第23回 『文芸対談・Kobitoと猫子』 ‐猫子、俳句を語る‐
十二月某日
猫子スタジオにて
小雨の中、赤い蛇の目傘を差した猫子がふわりと街角から現れ、スタジオ入りする。
スタジオでは今回の対談のホストを務めるKobitoが待っていて迎え入れる。
Kobito「こんにちは~。」
猫子「こんにちは。本日はお招き頂きありがとうございます。この日を心待ちにしていましたよ。」
Kobito「お、やる気満々だね。」
猫子「なんたって今日は私がゲストですからね。ホストのKobitoさんは、私をちやほやしないといけないんですよ。」
Kobito「ホストクラブじゃないんだから。まあだけど、前回自由に話させてくれたから、今回は猫子さんのご自由にどうぞ。」
猫子「あら、嬉しいわ。じゃあ、お言葉に甘えて……。」
Kobito「ちょっと待って。対談を始める前に、気になってる事があって……。」
猫子「おや、何ですか?」
Kobito「そこの入り口に、『文芸対談・Kobitoと猫子、収録会場』って書いた張り紙が張ってあるよね。」
猫子「ええ。気が利いてるでしょ?マイ・タイプライターで打ったんですよ。」
Kobito「うん。でも、その下に、『-猫子、俳句を語る-』っていう、今回のテーマらしき副題が書いてあるんだけど。」
猫子「はい。今回は日本の伝統文化である、俳句がテーマです。このコラムを読んで下さっている方の中にも、俳句にご興味をお持ちの方は多いでしょうからね。」
Kobito「テーマ自体は面白そうなんだけど、私は俳句にあんまり詳しくないから、話が弾むかなと思って……。」
猫子「大丈夫です。今回は、Kobitoさんは聞き役に回って頂くって、前回話したでしょう?」
Kobito「それなら安心。でも、猫子さんが俳句に詳しいって、意外だな。」
猫子「詳しかありませんよ。昨日、『猫でも分かる俳句入門』という本を買って勉強したくらいですから。」
Kobito「昨日!?」
猫子「ええ、なかなか私にぴったりの入門書が見つからなくて、昨日やっと角の竹取書店で見つけました。」
Kobito「そんな一夜漬けの知識で大丈夫?」
猫子「いえ、夜はちゃんと寝たので、おめめパッチリです。心配ご無用。」
Kobito「睡眠時間は足りてるようだけど……、ちょっとその本見せてみて。」
猫子「はい。ほら、表紙のイラスト、かわいいでしょう。」
Kobito「ほんとだ。猫の松尾芭蕉だ。本文も猫のイラストがいっぱい。でも、文章も多くて、意外とちゃんとした本だね。なんか安心した。」
猫子「そうでしょう。竹取書店の店員さんの沖名さんも、『本屋大賞でその本に投票する。』って言ってました。良かったら貸してあげますよ。」
Kobito「ありがとう。読んでみる。」
猫子「でね、その本によると、日本の俳句って、世界で一番短い定型詩と呼ばれているんですって。」
Kobito「へえ、そうなんだ。全部で十七文字以内で、それも五七五の三節で表わさないといけない、というのが、他の言語では難しいのかな。」
猫子「だって、アルファベットは、子音がKA、KI、KU、KE、KOっていう風に、二文字に分かれるでしょう。『柿食へば』って詠もうとしたら、『KAKIKU』でもう六文字で、定型をオーバーしちゃいます。」
Kobito「そこは大目に見てあげてもいいと思うけど……。英語圏の人が英語で詠んだ俳句を読んだことがあるけど、音数は五七五ではなかったよ。単語の中の強く発音する部分を一と数えたり、音数にこだわらずに、ごく短い三行詩という形を、『Haiku』と呼ぶようにしてるんじゃないかな。」
猫子「ふうん。ということは、それだけ短い詩が、外国では珍しかったって事ですよね。短い詩を何と呼ぶか、決めてなかったくらいなんだから。」
Kobito「そうかもしれないね。短い言葉で表現する、格言とかジョークとかは、昔からあったみたいだけど、文芸としての極端に短い詩は、新鮮だったかもしれないね。」
猫子「そういえば、Kobitoさんは短い詩を好んで書いているのに、どうして俳句は詠まないんですか。」
Kobito「俳句は難しいよ。五七五というルールを守らないといけないし、季語も知ってないといけないし、川柳的でない、抒情的な句を詠もうと思ったら、俳句という枠組みを楽しめるくらい、定型句に愛着を持たないといけないと思う。」
猫子「なるほど。私なんか、昨日勉強し始めて、もう一句、自信作ができちゃいましたけどね。」
Kobito「すごい、どんなの?」
猫子「よくぞ聞いて下さいました。いいですか、『猫ちゃんや 布団をかけて お寝んねね』、というのです。」
Kobito「可愛い句だね。」
猫子「そうでしょう。この句はね、古都ノ葉さんから頂いた、私の寝姿のファンアートを拝見していて、思い付いたんですよ。それと、飛鳥時代の小野妹子さんが、飼い猫のミーちゃんの事を愛しんで詠んだ、という設定でもあるんです。」
Kobito「そんな裏設定があるの。」
猫子「でもね、小野妹子さん、可愛らしい女性かと思ったら、どうやら男性らしいんですよ。」
Kobito「私も歴史の授業で名前を聞いた時は、女性のイメージだったよ。」
猫子「だから、今は小野小町さんが詠んだ、という設定に変えました。」
Kobito「なぜに小野さんつながりなの?」
猫子「小野さんて苗字、何となく猫が似合うじゃないですか。」
Kobito「そういえばそうだね。」
猫子「でも、俳句は飛鳥時代とか室町時代には無かったそうなので、設定はあくまでも創作です。」
Kobito「俳句はいつごろ生まれたんだろう。」
猫子「そこのところは、本にも書いてあったらしいんですが、途中まで読んで眠たくなって寝てしまったので、よく分かりません。」
Kobito「困ったね。短歌から上の句を独立させる形で、俳句という形が生まれた、という解説を、どこかで読んだことがあるけど。」
猫子「そうそう、短歌って、上の句(五七五)をお題として提示して、下の句(七七)を別の人に詠んでもらって完成させる、という遊びの要素もあったみたいです。その形がずーっと何百年も続いて、上の句だけを独立して楽しむようになったのは、江戸時代の初め位からみたいです。」
Kobito「お、知ってるじゃない。」
猫子「寝ぼけまなこで読んでたみたいです。」
Kobito「信ぴょう性がないな。」
猫子「大丈夫。歴史を知らなくても、俳句は詠めます。」
Kobito「確かにね。ちなみに、猫子さんの好きな俳句ってある?」
猫子「最近好きになった句は、『鳴くならば 満月になけ ほととぎす』です。」
Kobito「聞いた事ないな。誰が詠んだ句?」
猫子「夏目漱石先生の作です。」
Kobito「へえ。『鳴かぬなら~ほととぎす』という形は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を象徴する句が、それぞれにあるよね。」
猫子「あ、それ、本に載ってました。『鳴かぬなら 殺してしまえ 時鳥』、『鳴かぬなら 鳴かせてみしょう 時鳥』、『鳴かぬなら 鳴くまで待とう 時鳥』ですよね。本人たちが詠んだのではなく、後世の人が、三人の性格を表わす句として詠んだのだそうです。」
Kobito「そうだったのか。本人が詠んだのかと思ってた。という事は、漱石の句にも、表面上の言葉の裏に別の意味が込めてあるのかな。」
猫子「そうなんですよ。この句は、漱石先生が帝国大学の学生だった時分に、学友の正岡子規さんが、『学年末試験に落第したので退学する。』という手紙を漱石先生に寄こしたので、それを思いとどまらせるために送った手紙に、添えた一句なんだそうです。」
Kobito「なるほど。じゃあ、励ましの気持ちを込めているんだね。」
猫子「そう。それでね、私、この句を読んだ時に、涙が出そうになったんですよ。句の良し悪しは分からないけれど、友達を思う漱石先生の温かい気持ちが、伝わって来ませんか。」
Kobito「句が生まれた時のエピソードを聞いた後で読むと、確かにそういう心がこもっているな、って感じるね。」
猫子「俳句って、誰かに宛てた手紙の要素もあるんじゃないかしら。その気持ちを酌めたときに、読み手は心を動かされるほど感動するんじゃないでしょうか。」
Kobito「そうだね。そう考えると、俳句は難しくないような気もしてくるね。」
猫子「そうでしょう。じゃあ、Kobitoさんも私に宛てて、一句、手紙のような気安さで詠んでみて下さいな。」
Kobito「えっ。そんないきなり言われても……。」
猫子「ほら、何かあるでしょう。猫子ちゃんいつも可愛いねとか、いつも親切にしてくれてありがとうとか。そういう素直な気持ちを表わせばいいんですよ。」
Kobito「ええと、じゃあ、さっき見た猫子さんの様子から一句。『見惚れさす 紅葉も知らで 蛇の目傘』。」
猫子「まあ!可愛らしい。傘に紅葉が付いていたんですか?」
Kobito「そう。赤い蛇の目傘にオレンジ色の紅葉が張り付いてて、とっても綺麗だった。」
猫子「さすが、よく見ていらっしゃるわぁ。うふふっ。頂いた句、お手紙のように大事にしますね。」
Kobito「どういたしまして。じゃあ、今度は猫子さんが私に宛てて詠む番。」
猫子「えっ。そんな、急におっしゃられても……。」
Kobito「手紙のように気安く詠めばいいんだよ。」
猫子「いじわるねぇ。いいですよ。じゃあ、お手紙のように詠みますからね。」
Kobito「どうぞどうぞ。」
猫子「『鳴けぬなら 満月見よう ほととぎす』。」
Kobito「あははっ。漱石先生のもじりのもじりだね。でも、ありがとう。猫子さんの優しさが出てる。」
猫子「そうでしょう。えっへん。」
Kobito「俳句って、何となくルールづくめで堅苦しいイメージがあったけど、こうやって相手に贈る言葉として、気持ちを伝える事を第一に詠むと、肩ひじ張らずに、気軽に楽しめそうだね。」
猫子「あ、それ、私が締めの言葉として言おうと思っていたのに~。」
Kobito「あら、すみません。じゃあ、猫子さんから、一言どうぞ。」
猫子「あんまり深い話はできなかったけど、Kobitoさんに俳句の良さが分かってもらえて、一安心です。私も、もっと良い句が詠めるように、普段から五七五を意識して生活してみようと思います。それで、いつか、ここで猫子の句集を発表できたらいいなと思います。その時は、皆さんもぜひ読んでみて下さいね。あと、皆さんの方でも、一句詠んでみたよーという事があれば、読ませて頂きたいので、お気軽に猫子かKobitoさんまでお知らせ頂けると嬉しいです。」
イラストは、古都ノ葉さんから頂いた猫子さんのファンアートです。
温かい布団にくるまって、美しい音色に包まれて、良い夢を見ていそうです。