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第42回 読書感想会【後編】 ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』 (会主・古寺猫子、ゲスト・夕子ちゃん、Fさん)


猫子「さてさて、豪華ゲストを迎えての、『はてしない物語』の読書感想会も、とうとう後編に突入いたします。お送りするのは、晴れ渡る青空の下で輝くネモフィラのようにうるわしい古寺猫子と……。」

夕子「タコではないよ、夕子ゆうこだよ。の夕子と……。」

F「Fです。本名不肖です……。」

猫子「という、錚々そうそうたる顔ぶれでございます。正直な話、『はてしない物語』を読み終えてから、ずいぶん日にちが経ったので、だんだん内容の記憶があいまいになって来たのが心配ですが、まあ、皆さんもいる事だし、何とかなるでしょう。」

夕子「私だってうろ覚えやもん。当てにせんでよ。」

F「私も一読しただけですので。おてやわらかにお願いします。」

猫子「夕子ちゃんもFさんも、できる範囲で、よろしくお願いしますね。それでは、読書感想会の後編は、『名前』というテーマから、この深遠なる物語を読み解いてみる事にしましょう。バスチアンは、人や土地や物に名前を付けるのが得意、という設定ですよね。『月の子モンデンキント』に始まって、『夜の森ペレリン』、『色の砂漠ゴアプ』、『シカンダ』というように、後半の物語では、バスチアンの名づけの才能の力でお話が展開して行きます。」

F「実際問題、よくもこれだけ思いつくな。と感心するところですよね。」

夕子「名前をつけるって、難しいもんね。この前、親戚の子が、拾って飼う事になった子犬に名前を付けたんだけど、『コタロー』って名前を付けたらね、後でめすだって分かったんよ。でも、もうその名前で呼び慣れてたから、変えられなくて、今でもその子はコタローって呼ばれてる。」

猫子「それは、名付けの難しさじゃなくて、単に性別を間違えたっていう話じゃない?」

夕子「うん。話しながら、話が違うな~って気が付いた。(笑)」

猫子「あらら。(笑)」

夕子「『はてしない物語』の名付けかぁ。そう言えば、この本の中に出てくる名前って、呼びやすくて覚えやすいのもあれば、独特な、呼びにくいのもあるよね。『バスチアン』とか、『アトレーユ』、『グラオーグラマーン』とかは、かっこ良くて覚えやすいんだけど、最初の頃に出てくる、ファンタージェン各地から派遣された使者たちの名前は、難しくて覚えられなかった。」

F「私もです。全員の名前は覚えていません。でもフッフールはあっさり覚えられましたね。ひょうひょうとした印象の不思議な名前でした。」

猫子「フッフールは、特徴的で、雰囲気もあって、覚えやすい名前ですよね。エンデさんは、主人公級の役柄の名前には、覚えやすい名前を使っているから、言葉の印象をよく理解した上で、名付けを行なっている、という事は言えますね。しかも、その、名前の印象が、エンデさんの母国ドイツだけでなく、ここ日本でも通用している、という所に、エンデさんの高度な名付けの才能を感じます。」

夕子「ひえ~。なんか、猫子ちゃん、大学の先生みたい。何でそんなに頭良いの?」

F「年の功か……。」

猫子「ウフフ。伊達だてよわい三百四十年は取っていないのです。そして、能あるたかは、爪を隠すものなのです。シャーッ。」

夕子「さては、Kobitoさんから知識を仕入れてきたな。」

猫子「うっ……。またしても図星。夕子ちゃん、私のことお見通し過ぎだわよ。」

夕子「ふっふっふ。猫の心を読むのは大得意なんよ。」

F「素敵ですね。以心伝心でうらやましゅうございます。」

夕子「猫子ちゃんは意外と分かりやすいよ。顔に出やすいもん。」

猫子「眉ひとつ動かさない鍛練が必要ですね。むっ、むっ。」

夕子「ひげが動きまくってるし。(笑)」

猫子「ちなみに、これもKobitoさんから教わったのだけれど、バスチアンのフルネームは、バスチアン・バルタザール・ブックス、でしょう?このうち、ミドルネームの『バルタザール』は、キリストが生誕した時に現れた、東方の三賢者の一人の名前と同じなんですって。」

夕子「そういえば、物語の中にも、三賢者が登場しなかったっけ?フクロウ?の三賢者。」

F「ああ、いましたね。フクロウ?と鷲?と狐?の……でしたっけ。」

夕子「三種類の動物だったっけ。あの三賢者って、何だったんだろうね。すごい偉い人たちっぽく登場したわりに、偉い所を示せずに終わったっていう……。」

F「雰囲気的には、あれこれ語るバスチアンの方がよっぽど偉そうでしたよね。」

夕子「なんかもう、バスチアンはその世界の神様ってくらい偉そうだったよね。いきなり、ファンタージェンの住民に現実世界の光景を垣間見せたりしてさ。あれも、アウリンの力で、願いを叶えたってことなんかな。」

猫子「うん、突然の行為だったから、もしかするとそうかもしれないね。星僧院のエピソードでは、私も、バスチアンがそれまで以上に、権威的な態度を取っていたのを感じました。夕子ちゃんの言うように、もう、アトレーユも含めて、誰の手にも届かない、神様に近い存在になったっていう雰囲気さえ醸し出している。その後の性格の変貌ぶりをはっきりと暗示しているようにも感じます。」

夕子「私も、あの上から目線で、『バスチアン、怖。』って初めて思ったわ。最初の頃の、気弱なバスチアンとは全くの別人やもん。」

F「直前のお話で、バスチアンは自分が子どもだった記憶を失っていますよね。まさに『子どもだった過去を忘れた傲慢な大人(?)』という感じで、私も印象的でした。」

猫子「なるほど、子供だった記憶を失ったバスチアンから、その時点で、謙虚さが大きく失われてしまった、という見方もできますね。ちなみに、お二人は、気弱なバスチアンと、全能のバスチアン、どちらがお好きですか?」

F「読者視点……野次馬の立場としては、全能のバスチアンですね。見ていて面白かったです。でも実際どちらの人物に好印象を抱くかと言えば、それはもちろん、等身大の気弱なバスチアンだと思います。私はね。」

夕子「究極の選択肢やね。うーん、全能のバスチアンの方が頼りになりそう。でも、独裁者になるんなら嫌やな。気弱なバスチアンも、もう少しだけ自分に自信を持てたら、劣等感なんて大したことないって思えるんやろうけどね。」

猫子「現実世界のバスチアンというのは、本当に、どこにでもいる、私たちにも身に覚えのある、傷つきやすい心を持った少年ですよね。」

夕子「空想好きな所とかは、共感する事も多いけど、ファンタージェンの危機がせっぱつまっても、なかなか助けに行こうとしない所では、『助けられるのは君しかおらんやろ。はよ行けよ!』って何度も突っ込んだけどね。」

F「しかし『よっしゃ僕に任せとき!』というバスチアンは想像できませんよ(笑)。」

夕子「そういうバスチアンも良いかも。^^すぐ来てくれて、月の子モンデンキントもビックリやん。」

猫子「あはは。^^まあ、バスチアンが怖がったのも、当然と言えば当然なのよ。実際、大変な思いをする事になるわけで、バスチアンの不安な予感は当たっていたっていう事でもある。それに、この物語が、〝物語の中に入る〟という主題をよりリアルに感じさせるのは、バスチアンが望まずして物語の世界に引き入れられた、という設定が、大きく寄与しているのじゃないかしら。」

F「そもそも〝物語の中に入る〟って無理ですからね。そこに現実味を感じさせるには、『望まずして巻き込まれた』という符号が必要なのだと思います。そういう意味では、幼ごころの君は、見事な手腕でバスチアンを引き入れてくれましたね。」

夕子「いやもう、幼ごころの君、あくど過ぎやん。バスチアンが助かったのもほとんど奇跡やし。」

F「ホントにね……私たち読者としては、おもしろい物語が読めて最高なんですけどね。バスチアン当人にしてみれば、とんでもない災難ですよ。」

猫子「そう。バスチアンも、最初は私たちと同じ一読者で、物語を楽しんでいたのにね。それが、全く強制的に、読んでいた物語の主人公にされてしまった。そして、物語の主人公として、今度は私たち本物の読者を、物語に惹きつける役目を任されてしまった。でも、一方で、苦難を経て、現実世界に戻ってきたバスチアンには、心に余裕が生まれていますよね。大事なものと、そうでないものが、以前よりも分かるようになっているし、現実の身の回りの状況も、変わったところがいくつかあって、どれもバスチアンの未来にとって、望ましい形になっています。」

夕子「そういう良い面ってさ、幼ごころの君が、あらかじめそういう方向に導こう、と思って、そうなったって事なんかな。でも、それやと、幼ごころの君は、たとえ善意からにしても、バスチアンを何度もだました、ってことになるよね。それが、私が『はてしない物語』を読んだ中で、一番嫌なところなんよ。結果良ければすべてよしって言うのは、幼ごころの君にとって、都合が良過ぎなんじゃない?」

F「そこは実際、物語の世界から帰れなくなった人々が、大勢いるみたいですからね。作中でも言及されていますが、幼ごころの君は必ずしも善意の存在ではないということなのでしょう。彼女になんの思惑があったのかは、不思議なところですね。」

猫子「〝アウリン〟と、〝幼ごころの君〟は、この物語の、最大の謎とも言える存在ですからね。なぜ、幼ごころの君は、バスチアンに過酷な試練を課したのか。でも、私たちは、〝アウリン〟や、〝幼ごころの君〟を、首飾りと女の子というイメージで考えているけれど、これらが、全く別の何かを示す、象徴である可能性もあるのよ。例えば、幼ごころの君は『本』というものの性質を表わしている、とかね。」

夕子「またあれだ。ええと、何だっけ。」

猫子「寓意ぐうい?」

夕子「そう、寓意ね。」

F「寓意……猫子さんの例え話をあてはめて、作中の表現を借りれば、悪も善も、美も醜も、愚も賢も、すべて『幼ごころの君(本・書物)』の前においては区別がない。みたいな感じですかね。超大雑把に考えれば、ですけれども。」

猫子「今、Fさんから言われて、私も、その点が、無理なく一致するかもしれないな、と思いました。ただ、そういう性質を持った『本』というのは、あらゆる本を指すのか、それとも『幼ごころの君の本』だからこその性質なのか、という点は、突き詰めて考える必要がありそうですね。」

夕子「だけど、私は幼ごころの君が、本を表わした存在だったとは思わないな。だって、幼ごころの君は途中で物語の中から居なくなっているでしょう?本の象徴なら、ずっとそこにいないと、お話が展開できないやん。」

猫子「そうよね。うーん。あ……、でも、バスチアンが物語をつむぎ始めた頃から、幼ごころの君は登場しなくなったでしょう。それは、バスチアンが幼ごころの君の代わりに、本を象徴する存在になったって事じゃないかしら。」

F「ありそうですね。あらゆるものを区別しない幼ごころの君と、自分の判断で区別するバスチアンが紡ぐファンタージェン世界は、それぞれが対照的に思えます。」

夕子「じゃあ、アウリンは何なん?願いをかなえる魔法の道具みたいなものなのかな、と思ったけど、アウリンも寓意なんかな。」

猫子「アウリンには、明と暗の蛇が互いの尾を噛んで輪になった装飾がほどこされているでしょう?明は善、暗は悪を表わしているとすると、これは、バスチアンが辿たどった物語その物を形にしたもののような気がするの。」

夕子「おお。確かに。じゃあ、物語の象徴?でも、本の象徴もあるのに、なんで同じような象徴がもう一つあるん?」

F「本とは別の物語……もっと言えば、明が悪にも、暗が善にも転びうる。そういう循環とひとつながりの象徴なのかもしれませんね。人生万事、塞翁が馬。よかれと思ったアッハライの末路は悲惨でしたし、かと思えばサイーデにそそのかされた結果でありながらも、牝らばのイハは普通に幸せになったみたいですし。」

猫子「善行から悪い結果が生じたり、悪意から善い結果が生じたりするという場合も、あるという事ですね。それと、物語というのは、本の中だけのものではなくて、現実にもあるものでしょう?バスチアンが経験するすべての事は、バスチアンの人生を彩る物語なんだと思います。それを表わしたのが、アウリンの蛇の装飾だと考えると、アウリンの裏側に書かれた『なんじほっすることをなせ』というメッセージが、彼の人生に対するメッセージだと読み取ることもできるようになる……。」

F「猫子さん、解釈が深いですね。まことの意志とはなんぞや……」

夕子「なんか、またしても、Kobitoさんの受け売り感がただよって来るんやけど。違ったらごめん。」

猫子「うっ。」

F「猫子さんのまことの意志とは……」

猫子「まことの意志とはですね……、一人では、いだき得ないものなのですよ……。なんて。もう~、せっかく、かっこよく決まったと思ったのに~。いけずやわぁ。夕子ちゃん。」

夕子「その両手プラプラ、可愛過ぎる。もう一回やって。」

猫子「いけずやわぁ~。あんさん、いけずやわぁ~。」

F「し あ わ せ……」

夕子「くっふっふっ。そう、猫子ちゃんって見てるだけで幸せなんよね。」

猫子「あああ、つい乗せられて、魅惑の癒し術を披露してしまいましたが、果たして、こんなおちゃらけた終わり方で、良かったのでしょうか。でも、気が付けば、放送終了のお時間が、やって参ってしまいました。」

夕子「えー、もう終わり?なんかあっという間やったね。」

猫子「楽しく話していると、時間が経つのがすごく早いのよね。ゲストのお二人以外の皆様も、読書感想会という突飛な企画ではございましたが、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。『はてしない物語』を読まれたことのある方には、読んだ時の気持ちを思い出して楽しんで頂き、未読の方には、この稀代の名作にご興味を持って頂く一助となれたのであれば、これに勝る喜びはございません。ご協力頂いた、夕子ちゃん、Fさんも、この度は、一緒に好きな物語について語り尽くせて、本当に楽しかったです。ありがとうございました!」

夕子「物語の事を人と話すと、物語の内容がもっと楽しめるようになるんだと分かった。こちらこそ、あざっす!」

F「夕子さん体育会系ですね。私もあざっすでした。」

猫子「それでは、合言葉は、『汝の』、」

夕子「『欲することを』、」

F「『なせ』……。」



読書感想会

ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』

 完




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