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第8回 読み手の心得 ‐判断を急ぐなかれ‐

今回は、書き手の側への論考ではなく、読み手に関する考察を行なってみたいと思います。


第3回のコラムで、宮沢賢治の詩の一節(かわせみに固有名詞を名付ける際のテクニックの解説)を取り上げましたが、それに関する下調べをネットで行なっていて、気になる意見を見かけたので、こういう事はよくあることだという例として紹介したいと思います。


その意見を書いた方は、賢治の詩の中に「翡翠かわせみさ めだまの赤い」という言葉があることを挙げて、「かわせみの目玉は実際は黒い。賢治はかわせみの目玉が赤いと勘違いしていたのだろう。」と結論付けていました。

しかし、賢治という人はとても観察眼が鋭く、また、農学校の教師だった事もあり、自然や科学に関して言及する時に、正確を期そうとする几帳面な性分でもあった事が、膨大な作品群からも読み取れるので、そんな賢治が、かわせみの目玉が赤いなどという初歩的な事実誤認を、そう簡単に見過ごすだろうかという、素朴な疑問が湧いてきます。


かわせみの目頭めがしらのあたりには、薄い橙色だいだいいろの模様があるので、見ようによっては(特に正面から見ると)それが赤っぽい目のように見えなくもないのです。でも、それは目頭のあたりに模様がある事を知らない人が起こす勘違いであって、しかもかわせみの写真を見てもらえば分かりますが、たいていの人が、模様だと判別できるくらい明らかな模様なのです。

もう一つ、目玉を赤だと見間違える可能性として考えたのは、目の周りが青と橙色の模様であることから来る錯視さくし(目の錯覚さっかく)の効果によって、黒い目が実際とは異なる赤い目に見えたのではないか、という事です。

しかし、これも、ネット上のかわせみの写真を一通り見れば、目が赤く見えるような写りのものが全くないので、すぐに違うと分かります。


では、どうして賢治は、ひとから容易に指摘されるような、事実とは異なる描写をあえて行なったのでしょうか。

それは単純に、「めだまの黒い」と言うよりも、「めだまの赤い」と言った方が、視覚に訴える効果があり、文章としても面白くなるからではないかと私は思います。

賢治が言っている赤い目玉というのは、目頭の橙色の模様を指しているように私は思いますが、その部分を、赤い目玉だと例える事で、賢治は、言葉の印象に(間違っていると思われる事も含めて)、深みや膨らみを持たせることを狙ったのではないか、というのが、私の結論です。


もちろん、賢治が本当に、かわせみの目は赤い、と信じていた可能性も否定はできません。

しかし、あっさり間違いだと片づけてしまうと、実際は作者の創意が込められていた場合に、それを味わい尽くせない事になってしまうので、特に博学な書き手の作品を読むときには、言葉の使い方や対象の描写について、間違いではないかとか、勘違いではないかと思えたとしても、即断はせずに、何か理由があってそうなっているのではないかと、時間をかけて考えてみる事をお勧めします。


ちなみに、賢治の童話、「ひのきとひなげし」の中で、ひなげしの頭から阿片あへんが採れるという設定になっていますが、実際に阿片が採れるのは『けし』であって、『ひなげし』から阿片が採れる事はありません。

植物の専門家である賢治が、それを知らなかったはずはないので、これもやはり、作品への効果を優先した事実の改変であると読むのが自然だろうと思います。


『けし』から『ひなげし』に変えることで、どういう効果が狙えるかというのは、ぜひ作品を読んでみて、ご自身で体感してみて下さい。

(賢治の作品は著作権が切れているので、多くの作品は青空文庫のサイトで公開されており、無料で読むことができます。)


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