第41回 読書感想会【中編】 ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』 (会主・古寺猫子、ゲスト・夕子ちゃん、Fさん)
今回のコラムは、ミヒャエル・エンデ作『はてしない物語』のネタバレを含みますので、本の内容を事前に知りたくないという方は、読まないようにして下さい。
スペシャルゲストを迎えての、読書感想会の【中編】です。
Fさんは、架空のキャラクターではなく、私(Kobito)のなろうでの交流仲間です。私が書いた草稿に、会話文を追加して頂く形で、読書感想会に参加して頂きました。
物語の中に入るという事が重要なテーマになっている『はてしない物語』を、模した試みでもあります。
『はてしない物語』を読んだことがあるという方も、読んではいないけれど興味があるという方にも、楽しんで頂ければ幸いです。
猫子「皆さんこんにちは。現在、このコラムでは、ミヒャエル・エンデさんの傑作ファンタジー小説、『はてしない物語』の、読書感想会を開催中です。お送りするのはわたくし、永遠の美猫、古寺猫子と……。」
夕子「(もぐもぐ)梅が枝餅うっま。」
猫子「食いしん坊の小学生、夕子ちゃんです。そして、今回はなんと、もうお一方、感想会に参加して下さる方をお招きしています。」
F「こんにちは。はじめまして。Fと申します。猫子さんにも夕子さんにもお会いできて光栄です。今回はすてきな会にお招きいただき、誇らしくおもいます。」
猫子「はじめまして。Fさん。こちらこそ、お会いできてうれしいです。本日はよろしくお願い致します。」
夕子「よろしくお願いしまーす。」
F「お二人とも、よろしくお願いします。」
猫子「Kobitoさんから、お噂はかねがね伺っております。『はてしない物語』を語らせたら右に出る者はいないとか。そんな熱烈な『はてしない物語』ファンの方に参加して頂けて、たいへん心強いです。」
F「Kobitoさん、なにを言ったんだろう(汗) 先日、読み終えたばかりの新参者ですよ……みなさん誤解なさらないように……。」
夕子「猫子ちゃん、すぐ大げさに言う。Fさん、まあ気にしないで、梅が枝餅を食べようよ。」
猫子「そうそう、細かい事は気になさらずに。甘いものはお好きかしら?」
F「大好きです。いつも小腹をすかせています。」
夕子「私と同じだ。」
猫子「二人とも育ち盛りなのね。この猫八幡の梅が枝餅は、特別美味しいと評判なんですよ。先月も、タウン誌の『女子高生に人気のスイーツ』のコーナーで紹介されていました。お餅の表面がパリッとしていて、中がトロッとしてるのが特徴です。お熱いうちにどうぞ。」
F「(もぐもぐ)実においしゅうございます。」
夕子「(もぐもぐ)美味しいよね~、よもぎの香りと、ほくほくの粒あん。ところで、Fさんは、『はてしない物語』で、一番好きなキャラクターは誰?」
F「あ、はい。サイーデです。物語後半で登場する魔女ですね。」
猫子「おお、意外なチョイスですね。」
夕子「え~。悪者やん。何で好きなん?」
F「悪者なんですけど、超然とした精神の在り方を語る割には、当人が微妙に抜けていたり人間味があったりして、どこか隙のある魅力的なキャラクターだと感じたんです。最期のシーンがとても印象的だったのも、好きな理由のひとつです。」
猫子「サイーデは、後半のキーパーソンですよね。アトレーユとフッフールに対するバスチアンの強い信頼を、たった一人で壊してしまえたのは、人の心に潜む色んな心理を、把握していたからだと思うんですが、一方で、バスチアンを疑心暗鬼に陥らせて独裁者に仕立て上げた後、サイーデ自身、バスチアンを操り切れなくなってしまっている。謎を残した最後も含めて、一つ一つの行動にどういう意味があったのか、もっと知りたいと思わせてくれるキャラクターですね。」
夕子「なるほど~。魅力のある悪者と言われれば、そうかもしれない。」
猫子「夕子ちゃんの一番好きなキャラクターは?」
夕子「私はねぇ、モーラかな。」
F「序盤でアトレーユと話した亀ですね。不思議な話し方をする亀でした。」
猫子「脇役の中でも存在感のある亀の長老。映画版の登場の仕方が、またカッコいいんですよね。」
夕子「そう。アトレーユが沼に沈みそうになって、やっとのことで小山に這いあがったら、満を持してザバーッと登場。映画版のモーラはね、顔が好き。あれで亀が好きになったもん。小説版は、性格が意地悪だからあんまり好きじゃない。」
猫子「あらら、じゃあ、小説版で一番好きなキャラクターは?」
夕子「うーんと、小説版はね、難しいな。好きなキャラクターはいっぱいいるけど、どれも映画版の方。」
F「私が見たのは、小説版ですね。映画は未見ですけど、映画版もおもしろそうです。」
夕子「映画版、絶対見た方が良いよ。岩食い男とか、ボリボリ岩を食べる様子が可愛いし、キャラクターデザインがかっこ良過ぎる。私は映画を見てから小説を読んだけど、小説を読んで映画を見ると、また違った感じがするかもしれない。」
猫子「夕子ちゃん、本当に映画版が好きなのね。じゃあ、映画版でも、小説版でも良いけれど、好きな場面はある?」
夕子「スフィンクスの門を通る時の、あの時が止まったような雰囲気。めっちゃカッコいい。」
F「確かに、私も、門を通る辺りの表現は特に印象に残っています。」
猫子「あのシーンでは、小説版もとりわけ長文で、念入りに情景や心理の描写を行なっていましたよね。私は、映画版のあのシーンがすごく好きです。作り物ではなくて、本当にああいう景色があるとしか思えなかったです。」
夕子「うん。私が言うのも、映画版の方なんだけど、小説版はね、似てるけど、雰囲気が違うんよ。門を通り抜けるのがどんなに危ないか、書いてあるんだけど、映画で見たほどの緊張感はなかった。」
F「へえ、そうなんですか? やっぱり映像になると感じるところも違うんですかね。」
猫子「映画版では、スフィンクスが通り抜けようとする者を攻撃して来る可能性がある設定になっていましたからね。原作からイメージを膨らませて作られた映画版だけど、映像映えするように、設定を変更している部分も多いから、映画版の方が好き、っていう方も多そうです。でもね、原作者のミヒャエル・エンデさんは、映画版のエンディングが好きじゃなくて、それをカットさせるために訴訟まで起こしたのよ。」
夕子「えーっ。なんで。いい終わり方なのに。どこが嫌いやったんやろ?」
猫子「小説版では、物語のキャラクターは、物語の中だけの存在だけど、映画版のエンディングでは、現実世界に、物語のキャラクターが出てきてしまっているでしょう?そこが、エンデさんにとっては許せない部分だったんじゃないかと、私は思うの。」
F「ちょっとわかるかも。幻想からはじめて、最後は読者を現実に帰してあげるという物語の仕掛けは、主人公の心の成長とセットになっている部分ですから。」
夕子「う~ん。空想が現実になるって、夢があると思うけどな。」
F「フフフ、それも魅力的ですよね。悩ましいです。」
猫子「エンデさんは、あの物語を、単なるおとぎ話ではなくて、バスチアンの人間としての成長物語として、バスチアンと同じ弱さを抱える読者に贈りたかったんじゃないかしら。だから、ファンタージェンのキャラクターが現実世界に出てきてしまうと、作品に込めた意図が薄れてしまうし、ファンタジーが問題を解決してくれたかのようなご都合主義の物語になってしまう。そこを、エンデさんは問題視したんだと思う。読者と作品に対して、どこまでも真面目で、誠実な人だったんじゃないかしら。」
夕子「そうか~。エンデさんは映画版、嫌いだったのかぁ。なんか残念。でも、ファンタジーが現実に出て来るお話は、他にもたくさんあるから、そうじゃないお話も、失くさない方が良いのかもしれないね。」
猫子「うんうん。Fさんは、『はてしない物語』の中で、好きな場面はありますか?」
F「好きなキャラクターと被ってしまいますけど、サイーデの最期ですね。」
猫子「サイーデがよほどお気に入りなんですね。でも、物語の流れの中で考えると、唐突感のある意外な最後ですよね。」
F「はい、彼女の最期に関しては、人によって多様な解釈ができるとおもうので、ぜひいろいろな人の感想を聞いてみたいとおもうんです。Kobitoさんとも少しお話をしましたよ。」
猫子「Kobitoさんの解釈は、どんなだったんだろう。相当深読みしていそうですね。じゃあ、夕子ちゃんと私も、感想を言ってみましょう。」
夕子「感想というか、あっけない最後だったから、え、こんな終わり方でいいの、って思った。だって、この物語の中で、一番の悪役でしょ。なんか、もったいないというか、普通のアニメとかだったら、こういう悪役って、主人公から追い詰められて、いろいろ抵抗したあげくに派手な最期を遂げる、っていうのが定番だけど、サイーデの場合は、偶然の事故でしょ。悪役の終わり方として、なんか普通過ぎるよ。」
猫子「そうねぇ。私も、物足りなくは感じたけれど、これだけ複雑なお話を書けるエンデさんが、そこだけいい加減に書いたとも思えないから、やっぱり、何か読者に感じてほしいと思って、そういう形にしたんじゃないかと思うの。例えば、主人公との戦いの末に敗れる悪役って、見せ場があるっていう事でしょう?という事は、サイーデの最後は、作者が見せ場を与えないようにした、とも取れるじゃない。単なるヒーローものにしたくない、サイーデの人間的な弱さ、はかなさにも、着目してほしい、とエンデさんは思ったんじゃないかしら。」
夕子「そんな事まで考えて読まないといけないのか~。私、頭が悪いからそこまでわかんないよ。」
猫子「夕子ちゃんだって、いろいろ考えながら読んでると思うよ。それに、こうやって、他の人の意見を聴くと、新しい見方が加わって、夕子ちゃんが考える参考にもなるでしょう?」
夕子「うん、最初に読んでつまらないって思った時に比べたら、その場面にも意味があったのかな、って思えるようになってきた。」
猫子「『はてしない物語』を読破できたんだもの。それだけでも、物語からいろいろ想像して考えることができるって分かるわ。ねぇ、Fさん、『はてしない物語』の各場面の中には、何か意味が隠されているような、寓意的な雰囲気を感じるものが多いように思うんですが、Fさんはそんな風に感じたことはないですか?」
F「大いにあります。最序盤、バスチアンが物語にふくまれる寓意性を嫌うような描写があるんですけど、それも含めて、作者が物語に込めたメッセージなのかな、と。」
夕子「寓意って何?」
F「えっと、猫子さんが言ってくれたように、表面とは別に何か意味を隠していたり、遠回しに何かの意図をほのめかしたりすることですね。わかりやすいのは教訓話とか、社会風刺とか……かな。」
夕子「バスチアンは、その、寓意っていうのを嫌っているのに、物語からは、それが感じられるんだね。」
猫子「私が寓意的な雰囲気を強く感じたのは、バスチアンが物語の世界に入り込んで、自ら物語を創造するようになって以降の事です。醜いいも虫のような姿のアッハライが、バスチアンの力で常笑いのシュラムッフェンに変化するというエピソードなどは特に。このエピソードで、バスチアンの力が、ファンタージェンの皆に希望を与える夢いっぱいの望ましい力だけではなく、キャラクターの人生さえも左右できる怖い力を持っているということが、はっきりとして、物語に暗雲が垂れ込めはじめたのを感じました。」
F「言っていいなら、バスチアン最大の失敗でもありますよね。他の願い事は、良かれ悪しかれ、その後の経過がファンタージェンの住民にとってうまく転んでいますし。」
夕子「私は、アッハライはバスチアンの劣等感が形になったものじゃないかな、と思ったよ。バスチアンも、自分の容姿をカッコ悪いと思って気にしてるでしょう?」
F「かもしれませんね。でもその時点では、バスチアンは自分の容姿に関する記憶を失っていますから、あるとしたら、無意識の反映なのかな。自分が忘れている記憶や、認識できない無意識の領域まで願い事に反映されるとしたら、ちょっと怖いかも。」
猫子「作中にも書いてあったけれど、ファンタージェンという世界は、元々あったのか、それとも、バスチアンが全て創造したのか、それとも、別の誰かが司っているのか、明確には示されていないですよね。ただ、例えば、バスチアンが全て創造したのであれば、彼が見たくないキャラクターや、彼が望まないストーリーは、彼自身の力で、現れないようにできると、私は思うんです。でも、それができていないですよね。物語は、後半特に、バスチアン自身を操作し、追い詰めるような展開になって行く。」
F「その点、私は読んでいて、幼ごころの君が、少しおそろしくなりましたね。」
夕子「そう、幼ごころの君って、陰で糸を引いている黒幕じゃないのって思った。」
猫子「結末近くで、幼ごころの君がいなくなった理由が、ほのめかされているように、私は思うんです。アウリンの正体が明かされる所で。でも、ほのめかされているだけなので、幼ごころの君が何であるか、というのは、分からないですね。」
夕子「ファンタージェンって、何なんだろうね。そういう本なのかな。でも、最後に本は消えちゃってるよね。『はてしない物語』は、本当にあったのかな。」
F「私はあったと信じたいです。物語の最後にコレアンダー氏とバスチアンが語っていたように、はてしない物語は人によって違うのだとおもいます。バスチアンが迷い込んだ『はてしない物語』は、世界で一つの彼のための物語だったと、私は信じます。」
猫子「本が手元にあってもなくても、体験したことを、バスチアンは覚えているから、バスチアンの心の中に、『はてしない物語』はあるんでしょうね。そして、私たちが本や空想で体験する物語の中にも、はてしない物語と同じように、私たちの人生を変えるくらい大きな影響を与えてくれるお話が、あるかもしれない。考えようによっては、危険な本ではあるけれど、もし、本物の『はてしない物語』が、手に入るとしたら、Fさんは、読んでみたいですか?」
F「正直、怖くもあるんですけど、ぜひ読んでみたいです。本当にあったらどんなにすてきな読書体験になることか!」
夕子「勇気あるぅ。私は、そういう危険があるってあらかじめ分かってたら、読まないだろうな。というより、読んでも、ファンタージェンの観光をして、まったり過ごしたいという希望しかないから、危なそうな出来事には関わらないようにすると思う。そうすると、絶対にファンタージェンからは出られないよね。でも、バスチアンだって、あんな身の危険があるなんて知ってたら読み始めなかっただろうだから、不意打ちだったんだよ。」
猫子「バスチアンは、『はてしない物語』を手に取る前、本を目にした時点で、いえ、もしかすると、古本屋に駆け込んだ時から、もう本の力に引き寄せられているから、私たちだって、もし本物の『はてしない物語』に出会ったら、読むのを避ける事はできないかもよ。」
夕子「怖っ。だけどさ、こうやって、猫子ちゃんと実際に会って、話してる私やFさんだって、『はてしない物語』の主人公みたいだと思うよ。」
F「その点は本当に光栄です。この場合は猫子さんが幼ごころの君なんでしょうか。」
夕子「後編、暗雲が垂れ込めるかもよ。猫子ちゃんのアウリンならぬ梅が枝餅の力で。」
猫子「あははっ。ようし。まずは夜の森ペレリンから作りますよ。」
F「アウリン食べちゃいましたよ。私、帰れないじゃないですか(笑)」
夕子「それが猫子ちゃんの狙いだったのね!」
猫子「ふっふっふっ。今ごろ気が付いたか~。二人とも、読書感想会からは、後編が終わるまで帰しませんよ~。」
【後編】に続く