アルタイル(飛翔する鷲)
翌日、私は早く起きた。
早く起きて、昨日の出来事をベッドの中で考えた。
何度も、愛児が私に向けて言った、『ダッサイ女』が耳に残っている。
……ダサい女……。
確かに、ダサい。
私はダサい。
幾度となく菜穂にも、
『ねえ、乃愛!もう少し髪型とか服装、化粧なんかに気を使いなよー。女子力アップしなきゃ、男なんか寄ってこないよ!?』
正直、会社から自宅は近いし、会社の制服はスーツタイプで、家から制服で通う場合もある。
しかも設計課の一員である私は、ひたすらCADの前に座ってるか、取引先と打ち合わせ。
化粧も薄くファンデ塗って、眉毛を描いて、口紅はグロスをごく少量。
これで終わり。
アイメイクは面倒だし一切しない。
「うーん」
私の声は酒で焼けたのか、掠れていた。
その自分の声に、我に反った。
……決めた。
女子力アップすることにする。
で、三ヶ月後に彼氏をゲットし、見た目だけが抜群の、隣の部屋の性悪男を見返してやる。
私は飛び起き、新しい風を入れようと、窓という窓を全て開け放った。
バルコニーに出て、活動し始めている街を見渡しながら、菜穂に電話をした。
『……乃愛……早いね……なに……?』
この電話で起きました的な菜穂の声。
「菜穂、朝早くからごめん!突然だけど、睫毛のエクステのあの店、電話番号教えて」
『なに、どーしたの、あんなに拒否ってたのに』
「詳しいことは会社で話すけど、私、女子力アップすることにしたんだ。
今からシャワー浴びて、美容院予約するわ。服も可愛いヤツ買いに行く!」
菜穂は、嬉しそうな声を出した。
「マジ!?そうこなくちゃ!
じゃ、電話番号ラインで送るわ!
会うの楽しみにしてるからね」
よっしゃ!
もうダサいなんて言わせない!
女子力低すぎも言わせない!
今に見とけよ、神崎愛児!
お前よりイイ男をゲットしてやる!
私はあか抜けた自分を想像しながら、両手を高々と上げて空を見上げた。
★★★★
菜穂に紹介してもらったエクステのお店は、実は美容院で、私は同時にヘアスタイルもお願いした。
幸運にもキャンセルが出て、カラーリングとカットなら出来るよと言われ、お願いすることにした。
「神崎さん、今の髪型だと、あの、ホラー映画の井戸から出てくる女性みたいだよね」
ガーン!
「あ、ごめんね!あの人はあの人で、似合ってるよね」
いやいや違うだろ、幽霊をフォローしてどーすんのっ、私をフォローしてよっ。
お洒落で可愛い系のお兄さんが、鏡の私を笑顔で見つめた。
「どんな感じがいいかな……」
私はポツンと呟くように言った。
「私、見た通りダサいんです。
実は同じマンションの隣の男に散々ダサいだの女子力低すぎだの言われて、自分を変えたいんです。
ただ、どんな風な髪型が似合うとか、カラーはどれが綺麗だとか、そういう知識はまるでなくて」
私が彼をジッと見つめたままこう言うと、彼は私の髪を両手でフワリとすくい上げるようにしながら口を開いた。
「希望がないなら、僕のオススメでもいいですか?」
私は即座に頷いた。
「ありがとうございます!凄く助かります」
それから私はカラーリング、所要時間、金額等をカウンセリングと共に説明された。
ああ、ドキドキする!
私は期待に胸を膨らませた。
★★★★
「お待たせしました。いかがですか?」
可愛い系のイケメン……京野さんは、合わせ鏡をして私に後ろを見せてくれた。
モッサリしていた腰までの黒髪は、 ボリュームを調節されて背中の半ばまでにカットされ、明るみのある栗色に変わっていた。
「神崎さんの瞳が割と茶色目だから、それに合わせてみたんだ。時間がある時はコテで毛先を巻くといいよ」
「……あ、ありがとうございます」
私は嬉しくて京野さんを見上げた。
「魔法みたい……嬉しいです、凄く」
そんな私に京野さんはフワリと微笑んだ。
「色んな雑誌を見るといいよ。好みのメイク方法が色々載ってると思うから。
神崎さんは眼が綺麗だから、アイメイクしないのは勿体無いな」
「はい!今から行ってきます!アイメイク勉強します」
私は京野さん以外のスタッフにもお礼を言うと、料金を払い、本屋に向かった。
いくつかの雑誌を立ち読みし、その中から何冊かを買い、それらを参考にしてから、私は服屋さんに入った。
リーズナブルで品数も多く、イイ感じの店で、私は店内を見回した。
……よし、がんばるぞ。
その時、
「何かお探しですかあ?」
声の方を振り向こうとした時、もうすでに彼女は私の斜め前に立っていて微笑んでいた。
私より随分若いけど、凄く細くて背の高い女の子だった。
「あの、助けてくださいますか」
「はい……」
彼女は多少困惑した感じだったけど、私が神崎愛児の話をすると唇を引き上げて頷き、しっかりとした口調でこう言った。
「任せてください。そんな失礼な男、許せないです!
その人を驚かせてやりましょう!
お客様は、とてもスタイルがイイので、それを生かした服を選びましょう」
「お願いします」
数着の服を買い、最後に靴を二足買うと、私は帰路についた。
★★★★
私は部屋に帰ると化粧を直した。
うん、アイメイクすると、顔立ちがはっきりする。
……いいじゃん。
買ってきた服に早速着替える。
少しハードなデザインのVネックノースリーブは、からだの線がピッタリ出る形で、それにダメージジーンズを合わせてみた。
靴はヒールが高めのミュール。
うん、服装はちょっぴりハード系だけど、毛先を緩く巻いて、リップグロスはラメ入りの可愛いピンクにしよ。
服と甘々メイクのギャップで行くわ、今日は。
時計を見るともう夕方だった。
……お昼御飯、食べ損ねてるし。
……食材、買いにいこう。
で、作りながら食べて、飲む。
その時、私は神崎愛児のあの言葉を思い出した。
『 料理も下手なのか、三日に一度は焦がしてる。バルコニーから、臭うんだよ、焦げくせーったらねーぜ 』
……あいつ、部屋にいるんだろーか。
私はブンブンと頭を振った。
今日はやっぱり外で食べよう。
せっかく、女子力アップ計画実行中だしね。
だって今日は気分がいい。
もし焦がしたりしてテンション下げたくない。
……何食べようかな。
うーん。
私はもう一度だけ鏡を覗くと、カバンを手に靴を履いた。