理由
しばらくして本から顔をあげた56号に「ああ、もういいぜ。俺たちは、それが聞きたかっただけなんだ。さっきの場所だと、邪魔されそうだったからな」と言われ、でも一階で手伝う事は無さそうだったし、かと言ってさっきの事があっては自室に戻りたくもなく、私はこの部屋の隅に腰を下ろした。5号はそれを一瞥したが、特に何を言うでもなく、また目を閉じた。
女性陣が片づけを終え、お風呂を沸かした。私が客だからと一番に入れさせてもらい、咲良、雅、5号、56号の順で入った。
みんなが入り、温まったところで、咲良と56号の部屋に布団が二組敷かれる。それを黙ってみていると、5号が声をあげた。
「おい、こいつのは無いのか?」
「え? ……ああ、鈴鹿さんのですね。鈴鹿さんには、自分の部屋があるじゃないですか」
56号が眉をひそめた。
「鈴鹿? 歌鈴じゃあ……」
その時、5号と雅がはっと目を見開いた。
「あ、あなた!」
「雅、待て。こいつは何も知らないんだ」
それを聞いて、56号も何かを察したのか、ああとうなずいた。
「歌鈴。これからは鈴鹿と名乗ってくれ。こっちの世界で結婚することが合ったら、その相手にのみ、本当の名前を教えるんだ」
「わ、わかりました」
雅からの視線が痛い。5号は黙ったまま、私を見ていた。
「ほら、敷きましたよ」
咲良は唇を尖らせながらそう言って、三枚敷かれたうちの一枚の布団を示した。
「ありがとうございます」
咲良と56号の部屋は、廊下を挟んで向かい側にある。これは、ひそひそ声では届かないだろう。僅かに不安を覚えた。
みんなが布団に入って、部屋の明かりを暗くした。
咲良と雅はきゃっきゃと話し合っている。
「あの」
勇気を出して声をかけたが、予想していたとおり、厳しい視線を向けられた。
「何よ」
「いえ、あの、さっきの虫を切り刻むのは、あまりにもかわいそうなんじゃないかなと」
その瞬間、二人は噴き出した。
「何を言っているの?」
「え?」
「あ、なあに? もしかして、自分がかわいそうって言いたかったの?」
「いえ、違います。虫がかわいそうだと言いました」
また、二人が笑う。何で笑われているのかわからず、気分が悪かった。
「あの」
私が言いかけた時、二人共笑い止み、雅が口を開いた。
「本当に、虫がかわいそうなの?」
「え?」
「虫がかわいそうだと思ったの?」
雅は苛ついたようにまた言った。
咲良が首をかしげる。
「虫を刻んでいる自分がかわいそうなのでしょう? 素直にそう言いなさいな。自分が無事ならそれでいいんでしょう?」
「そんな事」
ないのだろうか? 生きたまま刻まれる虫がかわいそうだと思った。思いながら、料理のために刻んだ。でも、あのミミズは使われなくて……ゾッとした。自分が、あんなに多くの虫を殺してしまったのかと思うと。
「嫌なら嫌って言えばよかったのよ。はっきりしない子ね」
何も言えなくなった私を確認して、二人はまたおしゃべりを始めた。56号は私の気持ちを察してここに布団を敷いてくれたのだろうけど、やっぱり私は、怖いのくらい我慢して自室で寝た方がよかったのかもしれない。
「おい、何だ、これ!」
「し、しらな……私たちが知るわけないでしょ!」
朝、そんな会話を聞いて目覚めた。この部屋はすでに誰もいなかった。向かいの部屋も誰も居らず、皆起きていることを知った。
「おはようございます。どうしたんですか?」
階段を降りてみると、皆が真っ青になっていた。声をかけると、咲良と雅が勢いよく振り返り、こちらを睨んできた。
「ああ、おはよう。俺たちが外に出たら、扉のすぐ横に大量の虫が刻まれて捨てられてあったからさ、ちょっと驚いて。悪いな、起こしちまったか」
「ううん。居候の私が一番遅くに起きちゃってごめんなさい。それと、それをやったのは私なの」
「なっなんでそんなことを!? 私たち、玄関の近くに捨てろだなんて一言も言ってないでしょう!?」
「え、でも庭って……?」
「庭って、そこじゃないわよ! あなた、いったい何を考えているの?」
「あ……」
そうして、私だけが気付いた。奥にいる5号と56号の顔がすっと冷めていくことに。
「咲良」
「……雅」
「今の言い方だと、このことを少しでも知っているな? なんで嘘を吐いた?」
「だ、だって、玄関の近くに捨てるだなんて思ってなかったんだもの」
5号がため息を吐いた。




