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第66回 『チェイミーとオルゴールの国』 -ゲームブックの面白さとジャンルとしての発展性-

ずいぶん久しぶりの、文芸コラムの更新です。

今回は、以前から話をしていた、『ある特殊な文芸の様式』を紹介するコラムが、やっと書きあがったので、公開する事にします。

これを書き上げない事には、心情的にコラムを先に進めにくかったので、時間はかかりましたが、乗り越えられてよかったです。(猫子さん、ドヤ。)


なお、この様式、馴染みのある人にとっては、驚くほどの話題ではないんですが、知らない人にとっては、けっこう新鮮かもしれません。


その様式とは、『ゲームブック』の事です。

ご存じでしたか?



ゲームブックとは何か。

通常の文芸作品では、始めから終りまで、文章を書かれた順に読んでいくだけなんですが、ゲームブックは、番号が振られた短めの文章がたくさん並んでいて、読者が次にどの文章に行くかを自分で選択することで、ストーリーが分岐して行く、という、いくつかの筋書きが楽しめる作品形態です。


分かりましたか?

説明だと分かりにくい、という方もいるかもしれないので、実際に、簡単なゲームブック形式の作品を、皆さんに体験してもらいましょう。

これを読めば、この形式の魅力が即座に分かってもらえると思います。


*読み進め方*


1.【オープニング】から読み始めます。

2.文末に選択肢があるので、選んだ番号に移動することで読み進めて下さい。

3.【エンディング】まで読んだら、読了です。

4.途中でアイテムを入手する場合があります。アイテムは読み進める中で必要になるので、入手したら、忘れないように覚えておいてください。


なお、【エンディング】は数種類用意してあるので、全てのエンディングを体験したい場合は、【オープニング】から再度読み進めて、途中の分岐点で、別の選択肢を選んで下さい。読んだことのないシナリオやエンディングにたどり着ける可能性が出て来ます。





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『チェイミーとオルゴールの国』


【オープニング】


 冬休み、バーミンガムのグリーンウェイ伯母さんの家に遊びに来たチェイミーは、屋根裏部屋の大きな振り子時計の中に、古ぼけてはいるけれど、小さくて可愛い、王冠をかぶった猫の陶人形がふたに付いた、オルゴールが隠されているのを見つけました。オルゴールには、紙片が糸で結びつけてあって、そこには『三十三番の歯車はベルナルドに、鍵はウォルコットさんに預けてあります。』と書かれていました。鳴らしてみようと、巻きネジを探しましたが、裏側の隅にそれらしい差し込み穴はあるものの、ネジは取り外されていました。

 それに、正面には鍵穴かぎあなもあって、どうやら巻きネジと鍵がないと、オルゴールは聴けないようでした。


・伯母さんに見せに行く 【2】へ


・鍵と巻きネジを探す 【3】へ





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【2】


「伯母さん、このオルゴールなんだけど……。」チェイミーは一階の居間まで降りて来ると、窓際のテーブルで新聞を読んでいたグリーンウェイさんの所に行きました。

 グリーンウェイさんはちょっと老眼鏡を下げて、チェイミーを見ると、

「まあ、チェイミー!何て有様なの!」

と素っ頓狂な声を上げました。

 そこで、チェイミーがあらためて自分を見てみると、確かに手のひらや、お母さんが着せてくれた、よそ行きの淡い水色のセーターや、木苺の細かな模様入りのコクーンスカートが、ほこりや煤にまみれて、所々灰色や黒のまだらになっていました。

「あなたって子は、一日も女の子らしく綺麗な格好で過ごす事ができないの?」

 グリーンウェイ伯母さんは、あきれながら、斑模様ぶちもようの猫みたいになったチェイミーを風呂場に連れて行くと、着ている物を全部洗濯かごに入れさせ、シャワーを浴びさせて、その間に、チェイミーが家から持って来た鞄の中から、替えのよそ行きの服を出してきて、シャワーを終えたチェイミーをきたてながら着替えさせました。


・【エンディング1】へ





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【3】


 振り子時計の中に、鍵や巻きネジが落ちていないか、チェイミーはもう一度、硝子がらす扉を開けて、振り子の奥をのぞき込んでみました。すると、裏板の隅に、二インチくらいの丸い穴が開いていて、穴の上には、【ウォルコット】と、白いインクでおしゃれに書かれた花柄の浮彫がほどこされた青い小さな表札が打ち付けてありました。

 床に這いつくばって、穴をのぞき込んだチェイミーは、そこにアンティーク調のテーブルや椅子や戸棚を並べた、ミニチュアサイズの明るい部屋があるのを見つけて、「わぁ!」と思わず大きな声を上げました。

 向こうを向いて、椅子に掛けていた、部屋の住民が、その声にびっくりしてこちらを振り向きました。

 それは、赤と青のチェック柄のズボンとチョッキを着て、青い蝶ネクタイを締めた、ぬいぐるみのように可愛らしい、小さなハツカネズミでした。

 ハツカネズミとチェイミーは、しばらく黙って見つめ合っていましたが、気まずくなったらしいハツカネズミの方から、おずおずと口を開きました。

「あの、のぞかないでくれるかな。」


・「鍵を下さい」と言ってみる 【8】へ


・「なぜねずみが服を着ているの?」と聞いてみる 【5】へ





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【4】


 チェイミーは早速、鍵を使ってオルゴールを開けてみる事にしました。

 正面の鍵穴に鍵を差し込んで、右回りにちょうど一周回します。すると、中でカタッと、掛け金の外れる音がしました。

 猫の陶人形の付いた上蓋うわぶたを、わくわくしながらゆっくり開いてみたチェイミーは、オルゴールの中の、ゼンマイや歯車の奥の底板に、小さな窓があって、今それが観音開きに開いて、明るい青空が見え始めた事に気が付いて、にわかには信じられずに、顔を近付けてまじまじとその様子をあらためました。

 確かに、それは、底板に描かれた青空の絵などではなく、白い綿雲がゆっくりと流れる、本物の青空に違いありませんでした。

 その、青空を囲んだ窓枠の縁から、麦粒くらいの小さな生き物が、ひょいと顔を出して、こちらを見おろしました(こちらから見ると、見上げられている形です。)。その生き物は、蚊の鳴くような小さな声で(本人は声を張り上げているようでしたが)、「来るのかい?」とチェイミーに聞きました。

 チェイミーは、こんなに不思議な体験は滅多にできないと分かっていたので、迷わず、「行くわ!」と答えました。

 その麦粒くらいの生き物(どうやら、またしてもねずみのようです)は、

「指を出しな!」とこちらに短い前脚をさし出しながら言いました。


・オルゴールに指を入れてみる 【11】へ


・オルゴールの裏側を確かめてみる 【9】へ





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【5】


「なぜねずみが服を着ているの?」

 ハツカネズミが、どうやら作り物ではなく、本物の生きたねずみのようだったので、チェイミーはおっかなびっくり、疑問に思った事をたずねてみました。

 ところが、ハツカネズミは、自分の注意を無視されたのが、しゃくに障ったらしく、「失礼な子だな。」と甲高い声で言うと、入り口の扉をパタンと閉めてしまいました。

 そして、豆粒を落としたような、小さな、かんぬきを掛ける音まで、聞こえて来ました。

 チェイミーは「ごめんなさい。」と声をかけてみましたが、扉の向うはいくら待ってもしんとしています。

 せっかく面白いものを見付けたのに、このままあきらめてしまうのはもったいない、と、チェイミーは思いました。

 ですから、またハツカネズミが扉を開ける方法を、振り子時計の前でしばらく思案していましたが、考えに夢中になっているうちに、扉はゆっくり壁との境目があいまいになり、いつしか裏板と馴染んで、跡形もなく消えてしまいました。それと同時に、チェイミーの記憶の中でも、服を着たハツカネズミや、彼の住む可愛いミニチュアの部屋の様子は、薄らいで消えてしまったのですが、不思議な事に、チェイミーはそれに気が付きませんでした。

 やがて、振り子時計の中をのぞき込むのに飽きたチェイミーは、立ち上がって、床に置いてあったオルゴールを拾い上げると、二階へ続く梯子段を下りて行きました。


・【2】へ





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【6】


「これで、残るは巻きネジだけね。」

 チェイミーは、屋根裏部屋を見回して、振り子時計の向かいの、壁際の小窓の下に置いてある、書き物机から、調べてみる事にしました。

 書き物机は、幼い子供用らしく、チェイミーの膝くらいの高さしかありませんでした。

 ほこりが積もった机の上に触らないようにしながら、チェイミーは二つ並んだ引き出しのうち、左側を開けてみました。

 中には、赤、青、緑のビー玉が一つずつと、絵柄と色の違う錆びた外国の硬貨が四枚、箱に『息子へ、パパより』と書かれた色鉛筆のセット、ちびた鉛筆が三本、すずの兵隊が四人に、コーラの王冠が三つ、そして、一冊の小ぶりなノートが入っていました。

 ノートを開いてみると、紙切れが一枚、ひらひらと床に落ちました。

 拾い上げると、それはモノクロの写真で、写っていたのは、王冠をかぶって長いガウンをまとった大きな着ぐるみの猫と、その横に立つ、チェイミーよりも年下らしい、短いマントをはおってやっぱり冠をかぶった、やんちゃそうな男の子でした。

 たぶん、どこかの遊園地のマスコットと写した写真なのでしょう。つんと澄ました猫の顔つきが、どうも本物の猫のように生き生きしているのが気になりましたが、こんなに大きな猫なんて、世界中探しても、いないでしょうからね。たぶん、よくできた着ぐるみに違いありません。

 ノートの最初のページには、『王子が身につけるべき10のさほう』と題して、子供らしい字であれこれとその詳細が書いてありました。

 チャイミーはきちんと読み込もうと、子供用の小さな椅子に腰掛けました。

 すると、腐っていたか何かで、木がもろくなっていたのでしょう、椅子の背もたれが外れて、チェイミーは踏ん張る間もなく仰向けに床にひっくり返ってしまいました。

 頭を打ちましたが、椅子が低かったので、幸い大して痛くはありませんでした。でも、大きな音がしたので、すぐに階下から、「チェイミー!」と呼ぶ伯母さんの甲高い声が聞こえて来ました。

 チェイミーは慌ててノートを机の引き出しに戻すと、オルゴールを持って、二階へ続く梯子段はしごだんを、胸をドキドキさせながら下りて行きました。


・【2】へ





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【7】


 スタンリーがみんなに訴えるようにチェイミーを指さして、

「ほらね。この子が悪いんだ。わざと僕に……」

と言いかけましたが、ロジャーはすぐに間に割って入って、「さあさあ、忙しいよ。何しろこの城は広いからね。案内が終わったら王様に謁見えっけんしてご挨拶もしなきゃいけないし。それなのに、こんなところでお客様に足止めを食わせたって事が王様に知れたら、またみんな甲冑を着せられて城の周囲を五、六周走らされるぜ。」

 それを聞いたワラビーたちは震えあがり、「早く、早く行ってくれ!」とロジャーとチェイミーを急きたてながら、城の中に押し込みました。

 ロジャーはチェイミーの手を引いて、長い廊下を小走りに駆け出しながら言いました。

「悪くもないのに自分が悪かったなんて謝るもんじゃないよ。君の国じゃどうか知らないけど、ここでは謝った者は必ず裁判にかけられて罰を受けさせられるんだぜ。」

「まあ、それじゃあ気軽に謝れないじゃない。」

「そう。だからこの国では、本当に悪い事をしたら、誰にも聞かれないように、相手を物陰に連れ込んで、こっそり謝るのさ。」

 チェイミーはあきれるのを通り越して、クツクツ笑ってしまいました。「そんな変な規則、誰が作ったの?」

「ちょうど良い。この部屋をご覧。」

 ロジャーは立ち止まって、【法律の間】という立派な名札プレートが貼られた扉を開けました。

 たくさんの尾の長い小柄な猿たちが、広い部屋を取り囲む引き出しのたくさんついた大きな棚と、中央の簡素な事務机との間を行ったり来たりして、大わらわに働いていました。事務机には大小さまざまな紙の束の塔が、天井に届くほどうず高く積まれて、今にも崩れ落ちそうに傾いて、隣の塔に寄りかかっているものさえありました。

「ここは何をする部屋なの?」

 チェイミーがたずねると、ロジャーは、ちょうど目の前を「ヴァイオリン教師、ヴァイオリン教師、ヴァイオリン教師、ヴァイオリン教師、……」とつぶやきながら駆け抜けようとした小猿の手から、小さな紙切れをひったくりました。

 小猿は天井を見上げたり手を裏表にして確かめたり、突然消え失せた紙切れをきょろきょろ探していましたが、すぐにあきらめて中央の机の紙の束の方へ戻って行きました。

 紙切れを見せてもらうと、そこには、『ヴァイオリン教師は王に教える時に褒め言葉しか使ってはならない。もし、悪い点を指摘したら、一番高い鉄棒で前転五十回。』と書いてありました。

「ムッシ王の命令さ。毎日百条の新しい法律を作る事を目標にしているんだ。」

「百条!」

 その時、扉が開いて、黒い繻子しゅすの法服を着て巻き毛の白髪のかつらをかぶったブルドッグと狐が、何かしきりに言い合いながら入って来ました。

「石工が削りかすの小石を三粒以上散らかしていたら、うさぎ飛びで城内一周ですよ。二週間前に王様がそういうご命令を出してます。」

「その罰は牛乳配達が三分遅れた時のだろう。石工の罰は逆立ちで庭園を二周だ。」

「断じて違います。逆立ちで庭園二周は、煙突掃除夫が敬礼をせずに屋根から王様を見おろしていた時のです。」

 どうやら、彼らは裁判官と弁護士で、法律の事で意見が分かれているようです。

 彼らの後ろには、判決を待っている石工らしい、帽子を胸に当てたレッサーパンダが、二匹を見比べながら心細そうにたたずんでいました。

 そこへ、運悪く、書類の束を山ほど抱えた小猿が部屋に駆け込んで来たものですから、前が見えない小猿はレッサーパンダの背中にぶつかって、抱えていた書類を部屋中の床にぶちまけてしまいました。

 小猿たちや裁判官たちはキーキー!ワンワン!コンコン!とそれはもうそこら中走り回っての大騒ぎです。

「面倒な事になりそうだ。巻き込まれる前に、行こう。」

 ロジャーは紙切れを放り出すと、チェイミーの手を引いて、こっそり部屋から逃げ出しました。


・習い事の間を見せてもらう 【12】へ


・宝物の間を見せてもらう 【14】へ





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【8】


 チェイミーは、オルゴールに添えられた紙片に書かれていた鍵の預かり主が、たしか〝ウォルコットさん〟だった事を思い出して、もしかしたら、このハツカネズミが、ウォルコットさんかも知れないと思ったので、「鍵を下さい。」と言ってみました。

 すると、ハツカネズミは「ああ、やっと取りに来たんだね。」と、手に持っていた紅茶入りのティーカップをテーブルに置くと、壁で隠れた部屋の右手に歩いて行きました。

 しばらく、家具を動かす物音がしていましたが、やがて、ハツカネズミは花輪の飾りがの頭に付いた、自分の体と同じくらいの大きさの真鍮製の鍵を、重そうに背中に負って、引きずりながら表に出て来ました。

 そして、鍵をチェイミーの前に置きながら、

「もしかして、君はジョン・グリーンウェイの親戚か何かかな?」と聞きました。

 ジョンというのはグリーンウェイ伯母さんの子供の名前で、チェイミーとはいとこ同士に当たります。

「ええ。ジョンは私のいとこよ。でも彼は私とは年が離れていて、もう大人なの。今はロンドンに住んでるわ。」

 チェイミーが説明すると、ハツカネズミは細長いひげを一本ずつ整えながら、「実は僕も、ジョンに直接会った事はないんだがね。面白くて良い子だった、って話が、代々我が家に伝わっているものだから、それを聞いているうちに、だんだん顔見知りなような気持ちになってしまっていた、ってわけさ。」と言って、

「はい。鍵ね。確かに返したよ。いらなくなったら、また持っといで。」と言って、自分の部屋に戻ろうとしました。

 チェイミーは「あなた、ウォルコットさんでしょう?」と聞いてみました。

 ハツカネズミは、ちょっと振り返って、

「そうだよ。ウォルコット百三十八世!」と、答えて、行ってしまいました。


・オルゴールを開けてみる 【4】へ


・巻きネジを探す 【6】へ





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【9】


 チェイミーは、ふと、あの生き物は、オルゴールの裏側からのぞいているんじゃないかと思って、オルゴールを裏返して見ました。

 すると、裏は巻きネジの穴が隅にあるだけで、窓らしいものも、生き物の姿も、どこにも見当たりませんでした。

 その時、「あ!」っという声がして、逆さにしたオルゴールの中から、小さな部品がいくつか外れて床に転がり落ちました。

 それは大きさや形のそれぞれ違う金属製の綺麗な歯車でした。

 慌てて、チェイミーがオルゴールを上向きにしてのぞき込むと、さっきまで機械の奥の方に見えた青空や、小さな生き物が顔をのぞかせていた小窓は、消えてなくなっていて、そこにはただの古びた木目のある裏板が張られているだけになっていました。

 そして、いつの間にか小窓が消えたのと同じように、チェイミーの頭の中からも、鍵をくれたハツカネズミや、小窓の向うの青空や、そこに見たねずみらしい小さな生き物の記憶も、すっかり消えてなくなっていました。

 オルゴールを壊したことだけを覚えていたチェイミーは、しばらく歯車をもとに戻そうと頑張っていましたが、どうやら自分で直すのは無理そうだと分かると、立ち上がって、伯母さんに見てもらうために、オルゴールを持って、二階へ続く梯子段はしごだんをそろそろと下りて行きました。


・【2】へ





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【10】


 城門をくぐって城の外に出ると、そこは淡い様々な色で彩色された土壁と三角屋根の可愛らしい家々が、石畳の目抜き通りをはさんで立ち並ぶ、立派な城下町でした。

 通りには犬や猫などチェイミーがよく知った動物もいれば、、見た事もない珍しい動物たちもたくさんいて、それぞれが和やかに立ち話をしたり、荷物を持ったり荷車を引いたりして、賑やかに行き交ったりしていました。

「素敵ねぇ。こんな街に、一度でいいから住んでみたいわ。」

 チェイミーがうっとりしながら言うと、ロジャーは、「住めるさ。好きなだけ、望む家にね。何なら、ネコノメランラン城とは別に、君だけの居城を作ってもいいんだぜ。何しろ君はこの国の王女なんだからさ。」と言いました。

 その言い方が、何となく素っ気なく感じたので、チェイミーは、「何を怒っているの?」と聞きました。

 ロジャーは大げさに肩をすくめると、

「怒ってなんかいないよ。ただ、君はまだ僕らの事をよく分かってないんだなってね。しかし、それも、ベルナルドに会って話すまでの事さ。」と、やっぱりつんとして言いました。

 通りを歩いていると、周りの動物たちは誰もが、チェイミーに気が付いて、いかにも驚いたという顔でまじまじと見つめました。間もなく、通りかかったパン屋から、お腹の大きな山洋が出て来てロジャーに声をかけました。

「ちょいとお待ちよ。ロジャー、そりゃ人間だね。へぇ。私ぁ生まれて初めて本物の人間を見たが、絵で見た通り、毛が頭以外には生えていないんだねぇ。面白いねぇ。」

「ネミーさん、失礼な事を言うなよ。それに、この子は新しい王女様なんだぜ。おそれ多くもさ。」

「え、そりゃほんとかい。みんな!この子は新しい王女様なんだってよ。」

 ネミーが大きな声を出したので、様子をうかがって立ち聞きしていた動物たちも、まるで山羊飼いの指笛を聞いた山羊の群れのように、先を争って集まって来ました。

 動物たちの輪ができたところで、ネミーが聞きました。

「お名前は?」

「チェイミー。」

 大きな縞柄のエプロンをしたカバが、しげしげとチェイミーを見下ろしながら言いました。

「人間がこの国に来たのは何年ぶりだかね。」

「さあ。おい、この中でジョン王子を見た事のある者はおるか。」白黒のチョッキを着たバクが周りの者に問いかけると、

「うちのおふくろは見たと言っとったが。」と、テンガロンハットをかぶったシマウマが応じました。

「エミリオじいさん、あんた見た事あるだろう?」ダルメシアンの若者が、後ろの杖をついたテリアの老犬に聞きました。

「あるよ。玉のようにかわいい子犬じゃった。」

「だめだこりゃ!」

 みんなはいっせいに笑いました。チェイミーも思わず笑ってしまいました。

「王女様、生まれはどこですかい?」笑顔を見て安心した牡鹿が聞きました。

「リヴァプールよ。」

川のリバープール?人間ってのは水生生物かね。」カワウソが俄然身を乗り出しました。

「いいえ。でも水泳選手はみんなあなたくらい泳ぎが上手よ。」

「そりゃあいつかお手合わせ願いたいね。」嬉しそうに前脚をかいて、カワウソは泳ぐ真似をしました。

 ロジャーは「さあさあ、今日はこのくらいにしてくれよ。まだいろんなところを案内しなきゃならないんだから。」と、話したがる動物たちをさえぎって、チェイミーの手を引いて動物たちの輪から抜け出すと、通りを一散に駆け抜けて行きました。

「まあ、いい子そうで何よりじゃないか!」ネミーが見送りながら言うと、みんなも安堵した様子で、「ほんとになあ。」「私らと人間はたいして変わらないんだねぇ。」と口々に言いました。


・ベルナルドの家に行く 【17】へ


・ロジャーの友だちの家に行く 【23】へ





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【11】


 せっかく、面白い事になりそうなのだから、ためらってなんていられません。チェイミーは、自分の人差し指を確かめて、オルゴールの底の、窓のあるあたり目がけて突っ込んでみました。

 あまり思い切りよく突っ込んだので、向こうでも驚いたらしく、「ひゃ!」と小さな叫び声が、機械のすき間から聞こえて来ました。

 やがて、指先に、少しむずがゆさを感じるな、と思ったとたん、チェイミーの体は、風船の空気が抜けるよりも早く縮まり始めて、機械でいっぱいの工場のようなオルゴールの中を風のように通り過ぎたと思った時には、もう窓の向う側の青空の下の、小高い建物のオレンジ色の瓦屋根の上に放り出されて、手を握ってくれていた大きなカピバラの上に覆いかぶさるように倒れ込んでいました。ええ、ねずみだと思っていたのは、人間の子供くらいある、青いジーンズのつなぎを着たカピバラだったのです。

「重い、重いよ!」

 カピバラがじたばたするので、チェイミーは「ごめんなさい!」と言って急いで退いてあげました。

 そして、そこから見渡せる大小の可愛らしい家並みや、郊外に緑や茶色のパッチワークのように広がる田園地帯の美しい光景に感心しながら、

「何が起こったの?」とカピバラに聞いてみました。

 起き直ったカピバラは、チェイミーの後ろの、開いた天窓を指さすと、

「その天窓が、君の住む世界とつながる出入り口になっているんだ。ちなみに、僕は案内役のロジャー。」と、手慣れた様子で説明してくれました。

「はじめまして。ロジャー。私チェイミーよ。」

 上の空で挨拶しながら、チェイミーが天窓をのぞき込んでみると、確かに、とてつもなく大きくなったオルゴールの機械が並んだその奥に、グリーンウェイさんの家の屋根裏部屋らしい、くすんだ板張りの天井が、逆さに見えていました。

「ちなみに、この『ネコノメランラン城』の屋根裏部屋から天窓を見上げると、この世界、つまり、オルゴールの国の空が当たり前に見えるだけなんだ。どうだい、素敵に不思議だろう?」

 チェイミーは、短い前脚で気ぜわしく身振り手振りしながら教えてくれるロジャーを、あらためてしげしげと眺めながら、

「ええ、何もかも本当に素敵だわ。」

と夢のようにつぶやきました。


・さらに詳しく話を聞く 【15】へ


・屋根を下りてみる 【13】へ





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【12】


 廊下の突き当りの、【習い事の間】という名札プレートが貼ってある扉の前で、ロジャーは立ち止まりました。

「ここはね、王族が礼儀作法を学んだり、紳士淑女のたしなみとして、楽器や絵を習ったりする部屋だよ。」

 扉を開けると、蝶番ちょうつがいきしむようなギーコ、ギーコという耳障りな音が聴こえて来ました。

 今しも、チェイミーと同じくらいの背丈の、金の王冠をかぶった丸々と肥えた縦縞たてじまの猫が、先生らしい白い巻き毛のかつらをかぶったオランウータンから、見よう見まねでヴァイオリンを習っている所でした。

「おっと、王様がお稽古の最中だった。」

 ロジャーが小声でつぶやいてかしこまったので、チェイミーも慌ててロジャーの真似をして腰をかがめました。

 縦縞の猫、つまりムッシ王は、ひとしきり下手くそなヴァイオリンを奏でると、満足そうに弓を下ろして、「どうじゃ、目が覚めるような名演だったであろう。」とオランウータンにたずねました。

 オランウータンは感に堪えないというようにかぶりを振りながら、「まさしく。寝ている者も目を覚ます名演でございます。不世出の天才とは王様のためにある言葉のようなものでございますな。」と答えました。

 ムッシ王は誇らし気に頬ひげを膨らせてから、「しかしな、スタンダード(標準)がわしは苦手じゃ。ストレンジ(奇妙)の調子が狂うでな。」

 オランウータンはあごをなでながら、「さよう、スタッカート(音を短く切る演奏)でしょう。それからストリング(弦)ですかな。王様は力任せに弾くから……。」と言いかけてハッとして口をつぐみました。

 ムッシ王は見る見る顔をゆがませて、オランウータンを怒鳴りつけました。

「えい、無礼者め!皿洗い五十枚の罰じゃ!書記官!」

 振り向いたムッシ王ににらまれて、ロジャーとチェイミーは縮み上がりましたが、すぐに部屋の隅にいた二匹の小猿の内の一匹が「こちらでございます!」と言いながら王様の前に駆けつけて帳面を開いて、先ほど王様が命じた罰を書き込み、駆け足に部屋から出て行きました。すると、それと入れ違いに、甲冑を着た二名のハリネズミの近衛兵が入って来て、うなだれたオランウータンの先生を槍でつつきながら、部屋の外へ連れて行ってしまいました。

 ムッシ王はヴァイオリンを放り出すと、あらためてチェイミーを振り返って、「む、人間がわしの国を訪れるのは久方ぶりじゃな。大方ジョン・グリーンウェイの知り合いであろう。名は何と申す。」とたずねました。

「チェイミーです。ジョンはいとこです。」

「そうか、ジョンはとんだ放蕩王子じゃった。せっかく王子に取り立ててやったのに、『色鉛筆を取って来る。』と出かけたまま一向に帰って来んので、年頭にやむを得ず王子の地位をはく奪したばかりじゃ。しかし、勇敢で物おじしない、見込みのある王子じゃった。ジョンは達者かの?」

 チェイミーは、ユーモアと行動力のあるジョンを思い浮かべて、さぞかしオルゴールの国の王子にふさわしかっただろうな、と想像しながら、

「はい。今、ロンドンに住んでいます。」と答えました。

「ロンドンとは、向こうの国の首都だったな。ちなみに、今の人口は何人じゃ?」

「さあ。」

「さあとはなんじゃ。自分の国の首都の人口も知らんとは情けない。このオルゴールの国でそんな国民がおれば、地理の授業十時間とまき割り三時間の罰じゃぞ。」

 小猿の書記官がすかさず進み出て、帳面に罰を書き記し始めましたが、ムッシ王はその小猿に、

「我が国の今現在の動物の頭数は何頭じゃ。」と聞きました。

 小猿は罰を書き記す以外の事を覚える余裕がなかったらしく、うつむいてもじもじした後で、「さあ。」と答えました。

「自分で書いた罰を持って、とっとと裁判所に行け!」

 ムッシ王から命じられて、小猿はうなだれながらとぼとぼと部屋から出て行きました。

 ムッシ王はソファに腰を下ろすと、「わしに『さあ。』という返事をした者は、城中の窓という窓の拭き掃除の罰じゃ……。えい、書記官がおらんではないか。」と言って、大あくびをしました。

 チェイミーはロジャーと顔を見合わせて後ずさりしました。


・引き続きロンドンの人口の話をする 【16】へ


・部屋を抜け出したのち、ロジャーに他の部屋を見せてもらう 【14】へ





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【13】


「さあ、お城の中を案内してあげよう。ちなみにここは、三十三番の歯車の塔だよ。」

 ロジャーは、チェイミーを先導して、屋根の縁にかけてある長い梯子はしごまで連れて行きました。

 そこからは、綺麗に整えられた色とりどりの花園や、噴水のある広い中庭、それを囲むように立ったお城の建物、そして、屋上から延びるたくさんの高い塔や、歯車の形をした塔の屋根が一望に見渡せました。

 ロジャーが梯子を下りはじめたので、チェイミーは、ずっと下の階のバルコニーまで続いているその木の足場を、一段一段、びくびく踏みしめながら下りて行きました。

 長い事かけて、ようやくバルコニーが近づいてきて、安心しかけたそのとたん、威勢の良いラッパが近くでいっせいに鳴り響いたので、チェイミーは心臓が飛び出るほど驚いて「きゃっ!」と縮み上がりました。

 バルコニーの入り口のガラス張りの扉が開かれて、屋内に整列した、肩章のついた制服の胸を張ったラッパ手のワラビーたちが、高らかにファンファーレを吹き、チェイミーを歓迎したのでした。

 でも、曲が晴れやかに締めくくられたところで、一匹の小柄なワラビーが、すき間風のような間が抜けた音を出してしまったので、他のワラビーたちは、「スタンリー!」と言って、その一匹をにらみつけました。

 スタンリーはすまなさそうに首をすくめました。

「お前のせいで歓迎ムードが台無しだぞ。」

「王様に言いつけてやるからな。」

「どじめ。」

 口々に他のワラビーたちから非難されて、スタンリーは「だって。」と口を尖らせました。

「何がだってだよ。」

「お客様があきれた顔で振り向いたから。」

 ワラビーたちはいっせいにチェイミーの方を見ました。

 チェイミーはまだ梯子にしがみついていましたが、照れくさそうにバルコニーに下りました。

 そして、「ええ。私も悪かったのよ。真面目な演奏の最中に、へっぴり腰で振り向かれたら、私だって吹き出してしまうと思うから。」と言いました。


・さらにワラビーたちと話す 【20】へ


・ロジャーにネコノメランラン城を案内してもらう 【7】へ





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【14】


 習い事の間のある階から、大きな階段を下りて、一番下の階に来たロジャーとチェイミーは、再び長い廊下をしばらく歩きました。

 窓からは広い庭園の明るい日差しに輝く色とりどりの草花と、生垣の間を忙しそうに駆けまわるダチョウの長い首が見えました。

「ダチョウは何をしているの?」

園丁えんていのスコッティだよ。今日は罰をくらったようだから、なおさら時間に追われちまってるのさ。」

 ロジャーは間もなく、【宝物の間】という金の名札プレートが張られた、可愛らしい草花の浮き彫りが施した真っ白な扉の前で足を止めました。

「ここは別名、【人間の望みの間】とも呼ばれている部屋だ。」

 扉を開けると、左右の棚には、ピカピカに磨かれた金の延べ棒の山や、大理石でできた大きな猫の彫刻、水晶と青水晶の二つの竪琴、金銀を細かく細工したブローチやネックレスやイヤリング、美しく草花が描かれた古い時代の壺や食器、大粒のダイヤモンドがちりばめられた化粧箱、こぶし大もあるルビーやサファイヤやエメラルドの裸石など、数えきれないほどの宝物が、博物館のように解説をつけられて、整然と並べられていました。

「やっぱり、王様ってすごいのね。こんなに価値のある物をしこたま貯めこんでるんだもの。」

 チェイミーは、いかにも高価そうな宝物の数々に目を奪われながら、ロジャーについて奥に進みました。

「価値がある?こんな物にかい?」ロジャーはどんなに立派できらびやかな宝物にも、まるで関心がない様子でした。

「ここでは、こういう物には価値がないの?」

「ないね。だって、僕ら動物には無用な物ばかりじゃないか。価値があると思っているのは、ムッシ王だけさ。しかも、王だって人間から言われてそう思っているだけで、本当の価値なんか分かっちゃいないんだ。こういうのを、何て言うんだっけ?ああそう、『猫にかばん・・・』ってやつさ。」

「ふぅん。」

 宝物の棚の間を抜けると、部屋の奥の広い場所に出ました。壁には一面に、動物や風景が描かれた大小の立派な油彩画が掛けられていて、正面の壁には、ひときわ大きな、戴冠式たいかんしきらしい光景を描いた写実的な油彩画が飾られていました。

「これが元王子のジョン・グリーンウェイだよ。」

「まあ!本当だ。この子供はジョンだわ。」

 ロジャーが指さした絵の中の人物、たくさんの動物たちが見守る中、青いマントをまとい、ひざまずいて、ムッシ王から金の冠を授けられている黒髪の少年、彼の顔からは、たしかに、チェイミーの従兄のジョン・グリーンウェイの面影が見て取れました。

「ジョンはこんな面白い体験をしたくせに、私にはちっとも話してくれなかったわ。私なら、家族や親戚、友だちや知らない人にまで喜んで話して回るのに。」

 戴冠式の絵の前には、大理石でできた円柱のテーブルがえてあって、テーブルの上には、一冊の古びた日記帳が置いてありました。

 日記帳の表紙には、『アンリとオルゴールの国』と題名が書いてあって、下の方には、A・Gと、イニシャルらしいサインも書き込まれていました。

 表紙をめくると、最初のページには、『オルゴールの国を訪れた者は、誰でもその魅力のとりこになる。何しろ、この国は、生きたおとぎの国だからだ。しかし、せっかく楽しい思い出を作ったとしても、いったん外の世界に戻れば、とたんにオルゴールの国で体験した事を忘れてしまう。よほど、忘れたくないという気持ちを持ち続ける、頑固者以外は……。』

という書き出しで始まる、長い文章が書いてありました。きっとこの日記帳は、A・Gという人物が物語を書き記した手作りの本なのでしょう。

 ロジャーがテーブルを見上げながら教えました。

「その本にはね、オルゴールの国の歴史が全部書いてあるらしいよ。何しろ、建国者がこの国を作る時に、書き始めてくれた本だからね。」

「歴史が全部書いてあるなら、その建国者は、今でもこの本を書き続けている、という事?」

「さあ。歴史が全部書いてあるという事は、仲間から聞いた話でね。でも、僕がこの城で建国者を見た事は一度もないから、もしかしたら別の誰かが引き継いで書いているのかもしれない。どちらにせよ、僕の手の届かない本だから、よく分からないや。」

 ロジャーが前脚をうんと伸ばして届かない所を示して見せたので、チェイミーは読むのが面倒臭いんだな、と思って笑ってしまいました。


※アイテム『イニシャルの記憶』を手に入れた。


・日記帳を読み進める 【24】へ


・庭園に出てみる 【22】へ





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【15】


 ロジャーが、鼻をひくつかせながら、「他に何か聞きたいことがあるかい?」とたずねてくれたので、チェイミーは「ええ。たくさんあり過ぎるくらいよ。」と笑ってから、「あなたは、いつもここで、私のように誰かがオルゴールをのぞき込むのを、待っているの?」と聞きました。

「そうだよ。ほら、あそこに詰所があるだろう。」

 屋根の片隅に立っている、トタンを張り合わせただけの掘立小屋を、ロジャーは指さしました。

「誰かがオルゴールのふたを開けようとすると、詰所のベルが鳴るようになっているんだ。ベルが鳴ったら、天窓を開けて、こっちに来たい人を出迎えるのが、僕らに任された仕事ってわけ。」

「僕らって?他にも天窓を開ける担当者がいるの?」

「そりゃあ、四六時中、僕だけで見張っているわけにはいかないもの。ベルナルドと交代で番をしているんだ。」

「ベルナルドって人間?」

「オルゴールの国に人間はいないよ。ベルナルドはフェネックさ。夜勤明けだから今は自分家で寝てるはずだ。」

 チェイミーは、フェネックがたしか、耳と目の大きな可愛いらしい生き物だった事を思い出して、会ってみたい気がしました。それにしても、この世界には、人間のようにしゃべれる、色んな種類の動物がいるようです。

 そこで、ハツカネズミのウォルコットさんの事を思い出したチェイミーは、なぜ彼だけオルゴールの世界の外にいるのか、疑問に思いました。でもすぐに、

「ああ!ウォルコットさんは、向こうの世界に駐在する案内役というわけね。」と気が付きました。

「そういう事。君が向うに帰る時には、またウォルコットさんの世話になるんだよ。」

「ジョン・グリーンウェイも、子供の頃、自分の世界とこのオルゴールの国を行き来して遊んでいたのかしら。」

「ああ。そうだよ。でもジョン王子が最後にここを訪れたのは、もうずいぶん昔の事だから、僕が直接彼を見たことはないけどね。」

 チェイミーは目を丸くしました。

「ジョン王子?」

「うん。ジョンはオルゴールの国の王子だったんだ。でも、もう帰って来ないようだから、ムッシ王は去年の年始の談話で、『王子の座を空気、じゃない空位にする。』って言ってたよ。」

「ふうん。」

 どうやら、この国は、そのムッシ王という王様が治めているようです。


・屋根を下りてみる 【13】へ





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【16】


「どうしてロンドンの人口をお知りになりたいのですか?」

 チェイミーがたずねると、ムッシ王はにんまりと笑って、

「わしが知りたがる理由を知りたいのかね?よし。これはな、わしが王位に就いて以来、ずっと温めておった計画と関係するのじゃ。しかも、このオルゴールの国をしこたま栄えさせるための、近代未見の秘密の大計画なのじゃ。」

 チェイミーは、こっそりロジャーに、

「〝きんだいみけん〟って何?」とたずねました。

 ロジャーは、「知らない。ヴァイオリンの先生なら教えてくれたろうにね。」と耳打ちしました。

「秘密の大計画って?」

 チェイミーがあらためて質問すると、ムッシ王は、尖った歯を見せて笑いながら「それはな……」と話しかけましたが、パクンと口を閉じると、そっぽを向きながら、「何しろ国家機密じゃ。機密の漏えいは、城中の窓ふきと靴磨き五十足という重い罰じゃぞ。」と、素っ気なくつぶやきました。(すると、さっき部屋を出て行った小猿が、ドアから少し顔をのぞかせて、ムッシ王の言った罰を帳面に書き写してから再び引っ込みました。)

 ムッシ王は、残念そうなチェイミーの顔を横目で見ると、「しかし、そなたがこの国の王女となり、行く行くはわしの後を継いでこの国を治めてくれると約束するなら、喜んで教えてやろう。」と言いました。

 チェイミーは、降ってわいた素敵な話に目を輝かせました。

「私を王女にですって?ジョンを王子にしたように?」

「そうじゃ。ジョンを王子に迎えるにあたっては、国中の動物が出席した宴を催したのじゃぞ。焼きたての菓子が山ほどに音楽に舞踏会に、白鳥の湖から花火まで打ち上げて実に盛大じゃったのじゃ。その模様を描いた大きな歴史画も、宝物の間の奥に飾られておる。」

 チェイミーはそこで小首をかしげました。

「まあ、ジョンはそんなことちっとも話してくれなかったけど……。」

「忘れたのじゃ。」

 ムッシ王は悲しげに天井を仰ぎ見ました。そして、「オルゴールの国を訪れた者が、その思い出を忘れないためには、忘れるもんかという頑固な姿勢をしゃにむに持ち続けなければならんのじゃ。学校や家事や仕事など別な事にかまけてその気持ちがおろそかになると、とたんに何もかも忘れてしまう。それが、この国の建国時に、建国者によって設けられた第一の決まり事なのじゃ。」

「この国の建国者は、ムッシ王ではないのですか?」

 チェイミーがたずねると、ムッシ王はハッとして、「その辺の事情は、立て込んで……もとい込み入っておるでな。そなたがこの国に馴染んだ頃に、追い追い話してやる事にしよう。今日は細かい事は気にせずに心行くまで遊んで参れ。そして、そなたを王女に迎えるという件、色よい返事を待っておるぞ。もし断われば……、まあいい、罰はそうなった時に考える事にしてやるわい。」

と言うと、ふかふかのクッションが敷かれたソファーに横になって毛づくろいをしながら、「案内を続けよ。」とロジャーに命じました。

 そこで、ロジャーとチェイミーは、またうやうやしくお辞儀をしてから、部屋を後にしました。

 廊下をしばらく歩いてから、チェイミーは、「この国の王女にだって。本気かしら。そして、王女になったら、行く行くは女王になって、この国を治めてほしいんだって。私にできるかしら。」と弾んだ小声でロジャーにたずねました。

 すると、ロジャーが手招きしたので、チェイミーは腰をかがめて、彼の口元に耳を寄せました。ロジャーはささやき声で言いました。

「いいかい。甘い話には、必ず裏があるんだ。初対面の君に、王女になってほしいなんて、そんな夢みたいな話が転がり込んでくるなんて、いくらオルゴールの国の猫の王様の言う事だって、おかしいとは思わないのかい?」

 チェイミーは、ロジャーの真剣なドングリまなこを見つめると、

「たしかに。おかしいわよね。」

と、ようやく顔を曇らせました。


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【17】


 ベルナルドの家は、丘の上の荒れ地にぽつんと立っている、崩れかけた三階建ての土壁のアパートでした。

 アパートの入り口の階段に腰かけて、日向ぼっこをしていた大きなゾウガメに、ロジャーは歩み寄りました。

「やあジョコ爺さん、元気かい?」

「んああ。元気だとも。」

 ジョコ爺さんは、居眠りしていたらしく、しわがれた声を上げると、薄目を開けて、ゆっくりした動作でロジャーとチェイミーの方を向きました。

 そして、「ベルナルドは出かけたよ。今朝からどうも、アパートの居心地が悪くなったと言ってね。」と教えました。

「居心地ねぇ。」ロジャーは所々にひびが入って、大きな穴まで開いたアパートの壁を見上げて、薄笑いを浮かべました。

「どこに行ったんですか?」

 チェイミーが聞くと、ジョコ爺さんは、「フェネックが一番好きな場所だよ。お嬢ちゃん?」と言って、ふぁっふぁっふぁ、と歯のない口を開けて笑いました。

 そして、「あーあ。」と、独り言ちると、階段にもたれ直して目をつむり、早くもいびきをかきはじめました。

 二人はジョコ爺さんにそっと別れを告げると、アパートを後にして、丘の向うの道のない乾いた斜面を下って行きました。

 途中で、ロジャーが正面を向いたまま言いました。

「せーので振り返ってごらん。アパートの屋上を見るんだ。いいかい、せーの……」

 合図に合わせて、チェイミーが振り返ると、アパートの屋上には、二つの黒い動物の影が立ってこちらを見ていましたが、すぐに隠れて見えなくなりました。

「見張っているんだ。ベルナルドを。ムッシ王の差し金でね。」

「どうして?」

「彼に会って話を聞けばわかるよ。」

 当惑するチェイミーをうながして、ロジャーは足早に斜面を下って行きました。


・泉へ行ってみる 【25】へ


・砂丘へ行ってみる 【27】へ





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【18】


 砂丘の頂上に着くと、巣穴らしい穴はありましたが、大きな耳の生き物は見当たりませんでした。

 チェイミーは、穴の中に顔を突っ込んで、「ベルナルド!」と呼んでみました。でも、返事はありませんでした。

 そこへ、ロジャーが息を切らして登って来たので、チェイミーは「ベルナルドは恥ずかしがり屋なの?」と聞きました。

「いいや。用心深いのさ。ほら、あそこ。」

 ロジャーが指差した、砂丘を陸側にずっと下ったあたりには、もう一つ穴があって、そこからさっきの尖り耳の動物が、顔を出してこちらを見ていました。

「ベルナルド、大丈夫、この子は味方だ!」

 大きな声で、ロジャーが呼びかけると、動物はクルリと身をひるがえして穴に引っ込みました。そして、ものの十秒も経たないうちに、チェイミーたちがいる砂丘の頂上の穴から、そのきょんとした可愛らしい顔をのぞかせました。

「初めまして。私チェイミーよ。」

「ベルナルドだ。どうだい、一通り観光はすんだかね?」

 チェイミーは、ベルナルドが見た目とは違った大人っぽい声だったので、どぎまぎしながら、

「ええ。ずいぶんいい所ね。」

とぎこちなく答えました。

 ベルナルドはさっと穴から出て、チェイミーのまわりを一周すると、いかにも迷惑そうに見上げながら、「お楽しみのところ、誠に申し上げにくいんだがね、王女様。あんたは俺たちにとって招かれざる客なんだ。率直に言って、この国からできるだけ早くお引き取り願いたいんだがね。」と言いました。

急にこんな失礼な態度を取られて、チェイミーは呆然ぼうぜんとした後で、次第に腹が立って来ました。

「あなたにそんなこと言われる筋合いないわ。ウォルコットさんは鍵をくれたし、ロジャーは私をオルゴールの中に引き入れてくれたのよ。それに、みんな行く先々で、私のこと歓迎してくれていたわ。何だってそんなひどいことを言うの?」

「あんたはこの国が好きかい?」

「ええ、大好きよ。」

「でも、あんたはこの国を滅茶苦茶にしようとしてる。」

「そんなことするわけ……」

 チェイミーはふと、ベルナルドが胸に付けている、歯車の形の金色のバッジが目に留まりました。

「それ、三十三番の歯車じゃない?」

 ベルナルドは、バッジを見おろしてから、誇らしげにその上に手を置きました。

「うん。ジョンから直接預かったものさ。」

「ジョン・グリーンウェイから?」

「そう。あんた、これを探していたんだろう?歯車をオルゴールに戻す事で、オルゴールの音色を聴きたくて。でも、そうすることが、どういう事なのか、ジョンから聞いているのかい?」

 チェイミーは、ベルナルドの言いたいことが、よく分かりませんでした。

「私、〝三十三番の歯車はベルナルドに預けてあります〟っていうメモ書きを見ただけなの。だけど、その歯車がオルゴールの歯車なら、元あった場所に戻せば、オルゴールを聴けるようになる、という事でしょう?」

 ベルナルドは周りに誰もいないのを確かめてから、やれやれと言うようにどさりと砂に腰を下ろして、言いました。

「そうだ。だが、それだけじゃないんだぞ。いいかい、オルゴールが聴けるようになると、あんたの世界にあるすべてのオルゴールと、このオルゴールの国が、つながる仕組みになっているんだ。」

「ええ?!」

 チェイミーはあまりに突拍子もない話に、どう受け止めていいのか分からず、とまどうばかりでした。

 でも、ベルナルドの隣に座ったロジャーから「まあ座んなよ。」と言われて、ようやく我に返ったように、ふたりの隣に腰を下ろしました。

「もっと多くの人が、私のようにこの国に来られるようになる、という事?」

「そうさ。」

 しばらく考えてから、チェイミーは、

「まあ、すてき!」

と言ってみました。でも、どうもそうじゃない、という気がして、次第に眉をひそめました。

「それが、本当に良い事だと思うかい?」

「うーん。」

 すぐに答えられないチェイミーを見て、ベルナルドは話し出しました。

「ムッシ王はこう言ったんだ。『領民が増える事は、この国の財産が増えるという事じゃぞ。王としては大歓迎じゃ。それに、あらゆる動物がいながら、人間だけがいないというのも、龍の絵に角を欠くというものじゃからな。』って。ムッシ王は、動物たちを支配できているもんだから、人間たちを支配するのも簡単だ、って思っているんだ。あんたもそう思うかい?」

「難しい問題ね。」

 チェイミーは、そう言った後ですぐにかぶりを振って、ベルナルドを見ました。

「いいえ。きっと、オルゴールの国はすぐさま人間に乗っ取られてしまうでしょうね。そして、動物たちは外の世界に連れて行かれたりして、今よりもっと悪い事になると思うわ。」

 ベルナルドは、よく気が付いてくれたというようにうなずきました。

「だろう。だからジョンは、歯車を外したままにしておいたんだ。しかし、あんたが歯車を戻したいと言うなら、俺は反対しないよ。あんたはこの国の王女なんだから。何でも思い通りにしていいんだ。」

 チェイミーは目をつぶって激しく頭を振ると、苦しそうに空を見上げて、

「ああっ、やっと、ジョンがこの国を立ち去った理由が分かったわ。私も、王女になってはいけなかったのよ。ベルナルド、教えてくれて、ありがとう。今ここで、私は王女の座を降りるわ。」

「イヨウ!」ロジャーが嬉しさに雄たけびを上げました。

「でも、どうしてムッシ王は私を王女や女王に据えたがっていたのかしら。歯車を戻すくらいなら、地位なんて与えなくてもできるのに。」

「この国は、建国者が書いた一冊の本でできている。その本を更新して、未来を書き換える事ができるのは権限を与えられた人間だけなんだ。だからムッシ王はあんたを権限のある地位に据えたがっていたってわけ。」

「ベルナルド、あなたどうしてそんなにこの世界の事情に詳しいの?」

「ジョンから教わったからさ。俺はあんたとは逆にオルゴールを通り抜けて、向こうの世界に行って、ジョンに再会して来たんだ。」

 チェイミーは信じられないような話の連続に、とまどい過ぎて思わず笑ってしまいました。


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【19】


 狭い裏路地を再び抜けて、賑やかな表通りまで戻ったロジャーは、周りを用心深く見まわしてから、チェイミーを振り返って言いました。

「これから、君をベルナルドの家に案内するよ。そこで僕らは、君に大事な話をするだろう。それは、この国の将来に関する事だよ。でも、もし君に、その話を聞く心の準備がまだできてないって言うなら……」

 チェイミーは全てを聞き終える前に答えました。「ええ、ちょっと考えさせて。私には、あなたたちの問題がどうも難し過ぎるみたいなの……。」

 ロジャーは見るからにがっかりした様子でしたが、申し訳なさそうにうつむくチェイミーを見ると、「そうだね。君にはまだ、難し過ぎる問題かもしれないね。」とうなずいて、「さっき、アイリーンや僕から聞いた話は、忘れてほしい。」と言いました。

「ごめんなさい。」チェイミーはすっかりしょんぼりしてしまいました。

「君のせいじゃないよ。でも、この国の裏事情を聞いてしまったのはまずいな。用心のために、一度自分の世界に戻った方が良いかもしれない。」

 チェイミーは、もうオルゴールの国の観光を楽しむ気分ではなかったので、大人しくそうすることにしました。

 二人はそこから真っ直ぐにネコノメランラン城に戻りました。

 ムッシ王に会うと、またややこしくなりそうなので、二人は足音を忍ばせながら、建物の階段を上り、もと来た三十三番の歯車の塔の屋根まで続く、長い長い梯子がかかったバルコニーまで来ました。

 チェイミーは怖いのを我慢して、またせっせと梯子をのぼりはじめました。

 まん中くらいまで、休まずにのぼって、ちらっと振り返ってみると、ロジャーがいつの間にかいなくなっていたので、チェイミーはぎょっとしました。

 でも、今さら戻るわけにもいかないので、チェイミーは泣きたいのをこらえて上り続けました。

 ずいぶん息を切らして、チェイミーはやっと頂上の屋根まで上り詰めました。

「案外早かったじゃないの。」

 顔を上げると、ロジャーが手をさし伸べて待っていました。

 チェイミーはキツネにつままれたような気持ちで、

「どうやって追い越したの?」と、引き起こされながら聞きました。

 ロジャーは詰所の掘立小屋を指さして、

「あの中に昇降機があるのさ。僕らくらいの大きさの動物、専用のね。」と教えました。

「私がもしこの国の女王になったら、まず最初に、人間用の昇降機を設置するわ。」

 チェイミーは、努めて明るく冗談を言いながら、ロジャーと一緒に屋根裏の天窓のそばまで歩きました。

「ぜひそうしなよ。」

 天窓を開きながら、ロジャーも笑って答えました。

 チェイミーが窓からのぞくと、すぐに、

「おおい、来るのかい?」

と声がしました。、オルゴールの機械が取り囲んだその先の、大きな四角い枠の縁から身を乗り出していたのは、やけに大きく見えるハツカネズミのウォルコットさんでした。彼は早くも縁からひもらして、こちらの返事を待っていました。

 チェイミーは、遠慮がちにロジャーに手をさし出しました。

「じゃあ、さようなら。」

「ああ。今日は来てくれてありがとう。案内できて良かったよ。」

 二人は、しっかりと握手をしました。

 それから、天窓の縁に屈んだチェイミーは、「ええ、行くわ!」と、ウォルコットさんに返事をすると、手を伸ばして、振り子のように揺れる紐を追いかけて、何度かつかみ損ねた末に、やっとつかまえました。

 そのとたん、チェイミーの体は天窓に吸い込まれて、来た時と同じように、オルゴールの中の機械のすき間を風のように通り抜けると、元いたグリーンウェイ伯母さんの家の屋根裏部屋に放り上げられて、ドシンという音と共に、床にうつぶせに投げ落とされました。

「いった~い……。」

 チェイミーがしかめた顔を上げると、その脇には、いつの間にか、あの猫の陶人形が付いたオルゴールが、ふたを固く閉じられて転がっていました。

「私、どうしたのかしら?そう、振り子時計の中から、鳴らないオルゴールを見つけて、それで……、伯母さんに見せに行こうとしたけど、うっかりつまづいて、転んでしまったのよ……。」

 チェイミーは、ぼんやり起き上がり、オルゴールを拾い上げると、二階へ続く梯子段をふらふらと下りて行きました。

 オルゴールの国での出来事を、チェイミーは何もかも忘れていましたが、その事にはちっとも気が付きませんでした。


・【2】へ





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【20】


「ほらね。この子が悪いんだ。わざと僕に吹き出させたんだよ。」

 スタンリーがみんなに訴えるようにチェイミーを指さしました。

 すると、他のワラビーたちも、

「せっかく丁重に歓迎してあげたのに、よくも台無しにしてくれたな。」

「恩師らずめ。」

「ワラビーが大人しいからってなめてかかると黙ちゃいないぞ。」などと、次々にチェイミーに詰め寄りはじめました。

 スタンリーをかばったつもりだったチェイミーにとっては、思いもよらない事になりました。

 スタンリーは、この騒動を少し離れて眺めていたロジャーにも食って掛かりました。

「オルゴールの国の名誉を汚されたんだ。こんな礼儀知らずは、案内役のあんたが責任を持ってお引き取り願うのが筋だと思うがね。」

「私、そんなつもりじゃなかったのよ。へっぴり腰で振り向いたのは、わざとじゃないんだから。」チェイミーはみんなをなだめようとしましたが、今度は他のワラビーが聞きとがめました。

「じゃあ、自分が悪かったって言ったのは、嘘だったのかい?」

「そりゃあ……、ええと……。」チェイミーは、自分でも、なぜ悪くもない事を『自分も悪かった。』なんて言ったのか、上手く説明できずに、口ごもってしまいました。

 ロジャーはため息をついて言いました。

「失敬でうそつきだと分かった人を、僕らの王様に会わせるわけにはいかないな。さあ、長居は無用だよ。さっさと自分の世界にお引き取りを!」

 チェイミーは今下りて来たばかりのうんざりするほど長い梯子を見上げて、

「また、これを上るの?」

と、情けない声を出しました。

 それを聞いたスタンリーが、

「こいつ、居座るつもりだよ。厚かましい奴だよ。」とののしったので、別のワラビーが、「近近衛兵このえへい、出あえ!」と大声で号令しました。

 間もなく、建物の中から、たくさん走り出て来たのは、甲冑かっちゅうをまとって長いやりを小脇にたずさえた、丸っこくて可愛らしい、十匹くらいのハリネズミの分隊でした。

 ただ、いくら可愛くても、あんな槍でいっせいにつつかれたら、いくら彼らより何倍も大きなチェイミーだって、たまったものではありません。

「分かったわ。帰るからちょっと待ってよ!」

 チェイミーは怖いのを我慢して、またせっせと梯子をのぼりはじめました。

 まん中くらいまで、休まずにのぼって、ちらっと振り返ってみると、ワラビーたちやハリネズミたちは相変わらずバルコニーに群がってこちらを見上げていて、得意げに「わあ!」と、ときの声を上げました。

 それからさらに上り続けて、ずいぶん息を切らして、チェイミーはやっと頂上の屋根まで上り詰めました。

「案外早かったじゃないの。」

 顔を上げると、ロジャーが手をさし出して待っていました。

 チェイミーはキツネにつままれたような気持ちで、

「どうやって追い越したの?」と、引き起こされながら聞きました。

 ロジャーは詰所の掘立小屋を指さして、

「あの中に昇降機があるのさ。僕らくらいの大きさの動物、専用のね。」と教えました。

 チェイミーは、動物たちが利用する小さな昇降機を、ぜひとも見てみたいと思いましたが、自分の世界に帰らされることをすぐに思い出して、「ああ。」とわざと沈んだ調子で返事をしました。

 ロジャーは、チェイミーの世界につながる天窓を開きながら、「僕はこの城では一番下っ端だからな。ワラビーのラッパ手にだって逆らう事なんかできないのさ。」と、あきらめ顔で言いました。

「そうだったのね。」

 チェイミーの気持ちは、それでいくらか和らぎました。

「おおい、来るのかい?」

 天窓の中から声がして、のぞき込むと、オルゴールの機械が取り囲んだその先では、やけに大きな顔のハツカネズミのウォルコットさんが、四角い外枠の縁から身を乗り出して、こちらにひもらして待っていました。

「じゃあ、さようなら。」

「ああ。今日は、少ししか案内できなくて残念だったけど、会えて良かったよ。」

 チェイミーとロジャーは、お互い肩をすくめ合いながら、仲直りの握手をしました。

 それから、天窓の縁に屈んだチェイミーは、手を伸ばして、振り子のように揺れる紐を追いかけて、何度目かでやっとつかみました。

 そのとたん、チェイミーの体は天窓に吸い込まれて、来た時と同じように、オルゴールの中の機械のすき間を風のように通り抜けると、元いたグリーンウェイ伯母さんの家の屋根裏部屋に放り上げられて、ドシンという音と共に、床にうつぶせに投げ落とされました。

「いった~い……。」

 チェイミーがしかめた顔を上げると、その脇には、いつの間にか、あの猫の陶人形が付いたオルゴールが、ふたを固く閉じられて転がっていました。


・【エンディング2】へ





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【21】


 ロジャーが立ち上がって、

「そろそろ行こう。監視役に見つかるとまずいからな。」と言いました。

 チェイミーは、ベルナルドに聞きたい事、話したいことが山ほどありましたが、仕方なく立ち上がると、「これからどうするの?」とたずねました。

「ひとまず、この国の未来を変な風に書き進められるのだけは防げたんだ。後は、自分たちで何とかするよ。」

「何とかって?」

 ベルナルドはロジャーと顔を見合わせると、真面目な顔で向き直って、「ここからは俺たちの問題なんだ。あんたは関わらない方がいい。」と、きっぱり言いました。

「それは違うわ。この世界は、建国者によって書かれた物語の通りにしか未来を作れないんでしょう?だとしたら、この国の未来をどうするかは、最初に物語を書いた人に責任があるのよ。」チェイミーも、ふたりに劣らず真剣でした。

「建国者はもういないんだ。それとも、君が女王になって、この国の未来を書き進めてくれるのかい?」ロジャーが聞きました。

「いいえ。私じゃきっと、全ての問題を解決するほど上手には書き進められないと思う。でも、建国者ならできると思うわ。建国者は、今、この国にはいないけれど、私の住む外の世界では健在なのよ。その人が建国者なのは、おそらく間違いないと思うわ。」

 ロジャーが「えっ。」と驚いて、

「それは誰なんだい?」とたずねました。

「今は言えない。名前を明かすかどうかや、この国の未来を書き進めるかどうかは、その人自身に決めてもらいたいの。」

 ベルナルドは、腕組みをして考えていましたが、「ジョンも昔、同じ事を言っていたんだ。『僕は建国者を知っている。この国の未来を明るい方に書き進めてもらう。』ってね。でも、結局は長年の間なしのつぶてさ。再会した時だって、あんなに張り切ってたのも忘れて、『無理だ。』って諦めてたぜ。」と言いました。

「もう一度、私から頼んでみる。みんなが困っている事を一生けんめい話せば、きっと気持ちが変わると思うの。」

 その時、ロジャーが砂丘のふもとの方を見やって、

「ちっ。見つかっちまった。」と言いました。

 砂に足を取られながら、あたふたと登って来る黒い二匹の動物が見えました。どうやら、ベルナルドのアパートを見張っていた、忍者姿の黒装束の黒猫たちのようです。

「こっちだ。」

 ベルナルドは素早く巣穴にふたりを招き入れました。穴はチェイミーが四つん這いでやっと通れる狭さでした。

「俺について来な。出口についたら、その足でネコノメランラン城に大急ぎで戻って、自分の世界に脱出するんだ。下手をすると、あんたもムッシ王に捕らえられちまうぜ。」

 チェイミーは、ベルナルドとロジャーの後に続いて、時々枝分かれする真っ暗な道を、右へ左へと進んで行きました。すると、先の方に細い明かりが射し込んでいて、そこを目指して行くうちに、いきなりまぶしい地上に頭が出ました。

「じゃあな。ジョンによろしく。」

 ロジャーから引っぱり出されるチェイミーに、ベルナルドが後ろから別れを告げました。

「ベルナルドも逃げないと。」

 チェイミーはまだ明るさに慣れない目を細めながら振り返りました。

「俺なら大丈夫だ。しっぽを掴ませないくらいの心得はあるつもりだぜ。」

 ベルナルドは、チェイミーの手をとって、手のひらに何かを握らせました。それは、ベルナルドがバッジにしていた、三十三番の歯車に違いありませんでした。

「あんたに任せてみるよ。頼んだぜ。」

「ええ。やってみる。」

 ベルナルドが巣穴に消えたので、チェイミーとロジャーは小さな森のわきを通って丘を登り、そこから城下町まで続くのどかな田園風景を一散に駆け抜けて行きました。やがて、街に入った二人は、そこから動物たちの目につかないように、裏通りの家々の間を縫うように走って、ようやくネコノメランラン城にたどり着きました。

「ムッシ王に会うと、またややこしくなるぜ。」

 二人は城内に入ると、足音を忍ばせながら、広い中央階段を上って行きました。

 ところが、途中で、ロジャーが「ああ、大事な物を忘れてた!」と言って立ち止まりました。

「何?」

「この国の歴史を書いた本だよ。持って行った方がいいだろう?」

「ええ。あれを建国者に見せれば、説得力があるものね。」

 そこで、ふたりは本がある〝宝物の間〟に立ち寄って行く事にしました。


・宝物の間へ行く 【28】へ





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【22】


 ロジャーはチェイミーを連れて宝物の間を出ると、廊下の先にある、庭園に面した大きなガラス戸の方へ歩いて行きました。

 すると、廊下の向うから、小猿の書記官二匹を従えたムッシ王が歩いて来るのと行き会いました。

「園丁のスコッティの仕事ぶりを監督する時間じゃて。」

 ムッシ王はガウンの胸ポケットから金時計を出して、「五、四、三、二、一、」と秒読みしてから、「それっ!」と庭園に飛び出しました。

 ダチョウの園丁のスコッティは、運悪く、くたびれ果てて庭の隅で屈みこんで小休止している所でしたが、ムッシ王が「こらっ!園丁が勝手に小休止すると、城内の銀の燭台しょくだいを全てピカピカになるまで磨く罰じゃぞ!」と怒鳴りつけるや、飛び上がって駆けだして、落ち葉をくちばしで拾っては背中に下げた大きなずた袋に集めるという作業を再開しました。(小猿の書記官はその間に新しい罰をすぐさま帳面に書き記しました。)

 チェイミーたちはムッシ王のお伴をして庭園のまん中の石畳の小道まで来ました。

 左右の花壇や生け垣には、桃色のシュウメイギクや赤い薔薇、淡い紫のセージ、真っ白な小花のアリッサムなど、たくさんの草花が噴水までの道のりを良い香りに包んで彩っていました。

 ムッシ王は小道の所々に落ちた枯葉をチェイミーに示して、

「スコッティが散らかしてもよい落葉は五枚じゃ。それ以上落ちていれば、片足とびで城外三周の罰であるぞ。では数えるからな。」と、意地悪そうに揉み手をしてから数えはじめました。

「五、四、三、二、一、ゼロ?!」

 ゼロというのは、落ち葉がなかった、という事ではありません。落ち葉が五枚以上散らかっていた、という事なのです。

「スコッティ!スコッティ!スコッティ!」

 ムッシ王が大声で呼ぶと、スコッティは生垣や花壇をあたふたと飛び越えて来て、王の前にぬかづきながら、「ご用でしょうか?」と息切れしながらたずねました。

「見ろ。落葉が五枚以上散らかっておるぞ。勝手に小休止などするからじゃ。罰として、三ヤード以上飛びながら城外六周を命じる!」

 小猿の書記官たちは、罰の内容が先ほど王が言った罰と変わっているので、どうしたものかと顔を見合わせて、お互いの帳面をおどおどしながら覗き合ったりしました。

 うなだれるスコッティを哀れに思ったチェイミーが、「僭越ながら王様、ダチョウは空を飛ぶことができません。三ヤードだって難しいかも。」ととりなしましたが、ムッシ王は「やってみなければ分からんわい。案外そのくらいなら飛べるやもしれぬぞ。そうなれば面白い見ものとなるだろうて。」と取り合いません。

 スコッティが物悲しそうに見つめるので、チェイミーはなおも頑張りました。

「それに、こんなに広い庭園に、落葉を五枚しか散らかしてはいけないなんて、どだい無理な相談というものじゃないかしら。うちの庭にはリンゴの木が一本あるきりだけど、秋になると落ち葉は掃いたそばから次から次に落ちて来て、いつまでたっても掃除が終わらない位だもの。この国の季節が今何なのかは知らないけれど……。」

 するとムッシ王はしゃくをチェイミーに突き付けると、ふんぞり返って、

「知りもせんことに口出しするな。川からの水汲み十回の罰を……」と言いかけましたが、急に態度を和らげて、「そなたがこの国の王女になる事をここで承諾してくれるのなら、スコッティを許してやるばかりか、目こぼしをする落葉の枚数を増やしてやってもよいぞ。」と持ち掛けました。

 ロジャーが服の裾を引っぱって注意を促しましたが、助けを求めるスコッティの潤んだ瞳を再び目にしたチェイミーは、「いいわ。お約束します。でも、ずっとここにはいられないわ。来たい時に来ればいい、という条件なら。」と答えました。

 ムッシ王はにんまり笑って、

「それでいいとも。この国に必要なのは人間の跡継ぎという名義だけなのじゃ。治世は引き続きわしに任せておればよろしい。」と言うと、「スコッティ、心優しい王女と寛大な王に感謝せいよ。落ち葉はできる限り掃くという事で構わん。」と伝えて、小猿の書記官を引き連れて、再び建物の入り口の方へ歩いて行きました。

 スコッティが長い首をぺこぺこ下げながら、

「新しい王女様、ありがとうごぜえました。おらあ、飛ぶなんて大それたこと、考えたこともなかったで、お助けがなければ、途方に暮れてたとこだった。」と、チェイミーにお礼を言いました。

 チャイミーは努めて品のいい口調で、

「いいえ、いいのよ。それにしても、ひどい王様ね。私が治めた方が、よっぽどいい国になりそうだわ。」と、案外まんざらでもない様子で答えました。


・ロジャーと城の外に出る 【10】へ





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【23】


 ロジャーはだんだん入り組んで狭くなる裏路地を進んで行きながら、「ちょっと寄りたいところがあるから、ついて来て。」と言いました。

 ある一軒の、壁のくすんだみすぼらしい家の前で立ち止まったロジャーは、辺りをうかがってから、扉をノックして「僕だよ。ロジャーだよ。」と呼びかけました。

 するとすぐに、扉がきしみながら開いて、ロジャーと同じくらいの背丈のカピバラが出て来ました。

 そのカピバラは、チェイミーを見るとしばらくぽかんとしていましたが、ロジャーが、

「今日、あっちの世界から来たんだ。これからベルナルドに会わせようと思って。」と言うと、心配そうに声を落として、「大丈夫なの?」とたずねました。

「うん。信用できる子だよ。まだ、計画の事は話してないけど、分かってくれると思う。」

 女の子らしいそのカピバラは、ロジャーの説明を聞いて安心したようで、軽くお辞儀をしてからチェイミーを家に招き入れました。

 簡素な椅子と食卓があるだけの、日当たりの悪い寂しげな部屋でしたが、ロジャーは案外くつろげるようで、「やれやれ、今日はたくさん歩いたからくたびれたな。」と言いながら、ゆったり椅子に腰かけると、女の子のカピバラが持って来てくれた水を飲みました。チェイミーも、なにか事情があるのだろうなとは思いながら、口出ししてはいけないような気がして、低い椅子に窮屈に座ると、大人しく水を飲んで様子を見ている事にしました。

 ロジャーは、女の子のカピバラを、アイリーンと紹介しました。

「アイリーンのお父さんのマルコはね、僕の前に、人間の案内役を務めてたカピバラなんだ。若い頃に、ジョン王子に会った事もあるそうだよ。」

「へえ。ここでのジョンの様子がどんなだったか、聞いてみたいな。」

 チェイミーが話を振ると、アイリーンは寂しそうに微笑んで、「父からは、やんちゃで、正義感の強い、優しい男の子だったと聞いています。ジョン様は、この家にいらして、ちょうどチェイミーさん、あなたの座っている椅子に腰かけて、父と話をするのが好きだったそうですよ。」と言いました。

「お父さんは?」

 チェイミーが聞くと、顔をうつむかせたアイリーンの代わりに、ロジャーが答えました。

「マルコはね、ムッシ王に対する謀反むほんくわだてた罪で、外の世界に追放されてしまったんだよ。」

「そんな、マルコはどうなっちゃったの?」

「表向きは、行方知れずってことになっているけど、本当は、ほら、君の世界で案内役をやってるウォルコットさんがいるだろう、彼の先祖が、こっそり世話をしてくれていたんだ。亡くなるまでね。でも、生きている間にオルゴールの国に戻って来る事は、とうとうできなかったよ。」

「そんな事があったなんて……。」チェイミーは言葉をなくしました。だって、今までは、オルゴールの国の事を、変わった所があるし、ムッシ王は意地が悪いけれど、他の動物たちにとっては、わりあい平和で愉快な、暮らしやすい国だとばかり思っていたからです。

「マルコは、みんなをかばって、ひとりで罰を受けたんだ。ムッシ王の政治を嫌っている動物たちは、昔も今も、少なくないんだよ。もちろん、ムッシ王にびて、味方をする連中もいるけどね。そんな連中だって、いつかは……」ロジャーが、いつになく興奮した調子で話すので、チェイミーは胸がどきどきして来ましたが、不意にアイリーンが立ち上がって、小さな窓のカーテンの隙間から表をのぞいたので、ロジャーは口をつぐみ、その場はしんと静まり返りました。

「行った方がいいわ。」

 アイリーンにうながされて、ロジャーはチェイミーを呼ぶと、無言のまま家から出ました。

 玄関先で、ロジャーとアイリーンはわずかな間見つめ合いました。

 アイリーンは震える声で、

「私にできる事があったら、何でも言ってね。」と言いました。

「うん。」と優しく励ますように答えたロジャーは、チェイミーを連れてその場を立ち去りました。

 チェイミーは、何だかすごい事になって来たぞ、と、ただただ途方に暮れるばかりでした。


・ひとまずオルゴールの外の世界に帰る 【19】へ


・ベルナルドの家に行く 【17】へ





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【24】


 チェイミーは日記帳をパラパラとめくって、最後のページ間近の書きかけのページまで行きました。

 すると、おかしな事に、そこに書いてある文字は、最初のページの大きさが揃った几帳面な筆記体ではなく、不揃いな活字体で書かれたいかにも子供らしい文字になっていました。

 そして、最後の文章は、『オルゴールの歯車と鍵はそれぞれ別の者に預ける事にする。王子としては、この国を守らなければいけないし、それが一番良い……』という風に、尻切れトンボになっていました。

 しかし、文面から察するに、この部分を書いたのは、どうやら王子本人のようです。

「これって、途中からジョン・グリーンウェイが書いたんじゃないかしら。」

 チェイミーがたずねると。ロジャーは和紙製の日本人形を手に取って匂いをかぎながら、「知らないよ。でも、ムッシ王は、その本を書き進める事ができないんだって。外から来た人間じゃなきゃだめなんだ。」と答えました。

「それはムッシ王本人……、じゃなかった、本猫から聞いたの?」

「ベルナルドさ。」

「ベルナルドって……。」

「僕の同僚の、夜勤の案内役のフェネック。」

「ふぅん。」

 チェイミーはそこで、オルゴールの国への入り口となったオルゴールに、『三十三番の歯車はベルナルドに、鍵はウォルコットさんに預けてあります。』という紙片が結び付けてあったのを思い出しました。

「ベルナルドが三十三番の歯車を持ってるのを見たことがある?」

「三十三番の歯車の塔なら、君がさっき降りて来た、ネコノメランラン城の中で一番高い塔だよ。でも、〝三十三番の歯車〟って事になると、何の事だか分からないな。」

 おそらく、その歯車がなければ、オルゴールを鳴らす事はできないのでしょう。けれど、どうして、ロジャーはオルゴールの国の住民なのに、その事を知らないのでしょう。

 チェイミーはますます、部品をすべて集めて、オルゴールを鳴らしてみたくなりました。

「ベルナルドに会って話を聞いてみたいのだけれど、今日会えるかしら?」

「夜勤前だから、家に行けばいると思うよ。まだ寝てるだろうけど。」

「案内してくれる?」

「いいよ。君の行きたいところへ案内するのが僕の仕事だからね。」


・庭園へ出る 【22】へ





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【25】


 ベルナルドのアパートが立つ丘の向こう側は、小さな森になっていました。

「あの森には、泉がある。水面をのぞくと、何かとためになる事が映し出されるから、〝真理の泉〟と呼ばれているんだ。行ってみようか。」ロジャーに勧められて、チェイミーは「わぁ、もちろん!」と大喜びで賛成しました。そんな面白い事が起こる泉なんて、チェイミーの暮らす世界では、おそらく絶対にお目に掛かれないでしょうからね。

 木々が左右からアーチのように伸びた森の入り口に入ると、とても良い匂いがする落ち葉が敷きつめられた小道が続いていました。ちょっとカラメルに似た、こうばしく甘い香りです。チェイミーはカサカサいう落葉を踏んで歩きながら、「どうしてだろう。この匂い、どこかで嗅いだことがある気がする。」と、不思議そうにつぶやきました。するとロジャーは「そうかい?この落ち葉は、カツラという木の葉らしいよ。」と教えました。そこでチェイミーは、「ああ、そうよ。これ、グリーンウェイ伯母さんの家の庭の落葉の香りよ。庭のまん中に植わっている木が、カツラの木だって、伯母さんが言っていたもの。」と納得しました。

「ふうん。美味しそうな香りだけどさ、食べてもまずいんだぜ。」ロジャーが言ったので、チェイミーは「食べたのね?食いしん坊!」と笑いました。

 間もなく、開けた明るい場所に出ると、そこに泉がありました。

 泉は綺麗な円い形で、以前訪れた事のある、リヴァプールのウォーカー美術館の前にある噴水くらいの大きさでした。

「可愛い泉ね。」

 チェイミーは早速、泉の傍にかがんで水面をのぞき込んでみました。

 小石と砂が敷かれた底が見えるくらい、透き通った水のおもてには、不思議と鏡のようにはっきりと、チェイミーの姿が映っていました。

 しかし、その顔は、王冠をかぶった縞模様の猫になっていました。

「うわぁ。見て、私の顔が違うわ。」チェイミーは、自分の顔が本当に変わってしまったのではないかと心配になって、頬や鼻を触ってみましたが、どうやらちゃんとした人間の顔でした。

「ロジャーものぞいてみてよ。」

 チェイミーからうながされて、ロジャーも泉に体を乗り出しました。

 すると、ロジャーの顔は、いかにも朴訥ぼくとつそうな、人間の少年の顔に変わっていました。

「なんだこりゃ。」

「不思議ねぇ。」

 ふたりは面白いやら、気味が悪いやら、変てこな気持ちで、水面に映った自分の顔や、お互いの顔に見入りました。

 しばらくして、ロジャーは立ち上がると、「さあ、もう行こう。面白いけど、意味はよく分からなかったね。」と言いました。

「そうかしら。私は何だか、大事な事を教わったような気がするわ。」チェイミーは、猫になった自分が今の自分とどう違うのか、もっと見ておきたい気がしましたが、ロジャーがずいぶん先へ行ってしまったので、「待って!」と言いながら駆け足で森を後にしました。


・さっきの丘の斜面をさらに下ってみる 【27】へ





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【26】


 ロジャーが立ち上がって、

「そろそろ行こう。監視役に見つかるとまずいからな。」と言いました。

 チェイミーは、ベルナルドに聞きたい事、話したいことが山ほどありましたが、仕方なく立ち上がると、「これからどうするの?」とたずねました。

「ひとまず、この国の未来を変な風に書き進められるのだけは防げたんだ。後は、自分たちで何とかするよ。」

「何とかって?」

 ベルナルドはロジャーと顔を見合わせると、真面目な顔で向き直って、「ここからは俺たちの問題なんだ。あんたは関わらない方がいい。」と、はっきり言いました。

 チェイミーは、確かにそうかもしれない、と思いました。何の気なしにオルゴールを鳴るようにしようとした事が、思いがけず、この国にとって大きな災いを招きそうになってしまったのです。

 事情をよく知らないよそ者が、口をはさむ事ではないのでしょう。

「ちっ。見つかっちまった。」

 ロジャーが砂丘のふもとをあたふたと登って来る黒い二匹の動物を指さしました。

「こっちだ。」

 ベルナルドは素早く巣穴にふたりを招き入れました。穴はチェイミーが四つん這いでやっと通れる狭さでした。

「俺について来な。出口についたら、その足でネコノメランラン城に大急ぎで戻って、自分の世界に脱出するんだ。下手をすると、あんたもムッシ王に捕らえられて、無理やり女王の座につかされちまうぜ。」

 ベルナルドの後に続いて、時々枝分かれする真っ暗な穴の道を、右へ左へと進んで行くと、先の方に細い明かりが射し込んでいて、そこを目指して行くうちに、いきなりまぶしい地上に頭が出ました。

「じゃあな。ジョンによろしく。」

 ロジャーから引っぱり出されるチェイミーに、ベルナルドが後ろから別れを告げました。

「ベルナルドも逃げないと。」

 チェイミーはまだ明るさに慣れない目を細めながら振り返りましたが、ベルナルドはもうそこにはいませんでした。

「あいつなら大丈夫だよ。どんなに追い回されたって決してしっぽは掴ませないんだから。」

 ロジャーはチェイミーの手を引いて、丘を登ると、そこから城下町まで続くのどかな田園風景を一散に駆け抜けて行きました。やがて、街に入った二人は、そこから動物たちに見つかるのを避けて裏通りの家々の間を縫うように走って、半時ほどでネコノメランラン城に戻りました。

「ムッシ王に会うと、またややこしくなるぜ。」

 二人は足音を忍ばせながら、建物の階段を上り、もと来た三十三番の歯車の塔の屋根まで続く、長い長い梯子がかかったバルコニーまで来ました。

 チェイミーはへとへとなのを我慢して、またせっせと梯子をのぼりはじめました。

 まん中くらいまで、休まずにのぼって、ちらっと振り返ってみると、ロジャーはちゃんと後ろについて来ていて、「下を見るなよ。上だけ見て登りな。」と注意しました。たしかに、あまりの高さに肝を冷やしたチェイミーは、「ええ、もう見ないわ。」と、縮み上がりながら向き直ると、ぎくしゃくした動きで何とか一歩ずつ上り始めました。

 ずいぶん息を切らして、チェイミーはやっと頂上の屋根まで上り詰めました。

 ロジャーは疲れて座り込んだチェイミーを追い越すと、屋根裏の天窓のそばまで走りました。

 天窓を開いて、「おおい、ウォルコットさん!」と呼ぶと、すぐに、

「はいよ。来るのかい?」

と声がしました。

 チェイミーが這うように天窓の縁まで近づいてのぞき込むと、オルゴールのぜんまいや歯車が取り囲んだその先の、大きな四角い枠の縁から身を乗り出していたのは、やけに顔が大きく見えるハツカネズミのウォルコットさんでした。彼は早くも縁からひもらして、こちらの返事を待っていました。

 チェイミーは、名残惜しそうにロジャーに手をさし出しました。

「じゃあ、さようなら。」

「ああ。今日は来てくれてありがとう。自分たちの国の事は、自分たちでどうにかするんだから、心配はいらないよ。」

「うん。気を付けてね。応援してるわ。」

 二人は、しっかりと握手をしました。

 それから、天窓の縁に屈んだチェイミーは、「ええ、行くわ!」と、ウォルコットさんに返事をすると、手を伸ばして、振り子のように揺れる紐を追いかけて、何度かつかみ損ねた末に、やっとつかまえました。

 そのとたん、チェイミーの体は天窓に吸い込まれて、来た時と同じように、オルゴールの中の機械のすき間を風のように通り抜けると、元いたグリーンウェイ伯母さんの家の屋根裏部屋に放り上げられて、ドシンという音と共に、床にうつぶせに投げ落とされました。

「いった~い……。」

 チェイミーがしかめた顔を上げると、その脇には、いつの間にか、あの猫の陶人形が付いたオルゴールが、ふたを固く閉じられて転がっていました。


・【エンディング2】へ





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【27】


 小さな森のわきを下る斜面は、だんだん急になって来ましたが、途中で、横に伸びるなだらかな坂の小道が作ってあったので、二人は、その坂をしばらく歩いて、黄色い花の咲いた丈の低い草が地面にまばらに茂った、少し平らな場所まで来ました。すると、潮の香りを含んだ風がふもとから吹きはじめ、やがて丘陵の陰から、南海色エメラルドグリーンの海と、白砂の砂浜が囲んだ小さな入り江が見えて来ました。

「わあっ。」と歓声を上げて、その絵のように美しい景色にうっとり見惚れていたチェイミーが、「この国には、砂漠があるの?」と突然ロジャーにたずねました。

「ないよ。どうして?」

「だって、フェネックの好きな場所と言えば、砂漠でしょう?いつかテレビで見たのを、思い出したのよ。」

「この国には砂漠はないけど、海の向うには、この海のようにだだっ広い砂漠があるらしいよ。ベルナルドの祖先は、そこから舟でこの国に連れて来られたんだって。」

「じゃあ、ベルナルドは海を渡って故郷に帰っちゃったの?」

「そんな事はないと思うよ。彼にはこの国でやらないといけない事があるからね。」

「じゃあ、どこに行ったのかしら。」

 チェイミーは、砂漠とよく似た景色の場所がないか、考えてみて、すぐに一つ思いつきました。

「ねえ。この辺りに砂丘さきゅうってある?」

 ロジャーはにやりと笑って、「この先に、砂漠みたいにだだっ広い砂丘があるよ。」と言いました。

「ベルナルドはきっとそこね。」

 チェイミーは自分の力でジョコ爺さんの謎かけが解けたのが嬉しくて、入り江の方へ勢いよく駆け出しました。

 その時、

「そっちは危ない!」

と、どこからか大きな声がしたので、チェイミーははっとして立ち止まりました。前をよく見ると、同じような黄色い花の咲いた草地が続いていて、気が付きませんでしたが、すぐ先は、入り江に落ち込む深い崖になっていました。

 誰が助けてくれたのかと、声がした辺りを振り返ると、いつの間にか見渡せるようになった丘の向こうの谷間には、入り江からせり上がる山のように高い砂丘がすっぽりと収まっていて、その頂上では(遠くてごく小さくしか見えませんでしたが)、耳のとがった生き物が、どうやら穴から顔だけ出して、こちらの様子をじっとうかがっているのでした。

 ロジャーの案内で、チェイミーは再び丘の小道をななめに下って、砂丘に入ると、熱く焼けた崩れやすい斜面を、さっきの生き物がいたあたり目指して、せっせと登って行きました。


・ 【18】へ





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【28】


 宝物の間に来たふたりは、宝石や調度品が整然と展示された棚の間を通って、壁にたくさんの油彩画が掛けられた奥の広い場所に出ました。

 円柱の机の上から再び日記帳を手に取ったチェイミーは、「持ち主に返しに行くんだから、泥棒にはならないわよね?」と念のためロジャーに聞きました。

「君が本の持ち主だと思っている人間が、本当にこの国の建国者ならね。」

 そう改めて言われると、自信がなくなりそうでしたが、とにかく物は試しです。チェイミーは本を小脇に挟んでロジャーと一緒に部屋を出ました。

 ところが、間の悪い事に、そこへワラビーのラッパ手のスタンリーが、午後三時の時を知らせるラッパの招集に遅れて、駆け足で通りかかりました。

「あ。」

 スタンリーはチェイミーが持った日記帳を目ざとく見つけると、部屋の扉に貼られた【宝物の間】という名札と、何度も見比べはじめました。

 ロジャーが、「さあて、次はどの部屋を案内しようか?」と空々しく言いながら、チェイミーを引っぱってその場を去ろうとしましたが、スタンリーはすかさず胸いっぱいに息を吸い込んで、腰に提げたラッパを口にくわえると、突撃の合図となるメロディを、あらん限りの大音量で吹き鳴らしました。


 タッタラッタタッタラッタタッタラッタタッタター!


 そして、逃げ出したふたりを追いかけながら、「宝物の何かの泥棒!宝物の何かの泥棒!」と叫び続けました。

 階段まで逃げると、階下から甲冑を着て長槍を持ったハリネズミの近衛兵の分隊がわらわらと登って来るのが見えました。

 ふたりはハリネズミの近衛兵たちとスタンリーに追いかけられながら階段を上って、上の階の廊下に出ました。

 すると、ロジャーは、日記帳をチェイミーからかすめ取った後で、「君はこの先のバルコニーへ行け!二手に分かれるんだ!」と言って、廊下を反対側に走って行ってしまいました。

 チェイミーは廊下沿いにたくさん並んだバルコニーのガラス扉のうち、どれがもと来たバルコニーだったか、記憶があやふやでしたが、よく見ると、奥の一つが閉め忘れて開けっ放しになっていたので、祈るような気持ちでそこに走って行きました。

「あっ!バルコニーの扉の閉め忘れはランプ磨き五十個の厳罰だぞ!」「スタンリー、またお前か!」「僕じゃないよ!」

 チェイミーの後ろの方で言い争う声が聞こえましたが、どうやらおかげで、もと来た三十三番の歯車の塔の屋根まで続く、長い長い梯子がかかったバルコニーにたどり着く事ができました。

 チェイミーは怖いのを我慢して、すぐにせっせと梯子をのぼりはじめました。

 まん中くらいまで、休まずにのぼって、ちらっと振り返ってみると、スタンリーやハリネズミたちに混じって、ムッシ王がすごい形相でこちらを見上げながら、「下りてこい!この泥棒猫め、いや泥棒姫め!」と叫んでいるのが見えました。

 やがて、ハリネズミたちやスタンリーも、ムッシ王から急かされて、おっかなびっくり梯子を上りはじめました。

 それからさらに上り続けて、ずいぶん息を切らして、チェイミーはやっと頂上の屋根まで上り詰めました。

「案外早かったじゃないの。」

 顔を上げると、ロジャーが手をさし出して待っていました。

 チェイミーはキツネにつままれたような気持ちで、

「どうやって追い越したの?」と、引き起こされながら聞きました。

 ロジャーは詰所の掘立小屋を指さして、

「あの中に昇降機があるのさ。僕らくらいの大きさの動物、専用のね。」と教えました。

 チェイミーは、動物たちが利用する小さな昇降機を、ぜひとも見てみたいと思いましたが、今はそれどころではありません。

 ロジャーは、チェイミーの世界につながる天窓を開いて、「おおい、ウォルコットさん!」と呼びました。

 すると、すぐに、

「よう。来るのかい?」

と返事がありました。

 疲れたチェイミーが這うように天窓の縁まで近づいてのぞき込むと、オルゴールのぜんまいや歯車が取り囲んだその先の、大きな四角い枠の縁から身を乗り出していたのは、やけに大きく見える顔のハツカネズミのウォルコットさんでした。彼は早くも縁からひもらして、こちらの返事を待っていました。

 チェイミーは、名残惜しそうにロジャーに手をさし出しました。

「じゃあ、行って来るわね。」

「ああ。本当に頼むぜ。僕はもうこの通り運命のどん詰まりなんだから。」

 ロジャーは握手の代わりに、日記帳を手渡しました。

「うん。ちょっと待ってて。でも、もしだめだったら、私が続きを書くから、大丈夫。」

「何にしても、早く行きな。そして、みんなにとって良い未来を招いてくれよ。」

 ロジャーは、日記帳を小脇に抱えたチェイミーと、しっかりと握手を交わしました。

 それから、天窓の縁に屈んだチェイミーは、「ええ、行くわ!」と、ウォルコットさんに返事をすると、手を伸ばして、振り子のように揺れる紐を追いかけて、何度かつかみ損ねた末に、やっとつかまえました。

 そのとたん、チェイミーの体は天窓に吸い込まれて、来た時と同じように、オルゴールの中の機械のすき間を風のように通り抜けると、元いたグリーンウェイ伯母さんの家の屋根裏部屋に放り上げられて、ドシンという音と共に、床にうつぶせに投げ落とされました。

「いった~い……。」

 チェイミーがしかめた顔を上げると、その脇には、いつの間にか、あの猫の陶人形が付いたオルゴールが、ふたを固く閉じられて転がっていました。そして、チェイミーの手には、オルゴールの国の全てが書かれた、A・Gのイニシャルがあるあの日記帳が握られていました。


・【エンディング3】へ





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【エンディング1】


 ドライヤーで髪を乾かしたチェイミーが、照れくさそうに居間に戻ってみると、グリーンウェイさんはさっきと同じように、老眼鏡をかけて、新聞を読んでいましたが、あのオルゴールは、どこへやったのか、チェストの上にも、テーブルの上にも、見当たりませんでした。

 そして、眼鏡を下ろしたグリーンウェイさんは、再び小奇麗になって、おどけてかしこまったチェイミーを満足そうにながめてから、「もう屋根裏部屋に入ってはだめだよ。」と、チェイミーの考えを見透かすように、くぎを刺しました。

 お客さんとしてお呼ばれしている身ですから、そう迷惑ばかりはかけられません。チェイミーはそれきりオルゴールの事はすっかりあきらめました。

 そして、一週間というもの、グリーンウェイさんから編み物を習ったり、買い出しのために街中のショッピングモールへ連れ立って出かけたり、グリーンウェイさんの友達の一人暮らしのマーブルさんへの差し入れのブルーベリーのタルトを焼いたりと、好ましい姪っ子として、取り立てて目立った失敗もなく過ごしたのち、グリーンウェイさんと作ったたくさんのバタークッキーのお土産をかばんに詰めて、チェイミーは意気揚々と、両親の待つリヴァプールの我が家へと帰って行きました。







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【エンディング2】


 どうも、今まで見たことが、本当の事とは思えなかったので、起き上がったチェイミーは、すぐに振り子時計の中を確かめてみました。

 すると、ウォルコットさんの住まいだった穴は、跡形もなく消えてしまっていて、あの流麗な白い文字で書かれた青い表札も、どこにも見当たりませんでした。

 とすると、オルゴールの国での出来事は、何もかも夢の中で見た事で、チェイミーは、知らない間に、屋根裏部屋でうたた寝をしてしまっていた、という事なのでしょうか?

 それにしては、ずんぐりしたロジャーの眠たそうな瞳や、お城の屋根から見渡した城下の街並みや、お城の中庭の花園や噴水が日差しを浴びて美しく輝く綺麗な景色など、細部までまざまざと思い出すことができます。

 そこで、チェイミーはオルゴールを階下に持って降りて、グリーンウェイ伯母さんに見た事を全部話してみようかとも思いました。でも、すぐに思い直しました。こんな突拍子もない出来事が、本当にあったなんて、真面目な伯母さんは絶対に信じてくれないでしょうし、「そんな変てこな作り話は聞きたくないよ!」と、怒り出されるのが落ちだと思ったからです。

 チェイミーはオルゴールを、振り子時計の硝子戸の中に、再度しまっておくことにしました。

 オルゴールの国が本当に存在するのかどうかは、従兄のジョンに、電話で確認してみればいいだけだと気が付いたからです。

 ともあれ、夢だろうと、現実だろうと、オルゴールの国について考えたり想像したりする事は、チェイミーにとって、これからの大きな楽しみになる事でしょう。

 チェイミーは、どんなことがあっても、この日のことを覚えていて、絶対に本当だと信じ続けようと心に決めたからです。

 そうすれば、オルゴールの国は、いつまでも自分のそばにあり続ける事ができますからね。

 私も、チェイミーなら、オルゴールの国を信じ続ける事ができるだろうと思うし、いつかまた、ウォルコットさんやロジャーたちと再会できるのではないか、という気がします。

 オルゴールの国って、そういう事を信じられる子供たちのために、あるような気がするからです。







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【エンディング3】


 グリーンウェイ伯母さんは、屋根裏部屋で大きな物音がした時、一階の居間のテーブルで新聞を読んでいる所でした。

 老眼鏡を下げて、天井を見上げたグリーンウェイ伯母さんは、

「あの子ったらまた何かしでかしたわね。」と独り言を言うと、

 屋根裏部屋まで聞こえるように、普段から大きい声をなおさら張り上げました。

「チェイミー!降りてらっしゃい、チェイミー!」

 すると、バタバタと階段を大急ぎで下りて来る音がして、間もなくほこりやすすでまだら模様になったチェイミーが、大真面目な顔で居間に飛び込んで来ました。

「伯母さん!アンリおばさん!アンリ・グリーンウェイ伯母さん!」

 名前を何度も言い直しながら向かって来るチェイミーの勢いに押されて、グリーンウェイ伯母さんは文句の言葉をひとまず飲み込んで、落ち着くようにと手で制しながら、「何だね、どうしたんだね。ねずみでもいたのかね。」と聞きました。

「ええ、ねずみは居たわ。ハツカネズミよ。赤と青のチェックのチョッキを着て、青い蝶ネクタイを締めて、ミニチュアのアンティークの部屋に住んでいるのよ。知っているでしょう?」

「あなたの好きな漫画の話かね?」

「違うわ。これよ。」

 チェイミーは持っていた日記帳をさし出しました。

「この日記帳には、物語が書いてあるの。題名はほら、『アンリとオルゴールの国』よ。そして、ここに、A・Gってイニシャルがある。アンリ(A)・グリーンウェイ(G)。これ、伯母さんが作った物語の本なのでしょう?」

 グリーンウェイ伯母さんは、その色あせた日記帳を受け取って、表紙をしげしげと眺めていましたが、だんだん口元がほころんだかと思うと、また次第に難しい顔になって(伯母さんを見ていたチェイミーの顔も、ちょうど伯母さんと同じように変わって行きました)、「どこで見つけたの?こんなもの。」とさも嫌なものを見たという口調で言いました。

 でも、チェイミーはここで引き下がるわけにはいきませんでした。何しろ、世話になったロジャーが城の屋根の上で追い詰められて、チェイミーの助けを待っているのですから。

「これから私が言う事をよく聞いて。伯母さん。この本は、未完成のまま放っておかれていたわけだけど、中途半端なところで終わっているので、物語の中の動物たちが、ずーっとひどい目に遭い続けているの。ムッシっていう縦縞猫の王様が、動物たちを支配していじめているのよ。かわいそうだと思わない?」

「思わないね。私が書いた絵空事だもの。それに、未完成のお話は、最後のところで時間が止まっていると思うがね。もし、あなたが言うように、勝手に中にいる連中が動き回れるなら、ハッピーエンドも自分たちで作って行けばいいじゃないか。」

「物語が未完成でも動物たちが動き回る事が出来るとか、動物たちには勝手に未来を作れないっていうルールを設けたのは、伯母さんでしょう?動物たちは、今でも律儀にそれを守っているのよ。ほら、これを見て。」

 チェイミーは手のひらに乗せた金色の歯車を見せました。

「何だねそりゃ。」

「三十三番の歯車よ。ジョン・グリーンウェイが、オルゴールが鳴らないように抜き取って、フェネックのベルナルドに預けておいたものよ。ベルナルドはそれを私に渡してくれたの。」

「ジョンが?そういえば、ジョンも子供の頃、私にこの本の続きを書いてくれって、しつこくせがんだ事があったっけ。」

「どうして書いてあげなかったの?」

「面倒だったんだよ。それに……。」

 グリーンウェイ伯母さんは、薄汚れたチェイミーに気が付くと、

「まあまあ、すっかり話に釣り込まれちまった。さあ、早く風呂場にお行き!全く、あなたって子は、一日も女の子らしく綺麗な格好で過ごす事ができないの?」

と、風呂場に行くようにうながしました。ところが、チェイミーは腕を組んで仁王立ちになり、

「いやよ。伯母さんがきちんと理由を話してくれるまでは、ここを絶対に動かないわ。」と言い切りました。

 グリーンウェイ伯母さんは、とうとうあきらめて笑い出しました。

「はいはい。じゃあ、話してあげるから、風呂に入って着替えてらっしゃい。」

 そこで、チェイミーは脱兎のごとく居間からいなくなりました。

 ほどなくして、小奇麗になったチェイミーが居間に戻って来ると、グリーンウェイ伯母さんは、窓辺の籐椅子にゆったりと腰かけて、日記帳の途中のページを開いて、静かに目を通している所でした。

「チェイミー、これ、あなたが書いたの?」

 伯母さんが日記帳を渡したので、チェイミーが開かれたページを読んでみると、見慣れた自分の字で、こんな事が書いてありました。


〝ベルナルドはロジャーと顔を見合わせると、真面目な顔で向き直って、「ここからは俺たちの問題なんだ。あんたは関わらない方がいい。」と、きっぱり言いました。

「それは違うわ。この世界は、建国者によって書かれた物語の通りにしか未来を作れないんでしょう?だとしたら、この国の未来をどうするかは、最初に物語を書いた人に責任があるのよ。」チェイミーも、ふたりに劣らず真剣でした。

「建国者はもういないんだ。それとも、君が女王になって、この国の未来を書き進めてくれるのかい?」ロジャーが聞きました。

「いいえ。私じゃきっと、全ての問題を解決するほど上手には書き進められないと思う。でも、建国者ならできると思うわ。建国者は、今、この国にはいないけれど、私の住む外の世界では健在なのよ。その人が建国者なのは、おそらく間違いないと思うわ。」

ロジャーが「えっ。」と驚いて、

「それは誰なんだい?」とたずねました。

「今は言えない。名前を明かすかどうかや、この国の未来を書き進めるかどうかは、その人自身に決めてもらいたいの。」〟


 チェイミーは、胸がドキドキと高鳴るのを感じました。

 私が体験したことが、物語の続きとして書き進められている!しかも、私の字で!

「これ、私が書いたんじゃないの。私が体験したことなのよ。本当にあった事なのよ。」

 嬉しさに飛び跳ねたいような気持ちで、チェイミーは説明しました。

 いつものグリーンウェイ伯母さんなら、「そんな下らない空想話はごめんだよ!」なんて言って黙らせようとするところですが、今日はじっと考え込むように、話を聞いてくれています。

「ジョンの体験も書いてあるのよ。子供の頃、ジョンもオルゴールの国に行ったんだから。そして、王子になったんだけど……、おっと、それは、読んでからのお楽しみね。」

 チェイミーは、日記帳をまたグリーンウェイ伯母さんに渡しました。

「ええ。とても面白いわ。それに、読んでいると、忘れていたことが、だんだん思い出されて来たの。グレッグさんや動物たちの活躍の事や、物語を書き進めていた時の、楽しい気持ちも。」

「伯母さんが書いたところはほとんど読んでいないので、グレッグさんの事は分からないわ。」

「あら、だめねぇ。一番面白いアヒルなのに。」

「グレッグさんってアヒルなの。」

「そうよ。オルゴールの国にそのアヒルありと言われたすご腕の冒険家なの。私もよく一緒に古代遺跡のある密林なんかへ宝探しに出かけたものよ。」

「わあっ、伯母さんが?信じられない!」

 グリーンウェイ伯母さんはウフフッと若やいだ声で笑うと、少しさびしそうに、「でもね、この物語には、楽しい事ばかりを書いたわけではないの。人生の中で、悲しかったこと、つらかったこと、嫌だったことを、吐き出すために、書いた部分もある。それが、だんだん重荷になってね、続きが書けなくなっちゃったのよ。」

「そうだったの。」チェイミーは、分かるような気がしました。誰だって、ムッシ王みたいな嫌な奴が威張りくさるようになったお話の続きなんて、書きたくないですからね。

「でも、チェイミーが書いてくれた続きを読むうちに、この続きなら、書けるかもしれないって、思えるようになって来たの。」

「本当に?」

「ええ。私、物語を読んだり書いたりするのが子供の頃から大好きだった。このお話も、二十年くらいかけて、コツコツ書いていたのよ。それが、人生で色んなことがあって、夢を求める事をあきらめて行って、そうすると、いつの間にか、物語も空想の世界も縁遠くなって行って、記憶が薄れて行って、おしまいには嫌いになってしまって……。でも今は、もう一度、書けるものなら、たとえ時間がかかっても、結末まで、書いてあげたいわ。もちろん。最高のハッピーエンドになるようにね。」

「ああ。読みたい!お願いよ。本当に書いてね。それと、もし続きを書くなら、『オルゴールが鳴るようになると、世界中のオルゴールとオルゴールの国がつながってしまう』っていう問題も、解決してあげてね。世界中のオルゴールとつながると、どういう問題が起こるかは、私の冒険のところに書いてあるから。」

「うふふ、ええ。とりあえず、最初から読んでみるわ。それにしても、物語って、ひとりで書くより、こうやって誰かと一緒に話しながら書いた方が楽しいのねぇ。新しい発見よ。」

 グリーンウェイ伯母さんは、すっかり子供のように、うきうきした調子で言いました。

 チェイミーも嬉しいのと安心したのとで、思わずグリーンウェイ叔母さんにぎゅっと抱き付くと、「ああ、伯母さん!その通りよ。だって、物語は、書いた人だけではなくて、読んだ人にとっても、大切なものになるんだもの。そして、物語の中の動物たちにとっては、当たり前だけどなおさら大事な事なのよ。だから、本当に良かった。これでロジャーもベルナルドも助かるわ。ありがとう。」と言いました。

「その、ロジャーやベルナルドは、今窮地に立たされているんだね。じゃあ、早く読んでやらないといけないね。」グリーンウェイ伯母さんは、チェイミーをやさしく抱きしめながら言いました。

「ええ。あ、でも……。」

 チェイミーは手に握った歯車に目をやって、

「オルゴールの鍵と歯車は見つかったんだけど、巻きネジがないの。ジョンがオルゴールの国の誰かに預けてあるのかしら?」

と小首をかしげました。

 グリーンウェイ伯母さんは、「確かね……。」とつぶやきながら立ち上がって、部屋の角の戸棚へ行くと、色々な小物がつまった棚の一番上の段から、青くて可愛い小箱を下ろしました。ふたを開けると、金色の巻きネジが一つ、入っていました。

「私も、オルゴールの国がこちらの世界に解放されてしまうのは心配だったから、念のために巻きネジを隠して、誰かが勝手に鳴らしてしまわないようにしておいたのよ。」

 チェイミーはぽかんとした後で、張っていた気が抜けて笑い出しました。

「なあんだ。ちゃんと考えてくれていたのね。」

「ええ。物語が書き上がったら、ジョンを呼んで、歯車を元に戻してもらおうね。そして、三人でオルゴールの音色を聴く事にしましょう。」

「うん!」

 チェイミーはその日が来る事や、これから起こるだろう事が、今から楽しみで楽しみで仕方がなくなって来ました。


-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-


 これで、不思議なオルゴールのお話は、おしまいです。

 グリーンウェイ伯母さんが、物語を書き上げる事ができたのかや、それがどんなお話になったのかは、私はまだ分からないけれど、それでも、大して心配はしていません。

 なぜなら、今のグリーンウェイ伯母さんには、チェイミーとジョンという、オルゴールの国を心から愛してくれる、頼もしい味方が付いてくれていますから、きっと、ロジャーやベルナルド、そして、オルゴールの国のみんなが、跳ねまわって喜ぶくらいの結末を用意してあげられると思います。

 みんなを幸せにする物語って、実はそういうものなのです。







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※以下コラム本文


一例として手短に書くつもりが、一冊の本にできるくらいの文章量のある作品になってしまいました。

エンディングまで読んで頂いた方、ありがとうございます。

でも、ゲームブックという形式がどういう物かや、その面白さについては、これで体感してもらえたのではないでしょうか?


実は、ここなろうでも、ゲームブック形式の作品を書いている人はけっこう居るようで、「ゲームブック」というキーワードで検索すると、数十編の作品が表示されます。(キーワード設定していないゲームブック形式の作品もあるかもしれないので、実数はまだ増えそうです。)

ただ、日々膨大な数の作品が投稿されているなろうにしては、かなり少ない印象です。


なろうの連載は、目次から目当てのページに飛べるという、ゲームブックに適した仕様なので、もっとゲームブック形式が流行ってもいい気がしますが、どうしてそれほど活用されていないんでしょうね。

一つの作品として仕上げるのに、かなり手間がかかるので、面倒くさいからでしょうか?

(例えば、通常のストーリーが一本しかない小説に比べて、ゲームブックはルートがいくつかに分岐するので、選んだルートによっては、取得できない情報が生じる、という状況が出て来ます。それを踏まえて、各ルートのストーリーの整合性を保つというのは、かなりやっかいな事なのです。)


もしくは、日数をかけて一話ずつ投稿できる従来の作品に比べて、ゲームブック形式だと、全話をいっぺんに投稿しないといけないので、初期の閲覧数の増加があまり期待できない、という問題点があるからかもしれません。


ちなみに、市販作品で、ゲームブック形式が採用されやすいジャンルは、『ファンタジーの冒険もの』と、『恋愛もの』です。

これは、テレビゲームやPCゲーム、携帯ゲームなどの、選択肢形式のシュミレーションゲームで、ファンタジーの冒険ものと恋愛ものの作品が多いのと同じですね。

ここにも、私は創作上の穴場を発見しました。

純文学のゲームブックというものが、あまりないのではないか、という点です。


面白いかどうか、読んだことがないので分からないですが、想像では、純文学のゲームブックは、筆力のある人が書きさえすれば、通常の純文学作品と同等まで品質を高める事ができる、有望なジャンルなのではないか、という気がします。


何より、一つの作品で、複数の筋書きを体験できるというのは、画期的に素晴らしい発明ですからね。


通常の文芸作品に比べて、数段低く見られがちなゲームブックですが、様々なジャンルで取り入れられ、発展するようになれば、いずれ本格的な大家が現れて、文芸の主要な一ジャンルとして定着する日も、来ないとは限りません。


長い歴史を持つ文芸の世界ですが、まだまだ、未開拓な土地は存在していて、先陣を切って踏み込んで行く開拓者を待っている、という事ではないかなと思います。

そして、その、勇気ある開拓者とは、もしかすると、このコラムを読んで、創作意欲をかき立てられた、そこのあなた、かも知れませんよ。



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