第86回 最近話題になっているイラストレーターのトレパク騒動について
久しぶりの、文芸コラムの更新です。
今回も、直接文芸とは関係のない話になりますが、広い意味では関係して来る、『イラストの盗作行為』について、私の考えを語ってみたいと思います。
この話をしようと思い立ったのは、最近 巷で話題になっている、イラストレーターのトレパク疑惑についての報道を見て、色々考えさせられるところがあったからです。
今年の1月ごろから、とあるイラストレーターの作品に多数のトレパク疑惑が持ち上がり、2月に入って、出版社が画集の出荷を一時停止したり、企業が関連商品の返品やキャンセルの受付を表明するなど、かなりの問題に発展しています。
トレパクというのは、『トレースしてパクる』の略語で、見本とした絵や写真をほぼそのまま引き写して絵を描く盗作行為の事を指します。
イラストを趣味とする人なら、一度は好きな絵をトレース(薄紙に透かして描き写)した経験があるのではないかと思いますし、私もやった事があります。
ただし、それは個人の趣味の範囲内でやっている事であり、お金を稼ぐのが目的でもないので、法律的にも世間的にも、そこまで厳しくとがめられる事はありません。
冒頭の、とあるイラストレーターは、イラストを描いてお金を稼ぐプロでありながら、トレパクと言われても仕方がないほどの模倣を行っていたために、強い批判が起こったのです。
このイラストレーターさん、実は、ほど良い写実性と、色彩感覚の巧みさがあって、私の大好きな画風の作家さんです。
一度作品を見れば、その上手さに感心して、惹き付けられる方も多い事でしょう。
ただ、作品を素晴らしいと思う、という事と、行き過ぎた模倣の商業作品を許容するかどうかというのは、また別の話です。
イラストレーターさんには、素直に過ちを認めて、真摯に反省をしてほしいと思います。
近年は、この『トレパク』が、デザインや漫画などの分野で、問題になるケースが、増えて来ているように思います。
その理由としては、まず、デジタルでの作画が普及して、トレースが昔に比べると格段に簡単になった事が挙げられます。
デジタルなら、コピー&ペーストで元画像とまったく同じ画像が一瞬で作れてしまいますし、切り取りや透過や反転や色彩の変更、さらには、写真のイラストレーション化、という作業まで、画像編集ソフトで容易に実行する事ができます。
そんな便利なツールを使いこなせるようになった人の中には、既存の優れた作品に手を加えてオリジナルなように見せかけた作品で、お手軽に評価を得ようとする不届き者も、当然出て来る事でしょう。
そして、今のインターネット上の著作権に関する無法状態の有様を、生まれながらに当たり前の事として享受して来た世代の人々の中には、権利を侵害する事に対する抵抗の薄さが浸透していると思われるので、自然、こういう行為に手を染める人も、多くなっているのだろうと推測できます。
ただ、私はこの騒動の経過を追っているうちに、一つの安心感も覚えました。
きちんと世の中から批判が起こり、検証され、作品を起用していた企業が対応するところまで、行ったからです。
これが、オリジナリティーあふれる作品を生み出す事で世界に評価されている日本の創作文化の、創造的な活力を維持するために、必要不可欠な事なのです。
もし、盗作しても大して批判されず、社会的制裁も受けないとなれば、日本のアート・カルチャー系の創造性は、安易な方にばかり流れて、たちまち低下してしまう事でしょう。
鑑賞者や業界の厳しい目があって、はじめて優れた文化は健全に維持、発展できるのです。
とはいえ、プロが資料を参考にして作品を制作するという行為自体は、時代を問わず、昔から一般的に行われて来たことですし、それが法的、社会的に批判されたケースは極めて稀な事も事実です。
今回の騒動は、参考の域を越えた、盗用にまで踏み込むレベルの模倣であった事と、その作品をオリジナルだと称して商用に利用していた事が問題なんだ、という事を、心に留めておきましょう。
あんまり制約が厳しいと、クリエイターは必要以上に委縮してしまいますが、制約が緩んで好き放題に模倣がまかり通る世の中になるのも、業界や鑑賞する側にとっては考えものだ、という事ですね。