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夢中にさせてあげるから  作者: 友崎沙咲
★★章
4/9

ハダル(地面)

玄関を出た瞬間、柑橘系の香りが鼻をかすめた。


爽やかで本来なら大好きな匂いだけど、私は無意識に眉を寄せた。


……左横に気配を感じる。


神崎愛児だ。


チラッとだけ愛児を横目で見ると、彼は僅かにこっちを見て動きを止めた。


それからもう一度、今度は体の向きを変え、マジマジと私を凝視した。


「マジかよ」


「……」


私は無言で愛児の脇をすり抜けるとエレベーターへと進んだ。


今までに無いスピードでエレベーターの『閉』を連打する。


乗ってくるな、乗ってくるなよ、神崎愛児!!


無事に扉が閉まり始めた。


あー、よかった!


私は狭まる隙間を見ながら息をついた。


ついたのにーっ!!


ガツンと音がした途端、閉まりかけた扉があっけなく開いた。


「おー、セーフ、セーフ」


私は内心、舌打ちした。


何がセーフだよ、ちきしょー。


知らん顔をしてそっぽを向く私を、愛児は無遠慮にジロジロと見つめた。


「……なあ」


……無視。


「なあって」


……無視。


1階について、私はまたしても愛児の脇を素早くすり抜け、エレベーターを出た。


「乃愛」


の、の、のあ!!


私はたまらず振り返って愛児の顔を睨んだ。


「下の名前で呼ぶな!しかも呼び捨てすんなっ!」


「いーじゃん、名字おんなじだし。俺の事も愛児でいーからさ」


「で、なに、神崎さん」


「だから、愛児でいーって」


「もうっ、着いてくんなっ」


「出入り口はこっちなんだから、仕方ねーだろ」


くそっ!


私は舌打ちしながら早足でエントランスを出た。


「待てよ」


「何でよっ」


「はい、捕まえたー」


「きゃあっ」


愛児は私の腕を掴み、切れ長の眼を甘く光らせた。


「なあ、どこ行くの?」


悪戯っぽい笑顔で私を見ている。


私は思わずドキッとした。


なんだよ、なんだよ、このかっこよさはーっ!?


「まさか、デートじゃないよな」


私は張り付いたように愛児を見つめた。


……独りで晩御飯がバレたら、


『フッ!独りで晩飯!なんつーつまんねー人生歩んでんだよ!』


とか、


『ダサい女は友達すらいないのかよ、不憫だぜ』


とか言われるに決まってる!


ど、どうしよう。


嘘ついちゃおかな。


固まったままの私を、愛児は黙って見下ろしていたが、いつまでも答えない私の前でその顔から徐々に笑みが消え、次第に真顔になっていった。


「おい、答えろよ」


「…………」


嘘つく度胸が……私には、ないーっ!


「なあ、答えろって。答えないなら……」


掴まれた腕が引き寄せられ、急に愛児の顔が近くなった。


苛立たしげに光る瞳、精悍な頬に通った鼻筋。


「イライラさせんな……」


男らしい口元が僅かに開いた。


……はっ!?


……な、な、なに、なに?!この感覚は……!


私は眼を見開いたまま、愛児の近すぎる顔を見た。


鼻と鼻が触れ合っている。


いや、それどころか、唇が柔らかい。


唇が柔らかいとゆうことは、つまり。


身体だって抱き締められてるし、これは、この状況はつまり……。


そう、愛児は私を引き寄せると、唇にキスをしたのだ。


優しく唇を押し付け、自分のそれで私の唇に何かを描くように、何度も触れ合わせた。


それから少しだけ顔を離して私の瞳を見ると、愛児はもう一度唇を寄せた。


驚きのあまり僅かに開いた私の唇の中に、自分の唇を少しだけ挟むようにした後、愛児はようやくキスをやめた。


な、んで?


心臓がバクバクと煩いのに、私は体が動かせない。


なんで?と尋ねたつもりが、声が出てなかったのか、愛児は私を抱き寄せたまま、何も言わない。


互いの視線が絡む。


しばらくしてようやく、囁くような掠れた愛児の声がした。


「デートなら、行かせない」


「な、んで」


「ムカつくから」


ムカつくから。


……ムカつくから?


ムカつくから?!


つまり、こういう事か。


ダサくて女子力無いくせに、一丁前にデートなんかするんじゃねーよ!と。


外見変えても、中身は変わらねーんだよ!と。


本当に意地悪な男だと思ったけど、私は何だか自分が悪いような気がした。


だって、愛児は完璧な容姿だから。


私は抱き締められたまま、ポツンと呟いた。


「……外見変えても中身はダサいままだから、生意気だと思ってるんでしょ?」


愛児の腕は、解かれない。


「だから私がデートだと、ムカつくんだよね」


私は何だか力が入らなくて、小さな声しか出せなかった。


「……女子力低いのに、デートなんてあつかましいんだよね」


鼻がツーンとした。


視界が歪んで自分が泣いているのに気付いた。


「乃愛」


「けどね、そんなダサい私が目障りなら、関わらなきゃいいじゃん。部屋になんか誘わなきゃいいじゃん。

……昨日、映画の後、私を誘ったよね?

あんたはイケメンなんだから、私なんかと寝なくてもいいじゃん。

……キスだって、なんでするの?」


「乃愛」


「……もう、離してくれないかなあ……」


スルリと愛児の腕が解かれ、私の肌に新しい空気が触れた。


私は少しだけ出た涙を拭うと、愛児から離れた。


「今、私、一瞬嘘つこうかなって思ったんだ。だって、独りで晩御飯食べに行くなんて知られたら、またダサい女だとバカにされると思って」


愛児は息を飲んだ。


私は少し笑った。


「けど嘘なんか、意味無い。私はほんとにダサいから。……じゃあね」


私は踵を返して愛児に背を向けた。


あーあ、せっかくテンションあがってたのになあ。


けど、言いたいことを正直に口に出したら、何だかスッキリした。


仕方がないんだ。


今の私は女子力低すぎる。


愛児はかっこよすぎる。


毛嫌いされるのは、仕方がない。


でも疑問もある。


なんで私と寝ようとしたのか。


どうして、キスしたのか。


意味が分からない。


全然わからない。


私はため息をついてから、街へと歩きだした。

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