第72回 【悲報】 猫子さんが帰って来てくれたんですが……。
皆さん、こんにちは。
普通のKobitoです。
今回のタイトルを見て、「ど、どうしたの?」と思われた方もいるでしょう。
【悲報】っていう前置きをして注目を集める手法、実はあまり好きではないんですが、猫子さんがそういう風にして下さいと横から言うので……。あいた!
いっつ~。背中に爪立てられました。分かった分かった!もう猫子さんがいるって言わないから……。
ブツブツ。(文句言うなら自分で話せばいいやん……。)
ええと、猫子さんがですね、戻ってくれたのはくれたんですよ、昨日。
でも、私が道で偶然会った時には、えらく落ち込んでいて、何と、猫の姿のまま、二本足で家の方に歩いて来ていたんです。
「ちょっちょっちょっ、何してんの?化け猫だとばれちゃうよ!」
私は猫子さんに駆け寄って、両手を広げて隠すようにしながら、急いで辺りを見回しました。
幸い、通行人はいなかったんですが、当の猫子さんは、そんな事には構わずに、涙をいっぱいに溜めた目で私を見上げると、口をひきつるようにゆがめてから、「コビトさああああああああん!!」と叫びながら首っ玉に抱き付いて来ました。
こんなに打ちひしがれた猫子さんを見たのは、初めてだったので、どうしたらいいのか、私もとまどいましたが、猫子さんはしゃくりあげながら、私の家に行く途中だったと言うので、とりあえず、一緒に帰って事情を聞く事にしました。
電気ひざ掛けにくるまらせて、薄めたホットミルクを作って飲ませてやると、少し落ち着いたようで、「先ほどはお騒がせしてしまいました。失礼いたしました。」と、柄にもなく神妙に謝ってくれました。
「どうしたの?」
私が聞くと、猫子さんはスンと鼻をすすって、まだ少し鼻声ではありましたが、ぽつりぽつりと、まずはかんづめ生活を始めた理由から、話し始めました。
以下は、猫子さんが私に語った内容です。
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以前から一度やってみたかったのですよ。
何をって?もちろん、かんづめ生活をです。
名のある作家様が、「締め切りに追われてホテルでかんづめした。」、なんておっしゃっているのを、エッセイなどで時折目にするでしょう?
それを読んだ時に、私は思ったのです。「どうしてホテルでかんづめするのかしら。自分の家でかんづめすればいいのに。」と。
だから、自分で試してみたわけです。家でかんづめすると何か問題があるのかを。
結論から言うと、何の問題もなかったのです。
だって、家にいた方が、日用品が揃っていて何かと便利ですし、部屋代や飲み物代など安上がりですし、猫の姿のままで過ごせるから人目を気にせず気が楽ですし、缶切りも実家から持って来た愛用のがありますし、買い集めた各種のかんづめが入った重い段ボール箱を、家から再度運び出す手間も苦労も省略する事ができますからね。
それに、今はいろんな商品が出ていて、同じ種類でもメーカーごとに味が違うので、毎日食べてもちっとも飽きが来なかったです。果物やあんみつなど甘味もあるから、ついつい食べ過ぎて、やつれるどころか、お腹周りのもふもふ度が二割り増しくらいになってしまったくらいです。
え?いったい何の話をしてるのかって?
もちろん、かんづめ生活の事ですよ。
忙しくて料理を作る暇がない時に、かんづめだけで生活するっていう、あれです。
ん?どうして笑うんですか?
あ、理由は後で聞きましょう。今は、私が取り乱した本当の理由、つまり、かんづめ生活の合い間に書いた、自作の文芸作品の事を、お話ししなければいけませんからね。
ほら、先ごろ、Kobitoさんがゲームブックという形式を用いたファンタジー作品、『チェイミーとオルゴールの国』というのを発表されたでしょう?
私、それで初めてゲームブックとはどんなものかを知ったのですが、こんなに面白い小説の書き方が、あったのだなぁと思って。
動かないはずの文章が、選択肢を変える事で変化して行くなんて、本物のテレビゲームみたいで、ワクワクするのと同時に、魔法みたいな不思議な感じがしたものです。
初めの方は、エンディング1に行くことがあまりに多くて、またか~と、Kobitoさんを恨めしく思ったものですが、結局、Kobitoさんの術中にはまってしまって、エンディング3にたどり着くまで、何度も何度も、繰り返し遊んでしまいましたよ。
それにしても、あんなにややこしい作品、よく完成させることができましたよね。
普通、作りたいと思っても、話の筋が絡み合う複雑さや、書かなければいけない文章量の多さを想像するだけで、面倒くさくなって、断念してしまいますよね。
さすがはKobitoさん。自他ともに認める変わり者です。
そして、この私も、今まで秘密にして来ましたけれど、実は人間界のKobitoさんに負けず劣らずの、猫界きっての変わり者なのですよ。
その変わり者の第一猫者として、Kobitoさんに後れを取るわけには参りません。
ゲームブック形式の作品?良いでしょう。
執筆に挑戦させて頂こうじゃありませんか。
ええ、猫子の辞書には、可能という文字しかないのです。
という事で、かんづめ生活の合い間の暇な時間に、私はコツコツ執筆を続けて、渾身の一作を生み出そうとしていたのです。
気になる作品の題名は『アドベンチャー勉ちゃん』といいます。
勉ちゃんというのは、私の弟の秀才猫、勉尊のあだ名です。
今、尾張(愛知県)の大学で、静電発電の実用化という、小難しい研究に取り組んでいる、という事は、以前お話ししましたよね(第52回のコラム参照)。今回の物語は、彼の最近のキャンパス・ライフを参考にして書き進めていました。
内容は、新感覚ワクワクドキドキの純文学・ミステリー・ラブ・ロマンス・アクション・食レポ・コメディーとなっております。
Kobitoさんの手の込んだ作品を超えるには、このくらいてんこ盛りにしておけばいいかな、と思ったのですが、いかがでしょうか?
いかがでしょうか、といっても、今となっては、断片を読む事すらかなわなくなってしまったのですけれど……(再び涙目)。
ごめんなさい。
何しろ、全てが水の泡に帰してしまったものですから。
事情はこうです。
新規小説で作品を執筆していた私は、半分以上書き上げたところで、冒頭のあいさつ文と本編を合わせた文章量が、気軽に読むにはあまりにも多過ぎるんじゃないかしらと心配になりました。
そこで、本編部分を切り取って、その文章をひとまずメモ帳の方に貼り付けておこうとしました。
すぐにそうすれば良かったのですが、好事魔多しとはこの事ですね。
ふと、ある単語の意味を調べたくなった私は、その単語を新規小説に入力して、あろうことかコピーをして、検索サイトに行って、貼り付けて検索する、という事をしてしまったのです。
それで、調べ物が済んで、一休みしようと思った私は、新規小説を保存して終了し、インターネットを閉じました。
そこで、はたと、思い出したのです。
本編、記録してなかったんじゃない?と。
慌てて、インターネットを開いて、執筆中小説を見てみましたが、保存されているのは、本編を切り取ったあいさつ文だけの文章です。
すぐに、切り取った『本編』はパソコンに記憶されているはずだと思い出して、貼り付けを試みましたが、貼り付けられたのは、上書きされた『単語』だけでした。
(※Kobito注 最新のWindows10なら、切り取りやコピーの記憶は複数保持できるんですが、猫子さんのノートパソコンはWindows Vistaという、はるか昔のOSなので、上書きされたらアウトです。)
それでも、その時の私はまだ、余裕がありました。
Kobitoさんから、「間違って文章を消して保存してしまった場合でも、なろうには復元という機能があるから、大丈夫。」と教わっていたからです。
で、復元のページに行って、保存の状態を見てみたのです。
ところが、駄目でした。
そこには、本編が切り取られてあいさつ文だけになった文章が保存されていました。
検索のために、単語を入力したのが、悪かったのでしょう。
その時点で、復元ポイントも更新されてしまったのです。
私がコツコツ書きためていた、渾身の一作が、この簡単な間違いのために、跡形もなくぜえんぶ、消えてなくなってしまいました。
私が人間に化ける事も忘れるほど、打ちひしがれていた理由が、これでお分かりいただけたのではないでしょうか?
(両目から大粒の涙)
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分かるよぉ。
そのつらさ。
電子機器は、データを消すのが簡単な分、どんなに大事なデータでも、一瞬で消せてしまう怖さがあるよね。
猫子さんと同じ悲劇に見舞われた事がある書き手さんも、相当多いんじゃないかと思う。
もちろん、私にも経験がある。
かなりの文章量になっていた作品を、もう一度いちから書き直す、というのは、記憶の面でも精神的にも難しいものがあるよね。
勉ちゃんのゲームブック、読んでみたかっただけに、私も本当に残念。
でも、時間が経てば、全く同じものは書けなくても、別の形で、書けそうな気持ちになれるかもしれない。
ちょっと休んで、待ってみてごらん。
半分以上書いていたという事だから、アイデアの基礎はもうできている、という事でもある。
それを活かせれば、また違った形の、より良い作品としてリニューアルできるかもしれない。
勉ちゃんに今回の事を話したりして、気晴らしをしてごらん。
猫子さんの作品への愛情があれば、きっと、良い方向に向かうと思うよ。
慌てなくてもいい。じっくり待ってみてごらん。