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第16回 景色を語る、景色が伝わる 【後篇】

第15回のコラムの後に、古寺猫子さんが自作品の発表の場を設けたので、若干間隔が開いてしまいましたが、「景色を語る、景色が伝わる」の【後篇】を始めたいと思います。


まずは、前篇で示した、〝情報量の多い地の文〟の例文を、あらためて見てみましょう。



〝金髪で巻き毛のいたずら者ペーターが、ひざに継ぎの当てたいつものオーバーオールを着て、春の暖かい日差しが降り注ぐキャベツ畑の間を通る田舎道を、使用人のジムに教わったばかりの口笛を練習しながら、ぶらぶらと一人っきりで歩いて来ました。固く乾いた土の香りと、道端の土手下からただよってくるほのかな菜の花の香りが、口の中を甘酸っぱくするような、そぞろ歩きにはもってこいの気持ちの良い日和です。すると道の向こうから、栗色の髪を肩に垂らしたジョアンナが、澄んだ青い瞳をうつむかせて、お気に入りの、そでにレース飾りのついたクリーム色のワンピースのスカートをそよ風に揺らしながら、赤い靴を小股に動かして、いかにも足元に気を付けている、という様子で歩いて来るのに行き会いました。

ジョアンナは頬を少し上気させながら、胸の前でやんわりと合わせた両手で、何かを包むようにして運んでいました。

「なに持ってるの。」〟



確かに、筆者が思い描いた情景を読者が共有するための情報が豊富、という点で、この地の文はきちんとその役割を果たそうとしています。ですが、読み進めるうちに、どうも文章がスムーズに読めない、という妙なまどろっこしさを感じませんか。

もっと踏み込んで言うと、「文章量を増やすために、無理に情報を増やしているのではないか。」という印象さえ、受ける方もいるのではないでしょうか。

実を言うと、私はこの地の文を書くときに、少なからずそんな気持ちも抱きながら、文章を綴っていたのです。ですから、もしあなたが地の文に上記のような印象を感じたとしたら、それは私の強引さを、無自覚か自覚的かにかかわらず、見抜いていた、という事になるのです。


書き手にとって、最も手ごわい読み手は、こういう書かれてある内容の裏にあるものを感じ取りながら読書を行なうことができる、鋭い感受性を持った読み手です。


そういう人は、作者が上手く書けずに気に入らないままにしてある、ほんの些細な部分でさえ、読んでいるうちに気が付く事ができたりします。


ですから、彼らのような敏感な読み手に、不満なく読んでもらいたいと思うのであれば、書かれてある文章に、極力、作者にとっての〝訳あり〟の箇所が無いように心がけないといけません。


とはいえ、作者だって能力の限界がありますから、隅々まで完璧に満足した作品なんて、滅多に書けるものではありません。


では、どうすれば、敏感な読み手の不満を極力減らしつつ、自分の能力に見合った文章に仕上げる事ができるのでしょう。


上記の例文で言えば、主に二つの改善方法が考えられます。


1.地の文の情報量を減らさずに文章を練り直して、必然性や流れの良さが感じられる内容にする。


2.増やした地の文のうち、必要性の低い部分を削る。


『1』は、とても難しいです。これができたらさぞ気持ちが良いでしょうけれど、情報を減らさずに流れのよい文章に仕上げようと思ったら、かなりの文章力と構成力が必要になります。今回は面倒なので、私はこの手法は選びません。


『2』は、割と簡単です。どうしても使いたい単語以外の単語を、削って行けばいいのです。

例えば、こんな風にです。



〝いたずら者ペーターが、暖かい日差しが注ぐキャベツ畑の間を、使用人のジムに教わった口笛を練習しながら、ぶらぶら一人っきりで歩いて来ました。

 固く乾いた土の香りと、道端の土手下からただよってくるほのかな菜の花の香りが、口の中を甘酸っぱくするような、そぞろ歩きにはもってこいの気持ちの良い日和です。

 すると道の向こうから、栗色の髪のジョアンナが、澄んだ瞳をうつむかせて、お気に入りのワンピースのスカートを風にそよがせながら、用心しいしい、歩いて来るのに行き会いました。

 ジョアンナは胸の前でやんわりと合わせた両手で、何かを包むようにして運んでいました。

「なに持ってるの。」〟



だいぶすっきりしたでしょう。

単語を抜いただけでなく、改行と段落を入れて、所々を別の単語に入れ替えたりもしています。

どこを変えたか、冒頭の例文と比べて確認すると、その部分が文章の読み心地を悪くしていた、という事が把握できると思います。


こうやって、文章を推敲してみると、情報過多だった冒頭の例文には、少し手を加えるだけで良くできる素材としての魅力があった事も分かって来ます。

文章というのは、ほんの些細な違いで、いまいちになったり、見違えるほど良くなったりする、不思議なものなのです。

だから、もし創作をする中で、皆さんが文章の面で行き詰まるようなことがあったとしても、たいてい解決策は意外と近くにあるものなんだと思って、あきらめないでくれたらいいな、と思います。




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