表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/89

第13回 『知識による文章』と『感覚による文章』

何か文章を書こうとする時に、取りも直さず必要なのは、『知識』、ではないでしょうか。

何にも知らないと、何にも書けないはずなので、ひとまず、書きたい内容についての、必要最低限の知識は、持っておかなければいけません。


たとえば、湖について書こうとするとき、その湖が実在するのであれば、名前や所在地くらいは、知っておいた方が良いでしょう。あと、湖に流れ込む川の名前だとか、そこで見られる動植物の種類とか、湖周辺で行われる毎年恒例の行事や大会などを知っておくと、より話が弾ませやすくなります。こういう知識を豊富に用いた文章の一例として、試しにネット辞典のウィキペディアに記された、神奈川県の丹沢湖たんざわここうの説明文を引用してみましょう。


>丹沢湖は西丹沢の酒匂川さかわがわ水系の河内川かわちがわに造られた三保ダムによって誕生した人造湖である。所在地は神奈川県足柄上郡あしがらかみぐん山北町。丹沢山系の西側に位置する。

丹沢湖には玄倉川くろくらがわ世附川よづくがわ中川川なかがわがわの3つの支流からの水が流れ込んでいる。

湖面には大仏大橋、永歳橋など57の橋が架かっている。また、丹沢湖周辺は丹沢大山国定公園に指定され人造湖であるが周囲の自然とよく調和しており、「かながわの景勝50選」(神奈川県による)・「ダム湖百選」(財団法人ダム水源地環境整備センターによる)にも選ばれている。湖面ではマスやブラックバスが釣れる他ボート遊びもできる。周辺にはキャンプ場や展望台、遊歩道などが整備されている。また、8月には「丹沢湖花火大会」、毎年10月最終日曜日には全国から4,000名ものランナーが出場する「丹沢湖マラソン大会」、クリスマスシーズンには10万個以上のイルミネーションが飾られるなど季節ごとにイベントが開かれる。(引用ここまで)


知識欲が豊富で、記憶力も確かな方なら、こういう、資料的な情報を集めて書かれた百科事典的な文章を、面白いと感じながら読むことができるでしょう。

一方で、そういう情報の羅列に、興味をあまり感じない、私のような書き手や読み手も、少なからず存在します。


そういう人たちが、湖の魅力を表現したり、理解したりするには、どうしたら良いのでしょうか。


「湖の南側の、岸辺に近い湖底こていには、一か所、井戸のような輪の形のコンクリートのわくが沈んでいる所があって、その枠の中には、たいてい一匹は、大きなニジマスがひそんでいます。いわゆる釣りの穴場で、私は、その枠の中に仕掛けを垂らして、ニジマスを釣り上げたことが何度かあります。でも、下手をすると、コンクリートの枠に釣り針が引っ掛かって、外れなくなる事があります。無理に外そうと、釣竿つりざお滅多めったやたらに動かしていると、パツンと糸が切れて、仕掛けは水の中、という始末になります。そうやって仕掛けを失う事が、あんまり度重たびかさなると、回収できなかった仕掛けで湖を汚しているという、釣り人としての申し訳なさが頭をもたげてきます。だから、私はその穴場に糸を垂らしたい欲望を感じながら、そこを避けるように遠くへ仕掛けをとうじるのです。でも、そうすると、全くと言っていいほど魚が釣れなくなります。目の前には、穴場のコンクリの輪の形が、波間に揺れながらうっすらと湖底から見えています。私のジレンマといったらありません。」


資料的な情報をあまり用いなくとも、こういう文章なら、書いている私も、終始楽しい気持ちでつづる事ができるし、私がその湖に親しみを感じている事とか、私にとってその湖がどういう理由で魅力的なのか、という事も、読み手にはっきりと伝えることができるのではないでしょうか。


資料的な情報が豊富な文章を『知識の文章』と呼ぶとすると、資料的な情報を最小限にして、読者の五感に訴えたり、疑似体験をさせたりする文章を『感覚の文章』と呼ぶことができます。


どちらの書き方が好きかは人それぞれですし、どちらも楽しめるという人もいるでしょうから、これら二つの文章に、観賞上の優劣があるわけではありません。(また、例文では二つの書き方の差異を強調するために極端な例を挙げましたが、文筆作品には大抵『知識』と『感覚』の性質が両方含まれており、含まれる比率が違うだけなので、二つの文章に明確な境界線があるわけではありません。これは、第12回のコラムの詩心に関する論考で述べた、『意味による感動』と『音楽的な感動』という区別の時と同じです。)

ただ、一方の書き方に馴染めない、親しみや面白さを感じない、もしくは、求める書き方の方向性が明確に定まっている、という読み手に対しては、その人の好みや必要性に沿う書き方の作品を提供すると、より高い満足感を感じてもらう事ができます。(たとえば、観光案内のパンフレットに、上記のような釣りの穴場の文章を載せても、湖の観光の役には、あまり立たないので、読み手を満足させることができない、という結果を招く事になります。そういう場合は、必要上の観点から、『知識の文章』を選択した方が良い、という事になります。)


ただ、このサイトでは、パンフレット専門の書き手さんは、今のところ見かけたことがないですし、趣味で文筆を楽しむのであれば、あくまでも好きなように書けばいいのですから、『知識の文章』でも、『感覚の文章』でも、両者を織り交ぜた文章でも、自分が楽しいと思う方法を選んで書けば良いのです。

また、いつもと違う文章が書きたいと思えば、『知識の文章』が得意な方は『感覚の文章』を、『感覚の文章』が得意な方は『知識の文章』を、頑張って書いてみる、という挑戦をしてみても面白いでしょう。


同じように、読み手の方でも、無理をして苦手な書き方の作品を読まなくとも、好みの書き方の作品を探して読めば良いのですし、難しい事に挑戦したいと思えば、普段敬遠しがちな書き方の作品を探して、頑張って読んでみる、という冒険をしてみれば良いのです。


大切なのは、創作には、作り手の側にも受け手の側にも、楽しみ方に多様性があって、どういう楽しみ方をするかは、それぞれの自由にゆだねられている、という事を、あなたが、〝知っている〟、という事です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ