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夢中にさせてあげるから  作者: 友崎沙咲
★★★章
5/9

ベテルギウス(わきの下)

重い気分のまま夕飯を食べに出掛けた。


………居酒屋に行きたかったのになあ。


まだ、開いてない。


仕方なく私は、噴水の前のベンチに腰を下ろした。


ちょっとした憩いの場のようなそこは、カップルが何組かいて、楽しそうにはなしをしていた。


いーなあ。


私今、二十九歳だよ?


来年、三十歳だよ。


大体さ、二、三年付き合ってから結婚するとして、新婚生活を二人だけで一年味わったとする。


その後すぐに妊娠できたとしても初産が三十四歳か、三十五歳くらいになる。


そう思った時、私は背筋が凍る思いがした。


ヤバイ、居酒屋で飲んでる場合じゃない。


私は回れ右をして、全速力でマンションへと帰った。


着くなりpcから、お見合いサイトへ登録。


待ってられないわ、三ヶ月後の菜穂の結婚式の二次会!


登録完了し、ホッとひと息着くと、グーッとお腹が鳴った。


時計を見ると五時半。


居酒屋、開いたな!


私は意気揚々と玄関を出た。


今出来ることをしたら安心して、私は居酒屋で独りだけの宴を開いた。


個室だったし、誰の目にも触れなかったけど、最後の最後で店のオーナーだという男性に声をかけられた。


彼は照れながらこう言った。


「あの、もしよかったら、僕と少しだけ話をしてもらえませんか?」


私は驚いて彼に尋ねた。


「あの、私でいいんですか?」


彼は私の眼を真っ直ぐに見た。


「あなたがいいんです」


胸が軋んだ。


頷いて彼を見ると、彼は大きな口を目一杯開けて笑った。


「やったあ!」


私はマジマジと彼を見つめた。


一見、怖い感じ。


男らしく整えられた眉に、奥二重の眼。


色黒で、野性的な大きな口。


逞しい体つき。


嫌いではない。


「少しだけ待っててもらえますか?」


「はい、わかりました」


こんなの、初めてだ。


やっぱ、外見って、大事なんだな。


私は、身なりを綺麗にした今日を嬉しく思った。


会計を済ませて店の外で待っていると、彼が小走りでやってきた。


「時間を作ってくれてありがとう。僕、山城優馬です」


「神崎乃愛です」


「のあ?!可愛い名前」


私は恥ずかしくて俯いた。


「乃愛ちゃん、俺と少しだけ、飲まない?」


「……はい、喜んで……」


私達は近くのショットバーに入った。


見つめ合う度に気恥ずかしくて互いに照れ笑いをした。


★★★★★★


山城さんとは、電話番号を交換してビールを二杯飲んで別れた。


素直に楽しかったんだけど、自分の部屋の前に着いたと同時に息が止まりそうになった。


……私の玄関ドアの前に、愛児が立っていたから。


カツンと靴音を響かせた私に眼をやると、愛児は私を凝視した。


私は愛児を見て口を開いた。


「なに?まだ虐め足りないの?」


愛児はきつく眉を寄せた。


「……そうじゃない」


私はドアに立ち塞がる愛児の体を左手で押した。


「……どいて」


瞬間、愛児は私の腕を掴んだ。


「男物の、制汗スプレーの匂いがする」


きっと、山城さんがつけていたやつだ。


私は愛児を見ずに答えた。


「あんたに関係ないでしょ」


「誰といたんだよ」


何よ、お前は私のお父さんか!


私はウンザリしながら答えた。


「居酒屋のオーナーさんが仕事上がりに誘ってくれたから、二人でショットバーに行ったの」


私は愛児を一瞥すると、玄関ドアを開けた。


「そいつと付き合うのかよ」


「どーでもいーでしょ。じゃあね」


じゃあね、じゃなかった。


私が開けたドアから、続けて愛児も入ってきたから。


「なっ、ちょっとっ!」


愛児は後ろ手に素早く鍵をかけると、自分とドアの間に私を囲った。


驚いて息を飲む私を、愛児は至近距離から冷たく見下ろす。


「そいつの事、気に入ったのかよ」


「気に入らなきゃ行かないわよ」


愛児がチッと舌打ちした。


「マジ苛つく」


言うなり愛児は私の後頭部を片手で掴み、グイッと引き寄せた。


「……っん」


ぎゃああ、なにすんのーっ!!


噛みつくように唇を寄せてキスをしてきたから、私はポカポカと愛児の固い腕を殴った。


少しだけ唇を離すと、愛児は殆んど息だけの声で囁いた。


「暴れんな」


「……っ!」


愛児は、私の二の腕を片腕で封じた。


彼はキスを止めない。


噛みつくようなキスは甘いキスに変わった。


やがて誘うような舌の動きに、私は眼を閉じた。


だって、もう、何も考えられなくなってしまったから。


まるで意味が分からない。


隣のイケメンに、こんな風にキスをされるわけも。


全身が熱いわけも、痺れるわけも。


愛児は少しだけ顔を離して、私の眼を見つめた。


視線が絡んだ後、私は愛児の体に身を預けた。


こんなに意地悪な男なのに、どうして?


どうして私はこの意地悪な男に抱きつきたくなったのか。


ほんと、意味が分からない。


固い胸に頬を寄せて大きく息を吸い込むと、愛児の香りがして、無意識に彼の背中に手を回した。


「なあ」


「……ん?」


「俺の部屋、来いよ」


それって。


愛児の顔を見たかったのに、身をよじった私を、彼はギュッと抱きしめた。


「凄く、優しくするから」


心臓がドクンと跳ねた。


私は愛児に抱きついたままで答えた。


「ダメ」


愛児の体が僅かに動いた。


「そっか」


それからゆっくり私から離れると、愛児は鍵を開けた。


「じゃあな、乃愛」


愛児は顔を背けるようにして出ていってしまったから、私は彼の気持ちが更に分からなかった。


ただ、愛児のキスも、抱き締めてきた身体も、じゃあなと言った柔らかで優しい声も、素敵だった。


……酔ってるからだ、多分。


アイツも多分、酔ってる。


それか、仕事のストレスとかで、ダサい女を虐めたかったのか。


とにかく私達二人とも、まともじゃなかったんだ。

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