ティラミス
霜月透子さん主催「ヒヤゾク企画」参加作品です。
結婚式のケーキは、普通の結婚式場の使い回しケーキではなくて、パティシエに頼むこととなった。
良いケーキ屋さんがいるというのだ。
味は勿論とても美味しいのだけれど、すごいのはその見てくれだという。
ケーキの上に載せる、私と彼の顔写真を模したチョコレートプレートを作ってくれるというのだ。
そのパティシエはケーキ屋さんというよりはお菓子の研究家のような人で、なんでも本物そっくりに作れるらしい。
飴細工でキラキラしたガラスのお城を作ったり、餡子と水あめを使って日本庭園を表現したり・・・素人には分からないけれど、写真を見せてもらった限りでは、まるで本物にしか見えないそれらを作る職人さんとのこと。
結婚式にそなえて、その人のお宅に伺った。プレートとケーキを見せてもらうのだ。
都心のドコにこんな土地があったのか、というほどの立派な門構えのお宅で、エライところへ来てしまったと思ったものの、出てきた“職人”は拍子抜けするほどの普通のお婆さんだった。
「まあ、いらっしゃい。お約束のケーキできましたよ」
と、まるで孫でも迎えるかのようににこやかに出迎えられ、台所へと案内される。
明るく広い台所には、中央に大きな作業台があって、さすがに料理家の台所なのだと、そこで急に思い出したくらい、このお婆さんからは“職人”のようなものを感じられなかった。
「お台所で申し訳ないけど、お茶でもあがっていってね」
と、なんとも気さくにお茶を勧められた。
「え、でも、ご迷惑じゃ」
さすがに、プレートを見に来ただけなのに、お茶などご馳走になっていては、この方も仕事にならないだろうに。
「そんな寂しいことおっしゃらないで。お急ぎでなければ、ね?」
と、言われて「それでは少しだけ」と勧められた椅子に座った。
お婆さんはお湯を沸かし、食器棚からカップを取り出した。
「ええっと、お茶葉は、べに茶、べに茶」
べに茶?って、聞いたことないけど。どんなお茶だろ。と、思ってお婆さんの手元を見たら、トワイニングの缶だった。
「それって、紅茶って読むんだと思いますが」
と言うと、お婆さんは
「ま~!そうなの!ま~、さすがに若い方はよく知ってらっしゃるわね~」
と感心してくれた。
えっと。感心する、ところか?
ていうか「紅茶」が読めなくてパティシエが務まるのか!?ちょっとケーキとプレートが不安になった。
しかし、お婆さんが淹れてくれた紅茶は絶品だった。私がいつもティーバッグで飲むような安物じゃなくて、紅味の色合いが綺麗で味わいも深い。
「ちょっとプレートとってくるから、待っててね」
と言って、お婆さんは台所を出て行った。
すぐに戻ってきて、注文のプレートを載せたお皿と、もう一つガラスの器を持っていた。
「はい、錯乱の」
「え、錯乱!?」
どういうこと?と思って、作業台に置かれたガラスの器の中身を見ると“さくらんぼ”が入ってた。
なんだ、さくらんぼを“錯乱”と聞き間違えたのか。いや、お婆さんが言い間違えたのか?さっきの“べに茶”のこともあるから、言い間違えもありうる。
「チョコレートなのよ」
「え、チョコレートなんですか?」
どっからどう見てもさくらんぼですが?色といい艶といい、さくらんぼにしか見えない。
そっとつまんでみると、チョコレートの脂っこい手触りがした。ああ、確かにチョコレートだわ。齧ってみると柔らかいフルーティなチョコレートだった。お酒が入っているようで、高級そうな香りもする。
「美味しいです」
見た目と中身が違っても、味覚を脳内で妨げない自然な美味しさ。
なるほど、感激。さすがに一流の“職人”なのねと納得した。
「で、プレートはこちらね」
と、言ってお婆さんはお皿に乗ったプレートを見せてくれた。
私と彼の写真から、まるで3D写真のようなプレートができあがっている。すごい!これどうやって作るの!?
「うわ~、すごい!本物みたい」
私が言うと、お婆さんはとても嬉しそうに笑った。
「本物にいかに似せるか、研究するのが好きなのよ」
「他にどんなものを作ってるんですか?」
思わず興味が湧いて聞いてみたら、お婆さんはさらに嬉しそうな顔をして、台所にある大きな冷蔵庫からお皿をいくつか出してきた。
そこにはお菓子としては想像もできないものばかりが乗っていた。例えば、野菜や果物、蛇やトカゲ、昆虫や鳥といったものだ。どれも本物と見分けがつかないと思うくらいによくできている。
「すごいですね」
「ま~、ありがとう。人間の作ったものの真似は簡単なのよ。だけど、生き物を真似るのはとっても難しいわね。特にほら、羽根や毛は難しいのよ」
と言って、お婆さんはスズメのお菓子を持ちあげた。羽毛の一つ一つまで、信じられないくらいに柔らかそうに見える。
「これはね、飴で作るのよ」
「うわあ、すごいですね」
触れないように顔を近づけてマジマジと見ていたけれど、どう見ても雀にしか見えなかった。お婆さんは雀をそっと撫でると冷蔵庫にしまった。
「この台所にあるものはサンプルや作りかけなの。完成品はあっちの部屋の冷蔵庫や冷凍庫にあるのよ。プレート、それでよければ、ケーキに載せてくるわね」
と言って、お婆さんはプレートを持って台所を出て行った。
なるほど。
台所にある冷蔵庫には、完成品は入っていないらしい。一緒に入れちゃったら、わからなくなりそうだしね。
台所だけでも大型の冷蔵庫が2台も置いてある。なんとなく立ち上がって、冷蔵庫の野菜庫を開けてみた。
普通の野菜が普通に入っている。
と、思うけど、もしかするとこれもお菓子なのかもね。
そう考えたら、可笑しくて少し笑ってしまった。ここまで徹底して本物らしさを追求するというのがすごすぎる。職人とか芸術家ってこういうものだよね。
野菜庫の上の冷蔵庫を開けると、少し甘い匂いがした。さすが菓子専用。
お皿に小さな靴や下駄といった履物が並んで乗っている。冷蔵庫に長靴というシュールさにウケた。
上の段を見ると、タッパーにカブトムシみたいなのがたくさん入っている。
「うげ」
さすがにコレはいやだなあ。男の子には人気なのかもしれないけど。
チルド室には、サンマにカメ。
ボウルの中には、何か毛の生えた動物のようなものも入っている。なんだろう、ハリネズミ?まさかね。
ちょっと気持ち悪くなってきた。
冷蔵庫で見るから気持ち悪いのかしら。お菓子だと思って見れば、平気なのかな。でも、リアルすぎて気持ち悪い。
気持ち悪い、っていうか、なんだかフラフラする。さくらんぼのせいかしら。
お婆さん、まだかな。
冷蔵庫の前にしゃがみ込んで、お婆さんが来ないか耳を澄ませてみる。足音はまだ聞こえない。向こうの部屋って遠いのかしら。この家、すっごく広そうだもんね。完成品の入っている冷蔵庫の部屋はきっと向こうの方なんだ。
「ふう」
やることがないと、ついつい冷蔵庫を開けてしまう。
しゃがんでいるのもあって、下の段の冷凍室の大きな引き出しを開けようと引っ張った。
― ガコン ―
と、少し音を立てて開かずに止まってしまった。
どうやら、凍りついてるみたい。ゲシゲシと何度か開けたり閉めたりと小刻みにスライドさせると、ギッと音をさせて、冷凍庫の引き出しが開いた。
「?」
冷凍庫の中には、大きな、肌色の丸い物が一つだけ入っていた。ゴロンと転がって、こちらを向いた。
「ひっ」
思わず腰を抜かしてひっくり返った。
そこに入っていたのは、ヒトの頭だった。目を閉じて凍った頭部が冷凍庫に転がっている。
「あっ」
死体が。
頭が。
人が死んでる!
サーッと冷水を浴びたかのように一気に血の気が引いた。
いくらなんでもこれは!これはダメだと私の頭の中で警鐘がなる。人間の頭部なんて、尋常じゃない。そんなのお菓子のはずがない。
人が、人間が、死んでいる。
えらいものを見てしまった。
ど、どうしよう!ここから、出なきゃ。
冷凍庫の引き出しを蹴って閉めると、なんとかそこらへんにあるものを掴んで立ち上がる。足がブルブルしてしまって、まともに歩けない。
よぼよぼの足を叱咤しながら壁を伝って、出口を探す。なんだか視界が変になって、台所全体が歪んで見える。どうしたの、私。
ハアハアと荒い息をして、取っ手を見つけた。
台所の入口に扉なんてあったっけ。
扉を開けようと、取っ手を押すものの、びくともしない。引っぱってもダメ。必死になってガタガタと扉を動かそうとした。
開かない。
閉じ込められた!?そんな・・・
「開けて!開けて!出して!」
叫んでみても誰もいない。閉じ込められたんだ!
扉をドンドンと叩く。弱った手で叩きながら
「開けて!開けて!」
必死に叫んでも、この広い家では外には聞こえるはずもない。
誰もいない。誰もいない。
と思ったら、違った。
「どうしたの?」
背後にお婆さんが立っていた。
「ぎゃああああああっ」
悲鳴をあげて飛び上がった。
「どうしたの。その棚は大きな包丁が入ってるから、鍵がかかってるのよ。開かないわよ?」
「え?棚?」
一瞬、お婆さんの言ってることが理解できなくて、掴んでいる取っ手をまじまじと見ると、それは台所の出口の扉ではなくて、大型の食器棚だった。
「あ、す、すみません。なんか、私・・・あれ?」
どうしちゃったの、私。何を錯乱してたのか。台所に扉なんてないはずなのに、勝手に鍵がかかっていて閉じ込められたって勘違いしちゃって。恥ずかしい。
「まあまあ、ごめんなさいね。あっちに行って作業してたら、少し時間かかっちゃったから、心配しちゃったのかしら」
「あ、いえ」
こうなると、何とも言えない。
お婆さんは私が落ち着くように、もう一度紅茶を淹れてくれた。それから持って来たお皿も、添えてくれた。
「ちょうど美味しくできたから、よかったら召し上がって?」
差し出されたのは、茶色い四角いケーキだった。
「ティラミスだ」
「あら、ご存知?特製なのよ、ぜひ食べてみて」
は~、あんなに失礼な私に、このお婆さんの優しい態度。見習わなくちゃだわ。
ホッとして、一口食べると、リキュールの効いたこってりとしたチーズの味が口に広がった。甘すぎず苦すぎず、絶妙な味わい。
「美味しいです」
私が言うと、お婆さんはまた嬉しそうに笑顔を作った。
そういえば、ケーキはどうしたんだろう。
あのプレートを見せてもらったもう帰るつもりだったのに。いつの間にか随分と長居をしている気がする。
「あの、ケーキは」
「あれね、プレートを載せて、今もう一度冷やしてるから」
とお婆さんは言っている。
「じゃあ」
そろそろ帰りたい。
なんだか疲れた。さっき驚きすぎたのもあってどっと身体が重く感じてきた。
「まあまあ。じゃあ、それだけ召し上がったら。ね?」
「はい」
そう言われては仕方がない。とりあえず目の前のティラミスだけでも平らげようとフォークを刺す。
だけど、なんだか気になる。あの、冷凍庫。
私がチラチラと冷凍庫を見ていたのに気づいたのだろう。お婆さんは私のそばに来て、私の顔を覗き込んだ。それから
「冷凍庫、見たの?」
と聞いてきた。
さっきと変わらない笑顔に、何か不気味なものを感じる。背中がスッと涼しくなる気がした。
「え、はい」
ウソがつけずに、神妙にうなずくとお婆さんは低い声で言った。
「本物に似せて作るのに、一番難しいのはね、人間の皮膚なのよ」
そう言うと、お婆さんはまな板と包丁を取り出した。果物を切るような包丁じゃない。魚の骨も砕けそうな大きな出刃包丁だ。
それを作業台の上に置いて、薄ら笑いを浮かべて私の方を向いた。
「そのためには、サンプルが必要でね。型を取らなくちゃうまく真似できないのよ」
お婆さんは包丁を振り上げた。
「こうやって、切りおとして、型を取るのよ」
― ダン ―
と、自分の小指を切り落とした。
「ひっ」
喉が詰まって、息も声も上手く出ない。
顔が引きつって、そこから目を離すことができない。
硬直して、立ち上がって逃げることができなかった。
まな板の上には、切り落とされたお婆さんの小指が・・・
「なーんちゃって」
急に明るい声でお婆さんが、笑った。そして切り落とした小指を摘まんで見せた。
「これもお菓子でした~!」
「へ?」
見ると、お婆さんの手には指が5本。ちゃんと揃っている。切り落とされた指も、血が流れたりしていない。
「練り切りでできているのよ」
まさかの迫真の演技に騙されたけれど、小指はお菓子の作り物だった。
「は~」
気が抜けた。
「どう?よくできてるでしょ?」
お婆さんは嬉しそうに涙目の私を見ていた。
「怖かった~」
「ま~、ごめんなさいね。でも、自分の指を切ったりしないわよ。お菓子作りには、小指まで全部必要なんだから」
そう言いながら、お婆さんはもう一杯、紅茶をついでくれた。
あんまりびっくりして喉が渇いちゃって、紅茶を一気飲みした。それから、残りのティラミスを一口で食べると、もう一度息を吐いた。
もうダメだ。
こんな悪戯好きのお婆さんと一緒にいたら、身が持たない。
それに、早く帰りたい。身体がだるいし、もしかすると普通に風邪かも。
「ご馳走さまでした」
と立ち上がろうとすると、お婆さんが
「ティラミスってどういう意味だか知ってる?」
と聞いてきた。
話の好きな人だなあ。たかだかケーキひとつ注文しただけで、こんなにもてなしてくれて、しかも小芝居までして。
そうか。こんなに広い家に1人でいるから、きっと寂しいんだ。
だったら、お手伝いさんとか頼めばいいのに。きっとお金持ちだろうし。なんで1人なんだろ。ま、そんなことはどうでもいいや。
「はて、ティラミスの意味?」
と考えるフリをしてみる。まあ、分からないけど。
ていうか、お婆さんそんなハイカラなこと知ってるの?紅茶のことを“べに茶”と言ってる人が、ティラミスの意味を知っているとは思えないけど。
「ティラミスのティラは上げるという意味。ミは私を、スは上という意味なの。全部合わせて“私を持ち上げて”という意味なのよ」
「持ち上げて?」
どういうこっちゃ。
「だから、天に上っちゃうちゃうくらい美味しい食べ物ってことよ。下世話な言い方をするなら“私をいかせて”という意味ね」
「はあ」
なるほどね~。これは信ぴょう性がある気がする。
たまには合ってることも言うんだな。って思うのはいくらなんでも失礼か。
じゃ、そろそろ。
と、立ち上がろうとしたけれど、立ち上がれなかった。身体が重くて作業台に頭がくっついちゃったみたいに。それどころか自分が沈んでいく気がする。
これって、何?
どうして動けないの?
さっきの冷凍庫の中身を思い出す。冷や汗が背筋を伝う。
まさか。私を。
やっと動かせる目でお婆さんを見ると、孫でも見るかのように優しく微笑んでいた。
「ティラミス・・・」
絞り出した声がか細い。
私を、持ち上げて。
「大丈夫、あなたを逝かせてあげるから」
お婆さんは優しくそう言った。
・・・ティラミス・・・
目の端に何かが光る。
― ダン ―
まな板の上に包丁が叩きつけられる音が響いた。
おしまい




