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第37回 悲劇の必要性

舞台作品の大まかな分類に、『悲劇』と、『喜劇』というのがあります。


悲劇とは、悲しい話、喜劇とは面白い話です。


この分類は、舞台作品に限らず、文芸作品や、映像作品にも用いられる事がありますが、昨今は、悲劇よりも、喜劇が好まれ、おふざけ満載の、笑えて楽しめる作品が、より多く生み出され、好評を博しているように感じます。


その傾向がこの頃、やや行き過ぎているのではないかと、私には思えるのですが、皆さんはそんな風に感じたことはないでしょうか?


例えば、こんな事がありました。


去る四月五日、惜しくも亡くなられたスタジオジブリのアニメ監督、高畑いさおさんの代表作に、『火垂ほたるの墓』があります。

この作品は、第二次世界大戦によって両親を失った兄妹がたどる、悲惨な末路の顛末てんまつを描いた、日本のアニメを代表する悲劇です。


高畑勲監督の訃報の直後、テレビ局が急きょ、放送予定を変更して、この『火垂るの墓』を、追悼の意味を込めて週末に放送すると発表したのですが、ネット上の掲示板では、その決定を歓迎する声がある一方で、「このアニメ映画は悲しいから見たくない。見られない。」「週末は明るい番組を放送してほしい。」という書き込みも、少なからず見られました。


もちろん、観る観ないは、視聴者の自由ですが、「放送しないでほしい。」という意味で、「見たくない。」と書き込んでいるのであれば、それは自己中心的に過ぎる考え方だと思います。


創作文化は、悲劇、喜劇、そのほかもろもろの表現の多様性があって、真に豊かな土壌を形成しています。

気軽に観られる創作物ばかりしか、メディアが取り上げなくなったら、私たちの感受性はバランスを欠くことになり、文化の維持、成熟、発展、後継者の育成といった観点で、望ましくない結果を招く、という、それこそ悲劇を生じることになります。


それに、『火垂るの墓』は、私たち日本人が、機会あるごとに振り返らなければならない、負の歴史の本質を、勇気を持って描き出した所に、かけがえのない価値があります。

近年、日本が戦時中に犯した過ちを、正当化する人々が、幅を利かせるようになって来ており、創作の分野でも、そういう人々の主張を後押しするような、戦前戦中の権力に翼賛的な雰囲気を再現するような創作者が、少なからず現れて来ています。

これらの風潮に、一定の歯止めをかけて行くためにも、戦争や権力や民族を美化しない、全体主義の負の側面を描き切った、『火垂るの墓』のような作品が放送される事が、必要なのです。


そういう、立派な役割を果たす作品でなくとも、悲劇というのは、創作の一方向性として、非常に楽しみ甲斐のある分野です。


ここなろうで活動していると、よく分かりますが、面白おかしい話は歓迎し、悲しい話や小難しい話は敬遠する、という傾向が、大多数の利用者さんに見られます。

私は、多勢に組するというのが嫌な性分なので、あえて悲しい話や小難しい話を、自分で書いたり、読んだりしていますが、そういう内容の話ばかり読むと、気がめいって来る、という事も知っています。

だから、なるべく読まないようにする人達の心情も、分かるのです。


先日は、ニュースサイトで、シリアの内戦の報道を読む読者が、世界で減少している、という事が論じられているのを読みました。

あまりに悲惨なニュースは、自分の無力感を味わわされ、罪悪感すら抱かされる事もあるので、次第に敬遠するようになった読者が多いのではないか、という分析でした。


シリアの内戦は現実問題ですが、そのニュースが敬遠される心理的な理由は、創作物の悲劇が敬遠される理由と同じだろうと、私は推測します。


悲しい事を遠ざけて見ないようにすることは、できるだけ心安く朗らかに暮らしたいと願う人にとっては、望ましい行為なのかもしれません。

しかし、上記のように、悲劇からしか学べない事も多い以上、私たちは、極力それを避けて見ないようにする事のデメリットも、考えなければいけないのです。


私の言う悲劇とは、単にお涙ちょうだいのあざとさを感じる創作物を指すのではありません。

人間を知り、世の中を知り、真実を見抜く目をやしなうための、滋養じようになるような、問題や問いを投げかける深みのある悲劇、こういうものに、私たちは底抜けに明るい喜劇とは異なる価値を見いだし、感謝の気持ちを持って接する必要があるのではないかと思うのです。



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