく首をかしげた。


「え? でも僕が会った女の子はもっとずっと小さかった。確かに君はあの子に似ているかも知れないけど……」


「いやいや、さすがにあの時から十三年も経っていたらさすがに成長するでしょう。あの時と全く同じ姿のあなたがおかしいんじゃないですか?」


「……十三年? あの時から一日しか経ってないけど」


この人、十三年の間に全く成長しなかったから悔しさで記憶がおかしくなっているのではないだろうか。なんとかわいそうな子だろう。


 「いいえ。確かにあの時から十三年経っていますよ。証拠に、あの時にもらったこの砂時計と懐中時計はこんなに汚れたり傷ついたりしています」


私は両手でがっしりと乱暴につかんでいた砂時計と懐中時計を掲げて見せた。少年は目を見開く。


「……それは、確かに僕があの子にあげた時計だ。でも、なんで……」


 その時、川の上、空中からこの少年と同じ金髪の短髪で、小学校低学年によくいる体育少年のような少年の上半身がどこからかにゅっと出てきた。


「あなた、どこから出てきてるの!?」


この体育少年には下半身が見えない。下半身に続くところから淡い黄色の靄の輪に囲まれて、そこから先はどこにもない。


「あっやべ。人間がいたのか」


私をちらりと見た体育少年は、呼吸ができなくなるほど冷たく鋭い視線を向けてそう言った。

 そしてすぐに興味を失ったようで、まるで私が最初からいなかったかのように、私の目の前の少年に温かな笑顔を向けて声をかけた。


「お前、早く戻ってこいよ。いつまでここに突っ立ってんの?」


「少し待ってくれ。今、この女子に用がある」


「何、まだ済んでなかったの? 早くしろよ」


「済まない。なぜ昨日会った女の子に渡した時計をこの少女が持っているのか気になって。しかも、傷がついてる。……私は今、機嫌が悪い」


 そう言ったかと思うと、少年は私に向き直った。どうして、この体育少年の前では一人称が変わったのだろう。


「答えてくれるか? 君はなぜ、その時計を持っている? あの女の子と知り合いなのか? あの女の子はどこにいる」


その声は低く、ドスが効いている。怖い。背筋を何かなまぬるくてうねうねとした生物が這って行くような感覚を覚えた。


「わ、私は、十三年前にあなたにこれをもらって……」


声にできたのはそこまでだった。うねうねとした生物が首に巻きついたような気がした。実際には、そこには何もいないのに。声を出すのが恐ろしかった。


 「なあ、お前何変なこと言ってるんだ?」


「少し黙っていてくれないか」


「俺たぶん、こいつが言っていることは間違ってないと思うぜ」


「なぜ? 昨日今日でこんなに容姿が変わるものか。どうせこいつがあの女の子を殺して奪い取ったのだろう」


「いやいやいや」


体育少年は大声で笑って首を振った。


「お前はほとんどこっちに来ないから感覚がわからないんだろうが、あちら側の一日はこちら側にとってすごく長い時間なんだよ。確か、十三年だったはずだぜ」


「そうだったか? ……いや、そうだったかもしれない。確かに父さんがそんなことを言っていた気がする。助かった」


「はいよ」


 「と言うことらしい。済まない、すっかり忘れていた。君はあの時に会った女の子でいいんだね?」


「は、はい」


体育少年が言ったあちら側とこちら側がなんなのか気になるが、さっきの視線を考えると訊きづらい。とりあえず目の前の少年だけを見ることにした。


「無事、私たちは再開できたわけだ」


「ああ、はい」


長い沈黙が続いた。続きを待ってうずうずしていると、少年はやっとのことで口を開く。


「で?」


「……で?」


意味が分からず聞き返す。この少年は何を期待しているのだろうか。


 「で? と私に聞き返されても困るのだが。行かないでくれと言ったのは君だろう? 用件を言ってもらわなくては。私は今日もあまり暇ではないので、できれば早めに済ませたい」


そういえばそうだった。しかし、私は彼のことが好きでもっと長い時間を一緒に居たかったから呼び止めたわけだ。そんなことを聞かれても困る。


「えっと……できたら、一緒にそこら辺を歩いたりしたいなって」


「は?」


「は……?」


少年は「あ」の口の形をしたまま固まってしまった。


「君は私の話を聞いていたか? 時間がないと言ったんだが。なぜあの時私を呼び止めた?」


「い、いや……すみません。もう少し一緒に居たかったので」


少年はため息をついた。


「そんな理由で私を呼び止めたのか? 昨日……じゃない、十三年前は予定が詰まっていたから今日を指定したのだが、私はそんなことで予定の間の短い時間を使い果たしてしまうのか?」


「ごめんなさい」


まさか彼がそんなに忙しいとは知らなかった。あの時優しいと思っていたのは私が小さかったからで、彼も私が小さいから優しくしてくれていたのだろう。今ではそんな優しいところを一つも感じない。


 「全く……いくら小さいとは言っても、そのくらいは考えてはくれないか? なぜ私は君の相手をしてしまったのだろうか」


それからは説教だった。忙しいと言っておきながら、ずっと長い時間私に説教をしていた。

 体育少年も苦笑気味で、あまりにも長すぎたため、一旦戻ると一声残して引っ込んで行ってしまった。


「そんな……」


いい加減我慢ができなくなり、おとなしく聞いていることができなくなった。


「おっあいつの声止んだじゃん! もう話は終わりか?」


ちょうど再びにゅっと出てきた体育少年の声と重なって私は叫んだ。


「そんなに言わなくてもいいじゃない! 幼い私が初めて経験した淡い恋心をそんな風に否定されるなんて思ってもいなかったわ! あなたは人のことを考えられない人なの!? 最低ね」


言い終わり、その場が形容しがたい雰囲気に包まれる。私の顔はみるみる熱くなり、そんな自分を知って黙っているのが恥ずかしくなった。

 しばらくして、体育少年の抑え気味の笑い声が聞こえた。


「何よ、何か変なの?」


「いや、変じゃないが……あんたはこいつがどういうやつか知っていて呼び止めたわけじゃないんだな? ま、そりゃそうか。普通は現代の人間になんて縁のない生き物だしな」


「恋、だって?」


金髪少年がつぶやくように言った。


「ま、確かにわかるよ。こいつはきれいな見た目だし、成績優秀。モテてるよ。でもな、たぶんお前はこのことを知っていたらこんなことをしなかった。それは……」


体育少年は眉尻を下げて口を開いた。


「こいつには、お前が出会ったときすでに婚約者が居たんだ」


開いた口がふさがらなかった。だって、この少年は明らかに小学六年生くらいの見た目だ。少年だ。子供だ。一般的な子供はそんな年から婚約者なんていないだろう。たぶん。


「もちろん、俺にもいる。俺たちはそれが当たり前なんだ」


「うそでしょ……」


「嘘じゃない。確かに私には婚約者がいる。それで、お前はそれを知っていたら私は今ここにいなかったのか?」


「まあ……」


そうでしょうね。知る機会なんてなかったでしょうけど。


「それなら、私が悪かった。謝ろう。それで、用件はそれで終わりか?」


「そうですけど」


まさか、あの時からずっと想い続けてきた彼への恋心がこんな風に壊されるとは思ってもいなかった。


「それでは、私は帰る。……ああ、そうだ、その時計、返してくれないか」


「えっ」


返すの? その疑問は飲み込んだ。一時的に貸してもらっていたのだろうから。


 「さようなら」


手渡して、駆け出そうとした。川に入れるほど、私は大きくなっていた。


「ちょっと待て」


早く帰って泣き寝入りしようと心に決めていたのに、呼び止められるとは。今度は私が。人のことを考えれない人だなと思いながら振り返ると、二人は私に氷のような視線を向けていた。

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