第85回 〝時間〟とは何か
ずいぶん久方ぶりの、文芸コラムの更新です。
前回の投稿が2021年の5月なので、実に半年ぶりです。
期間は開きましたが、このコラムは、幅広いテーマで書ける、私にとって大切な場所なので、今後も連載を継続する予定です。
なので、もし、更新を楽しみにしている方があれば、引き続きものすごく気長に、待っていていただけるとありがたいです。
さて、今回は、文芸に直接関係する話題ではないんですが、考えるのが好きな人にとって、真理に迫る楽しみを味わえるであろうテーマを、取り上げたいと思います。
私たちが普段、いかにあいまいなものを確かだと思い込んで生活しているか、思い知る事ができる、簡単そうで実は奥深いテーマです。
それは、『時間』と呼ばれるものです。
皆さんは、時間、と聞くと、すぐに、時計の時刻を思い浮かべますよね。
壁かけ時計の文字盤や、デジタル時計の数字の表示。
これらが、何かとせわしない現代人の私たちにとって、切っても切れない関係となっている『時間』そのものを表す、代表的なイメージです。
あまりに当たり前に生活に溶け込んでいますし、世界中どこでも、時差はあっても同じ尺度で計ってくれる便利さから、私たちは、時計の時刻を、「普遍的な基準なんだ。」と思いがちですが、実は、宇宙規模で見ると、私たちの時刻というものは、ほんのささいな場所でしか通用しない、ほとんど無価値な基準でしかないのです。
それを感覚的に理解するには、まず、時刻というものが、どうやって考案されたのかを、思い出してみる必要があります。
人類の歴史で、最初期に時間の尺度を決めるために用いられたのは、日時計というものです。
太陽に照らされた物体から伸びる影が、太陽の動きに合わせて移動する、その角度を等分する事で、日中の時間の推移をある程度正確に把握できるようにする、というのが、日時計という道具の役割です。
日時計は、紀元前3000年のエジプトですでに用いられていたそうですが、5000年を経た現在では、機械時計やデジタル時計が主流となっています。
しかし、現在の時計も、よく考えてみると、基本的な理屈は、古代エジプトの頃と、まったく変わっていないのです。
それは、太陽の運行が、時間の尺度を決める基準になっているからです。
私たちが普段使っている、「一日24時間」という時間の尺度は、地球が自転して、一周回る速さですよね。
太陽の運行から時間の尺度を割り出した古代エジプトの人々も、裏を返せば、地球の自転の速度を観察していたのと同じわけですから、尺度の基準が現在とまったく同じなのもうなずけます。
ただし、時刻をいくつに分割するかは、古代と現在でずいぶん違いますから、古代エジプトの人々の一日は24時間ではありませんし、その他の日時計を使っていた国や地域でも、それぞれに独自の分割方法で時刻を決めていたようです。(ちなみに、「一日を24分割する」という考え方が提唱されたのは、紀元前2世紀の事です。)
この時点で、一日24時間という私たちになじみ深い数字が、思っていたほど絶対的な基準ではない事が明らかになりましたね。
では、さらに視野を広げて、宇宙空間から、地球を見てみると、どうなるでしょう。
例えば、地球から400km上空に、国際宇宙ステーションが飛んでいますが、時速約27700kmで飛行しているので、地球を約90分で1周してしまいます。
国際宇宙ステーションに滞在している宇宙飛行士たちにとって、日の出は90分おきの出来事であり、地球の自転や太陽の運行を基準にして決めた24時間という数字は、もはや記録上用いられるだけの、生活感のない数値でしかなくなってしまうのです。
でも、国際宇宙ステーションは、まだ地球のそばにいて、宇宙飛行士たちは地球にいた頃と同じくらいの大きさの太陽を見る事ができますし、地球上で生活する人々との連絡もスムーズに取れますから、24時間という数字が地球上の人々に感じさせている普遍性は、かろうじて共有しながら生活する事ができるのではないかと思います。
では、さらに地球を離れて、太陽系を越え、天の川銀河を出て、ついには他の銀河の宇宙空間にまで到達したと考えてみてください。
そこで、私たちの24時間という数字や、時間の尺度が、何の意味を持つ事ができるでしょう。
この尺度の感覚を共有するためのよすがだった地球との連絡も、絶対に取れないほどの圧倒的な隔絶です。
太陽だって、もう天の川銀河のかすかな渦に紛れて、どこにあるやら見分ける事も出来ません。
もし、宇宙船に、時計や、24時間の尺度で動作する照明システムなどがあれば、かろうじて地球時間の名残を保ち続ける事はできますが、それもなければ、もう私たちには、なじみ深かった「地球の時間」を普遍的に思う理由は、何もなくなるのです。
いや、もしかしたら、私たちの体内時計が、最後の砦として、目を覚ましたり、眠くなったりする時間を、地球で暮らしていた頃に近くなるように、調整してくれるかもしれません。
でも、それも、地球の自転ほどには、正確ではないので、次第にあやふやになって、どのくらい時間が経ったのかなんて、すぐに分からなくなるでしょう。
でも、そんな事になったとしても、どうぞ悲しまないで下さい。
「時間」そのものが、無くなったわけではないのですから。
ただ、地球で時間を計るために用いられていた尺度が、使えなくなった、というだけの事なのです。
一番大事なのは、あなたがまだ「時間」の中に生きていて、元気に旅を続けている、という事です。
どうぞ、取り戻せない「過去」にとらわれずに、かけがえのない「今」を、あなたらしく楽しんでみてくださいね。