祝!第51回記念 猫子が生まれた時 【中編】 (作・古寺猫子)
皆様、お久しぶりでございます。美猫の古寺猫子です。
朝方ひんやりして来て、秋めいたかなと思うと、日中は日差しが強くてまだまだ暑い、という今日この頃ですが、皆様は残暑疲れなどなさらず、お元気にお過ごしでしょうか?
私は、あんまり暑い日は、廊下のひんやりしたフローリングに横になって、体を冷やします。
人間には、廊下で寝る人があんまりいないようですが、暑い日はけっこう気持ちが良いので、恥ずかしがらずに、試してみて下さい。
あ、皆さんは、クーラーをお使いになるから、廊下で寝なくても大丈夫なんでしたね。忘れていました。
私はどうも、クーラーにあたっていると、お腹が冷えていけないので、家では扇風機しか使いません。
それも、風をまともに浴びると、毛がムズムズするので、風が当たらないように、扇風機の台座を枕にして寝そべります。
そうすると、窓の外から、新鮮な空気が流れ込んで来るのを、感じる事ができるので、気持ちが良いのです。
ちなみに、猫は人間のように風で体を冷やすという事が、できないそうです。そう言えば、人間が言うほどには、風にあたっても涼しいとは感じないですね。
だから、よその猫ちゃんを見ても、扇風機の前に座って涼む子が、あまり居ないのかもしれません。
でも、扇風機の台座を枕にして寝る猫ちゃんは、よく見かけますね。
暑い時期の風物詩とも言えます。
何だか、猫の涼み方講座のようになって来ましたが、今回のコラムは、前回に引き続き、わたくし、古寺猫子が、子猫だった時の思い出話をさせて頂くという趣向ですので、そろそろ、そちらのお話に、移らせて頂く事にしますね。
前回は、私と、姉と、弟が、母の甲斐甲斐しい子育てのおかげで、すくすくと育って、私と姉は、物置部屋の中を、ちょっと散歩してみようとするまでになった、という所までを、お話ししました。
今回は、いよいよ、その後どうなったのか、気になる続きを、お話しさせて頂きます。
ある日(その頃には、三匹とも、もう目も開いて、はっきり見えるようになっていました)、姉の子猫は、いつものように、私を誘って、文机から冒険の旅に繰り出す事にしました。
弟の子猫は、やっぱりいつものように文机の下でお留守番です。
その日は、姉は冒険の目標を立てていたようで、長持の裏を陽気な足取りで駆け足に過ぎると、そこでいったん止まって、私を振り返り、また正面へ向き直って、壁に立てかけられた破れた番傘や、積み重ねられた大きなつづらの、ずっと向こうに見える、物置部屋の出口のすすけた板戸を、鼻で指し示して見せました。今日はそこまで、行ってみようというのです。
私はわくわくしました。物置部屋の外が、どんな世界か、ずっと気になっていたのですが、もしかすると、間もなく、板戸のすき間から、垣間見る事ができるかもしれないのです。
姉は、もう立派な大人の猫のような身のこなしのつもりで(実際は、たどたどしさのある子猫の歩みでしたが)、出口の板戸に向かって、右によろけ、左によろけしながら、近付いて行きました。
私も、喜び勇んで、彼女の後に続こうとしました。でも、脚を一歩前に出そうとしたその時、いきなり板戸がギイィと軋みながら開いて、白い着物を着て手燭を掲げた大きな大きな人間が、のそりと物置部屋に入って来ました。
板戸のすぐ手前まで来ていた姉は、人間を見たのもそれが初めてだったものですから、驚きのあまり、その場に居すくまってしまって、「ニーイ。」と鳴きながら、その人間を見上げました。
その坊主頭の人間は(実は、十に満たないお寺の小僧さんだったのですが)、逃げるいとまも与えず姉の首根っこをつまんで持ち上げると、後ろを向いて、「和尚様、掴まえました!」と叫びました。すると、後ろの廊下のほうで、「一匹だけか?」と聞く声がしました。
小僧さんはすぐに私を見つけて、「ああ、もう一匹います!」と言いながら、こちらに近づいて来て手を伸ばしました。
私は、その初めて見る人間というものが、良いものなのか悪いものなのか、分からなかったので、どうしていいかも分からず、やっぱり居すくまってしまっていたのですが、「フー!」といううなり声が唐突に近くでして、横を見上げると、母がすぐそばに立っていて、背中を丸くして毛を逆立てて、人間を威嚇していたので、ああ、この白くて大きな生き物は、悪い生き物なんだな、とすぐに分かりました。(後で知った事ですが、この小僧さんは、本当は気の優しい、大人しい人で、よく、私に、自分の質素な食事から、私が食べられそうな物を残しておいて、分け前として与えてくれたりしたのでした。)
「銀や(人間は、母の事を銀と呼んでいました。)、子猫をおくれ、すぐに、立派な、ねずみ獲りの名人になるよ。」
小僧さんは、おっかなびっくり、手を伸ばしましたが、母は、前脚の爪を振り立てて、小僧さんがあわてて引っ込めると、私の首筋をしっかりとくわえて、目にもとまらぬ早業で、部屋のがらくたを伝って、奥の土壁の四角い穴まで上り詰めると、小僧さんを見おろして、また「ウー!」と一声うなりました。
文机の下で、弟がか細く鳴くのを、聞いたような気がしましたが、小僧さんが近づいて来たので、母はぱっと身をひるがえすと、屋根裏の暗い梁を渡った先の、明かりが漏れる三角形のすき間から、瓦屋根に這い出して行きました。
お天道様をまともに浴びたのは、それが初めてでしたから、私はもう眩しくて眩しくて、目も開けられませんでした。母は私を咥えたまま、起用に何かに飛び移り、それを下って、地面に降りると、納屋か何かの小屋の隅っこの、立てかけた板の下に私を隠して、すぐに表にとって返しました。
それからしばらく、私は一人ぼっちで、怯えながら、母が戻るのを待ちました。
怖い目に遭ってすぐなので、どんなに気になっても、板の下から、出てみるなんて、とてもできません。
そのうち、どこか遠くで、母がしきりにうなっている声が聞こえて来ました。
家具を動かすような、がたごとという大きな音がして、人間が何か言っている声が聞こえました。やがてその声も絶えて、静かになりました。
不意に、母が小屋に戻って来て、私を見おろしました。
その眼の、なんとぎらぎらと、燃えるように光らせていた事でしょう。
私は後にも先にも、こんなに怖い母の顔を見たことがないくらいです。
母はまた私を咥えて、どこかに連れて行きました。
背の高い草に覆われた、茂みを抜けた先にある、朽ちた木の匂いのする建物。そこは、古い石のお地蔵さんが祀られている、壊れかけた小さなお堂でした。
母は私を、お堂の傾いだ格子戸の中に入れて、またすぐに出て行きました。
灰色の土ぼこりが積もった、冷たい石のお地蔵さんのそばに座って、私はただただ心細く、震えながら、母の帰りを待つしかありませんでした。
つづく
Kobitoさんが描いて下さった、私と姉弟の似顔絵です。それぞれが子猫だった時の様子です。
私の説明を基に描いて頂いたんですが、姉も弟も、とても似ていると思います。特に、弟の、髪をまん中で分けたような模様が、そっくりです。姉が見たらきっとおどろ……おっと口が滑るところでした。
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猫子や姉弟が、どうなってしまうのか、とっても気になるでしょう?
でも、話し終わるまでの長さを考えると、ここで中休みを入れた方が良さそうなので、今回は、ここまでとさせて頂きますね。
次こそは、最後まで語りたいと思うので、どうぞ、それまで今しばらくお待ち下さいませ。
日頃、このコラム連載のマスコットとして、八面六臂の活躍をしているのですから、もう一回くらい出番を頂いても、罰は当たらないでしょう。
ね、Kobitoさん。
それでは、どなた様も、次回また会える日を楽しみにしております。チャオ~。
猫子