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夢中にさせてあげるから  作者: 友崎沙咲
★章
1/9

シャウラ(毒針)

今日こそありますように!


金曜日、午後十時。


同僚の菜穂と飲んだ後、私は帰りしなにあるDVDレンタルショップに立ち寄った。


本当は二軒目に行きたかったんだけど菜穂に、


「彼が今から泊まりに来るんだっ。ごめん!」


あー、そうですか、そうですか。


結婚を三ヶ月後にひかえた菜穂に、私は笑顔で頷いた。


「いーなあ、幸せな女は!」


「結婚式の二次会、期待して!涼くんの友達、イケメン揃いだから!」


マジか。


「分かった!期待しとくわ」


ゆっとくけど、マジで期待してるからね、私。


だって期待するでしょ、しなきゃオカシイでしょ。


二十九歳だもん。


彼氏いない歴二十九年だもん!


もう、火サス並の崖っぷちに突っ立ってるのよ、神崎乃愛(のあ)は!!


三ヶ月後、ゲットしてやる、素敵な彼を。


長年続いた断崖絶壁ライフも、三ヶ月後にはオサラバだわ!


私は未来の彼氏を想像しながらニヤリと笑い、コンビニの前を通り過ぎるとその先にあるレンタルショップに入った。


★★★★★★★★★★★★


……今日もなかったら、凹む。


私のお目当ては、『(ファラオ)』っていうハリウッド映画。


昨年、アメリカで大ヒットした、古代エジプト時代の歴史ファンタジー。


古代エジプト、ファラオ、ピラミッド、それにファンタジー要素を加えたなんて、大好物すぎる。


しかも主演の俳優は、超イケメン!名前忘れたけど。


私はレンタルショップに入ると、真っ直ぐにお目当てのDVDが陳列されている棚へと近付いた。


ありますように、ありますように!


祈るような気持ちで一番上の棚をそっと見上げると……あ!ある!ある!1枚だけ、残ってるっ!


8枚あるうちの1枚が、ひっそりとそこにあった。


やったあっ!


私は落ち着きを無くすまいと、ゆっくり手を伸ばしてDVDを取ろうとした。


その時よっ!


フワリと漂ってきた柑橘系の香りと共に、私の上から腕が伸び、ヒョイッと『ファラオ』を長い指が掴んだ。


思わず体をねじり、私は腕の主を仰ぎ見た。


その顔を眼に写した私は、我慢できずに声を漏らした。


「げっ!」


こ、こいつは、隣の、神崎愛児!


隣って、私のマンションの隣の部屋って事。


つまりこの神崎愛児は、私のお隣さんなのだ。


しかも、神崎乃愛と、神崎愛児よ。


名字は全く同じだし、おまけに名前の『愛』が、被ってる。


従って宅配物や、郵便物なんかがたまに、混ざる!


この間なんか、ネットショップで買った下着が神崎愛児のポストに入ってたみたいで、


「お前、ダサいわりに下着は派手なんだな」


なんてぬかしやがったじゃないの!


「普通、勝手に開ける!?最悪!!」


ギロッと睨み付けた私に、神崎愛児は不敵な笑みを見せ、手に持っていた薄茶色の紙袋を差し出した。


「だって、俺のポストに入ってたんだぜ?仕方ねーだろ。

見られたくないモンを、メール便で買うんじゃねーよ」


く、く、くうーっ!


「ブラジャーの方はまだマトモだけど、パンツの方はどうなの。布、足りねーだろ」


「うるさい!帰れ!」


私は神崎愛児の胸をドンと突くと玄関ドアを素早く閉めた。


最悪だ。


とにかくこいつは最悪だ。


私はつい先週に起こった下着事件を思い出しながら、舌打ちした。


神崎愛児……長いから、愛児と省略するけど、愛児はまるで私を見ず、『ファラオ』のパッケージを裏返し、粗筋に眼を通し始めた。


「ほーお。面白そーじゃん、借ーりよ」


こらーっ!!


私は思わず愛児の脇腹辺りの服を掴んだ。


贅肉の無い固い腹筋が指に当たり、私は一瞬怯んだが、どうしても『ファラオ』は譲りたくない!


「ちょっとっ!私が借りるんだけど!」


すると愛児は流すように私を見下ろし、フウッと笑った。


その眼差しが凄く色っぽくて更に怯みそうになる。


イイ男だ、ムカつく事に!


「は?」


「は?じゃないわ!あんたさあ、見えなかったの?これは、私が借りようとしてたの!手、伸ばしてたでしょーが!」


「知るか。俺が先に手に取っただろ」


「信じらんない!ほんと、最悪な男」


私は再び舌打ちして呟いたが、名案が浮かび、愛児を見上げた。


「ジャンケンしよ!ね!」


ジャンケン、私、半端なく強いんだよね。


イイ考えだ、絶対私が勝つ!


「アホか、小学生か」


そう言って私を一瞥してから、愛児は鼻で笑った。


「……お前が隣に越してきてから3年が経つけど、お前って、いつまでもガキみたいだよな」


な、なんですって?!


「とにかく、地味でダサいし、土日はスッピンだろ?服はヤボったいし、料理も下手なのか、三日に一度は焦がしてる。バルコニーから、臭うんだよ、焦げくせーったらねーぜ。そう、バルコニーで思い出したが、電話すんのはいーけど、声がでかくて全部筒抜け」


思わずクラッとして、私はよろけた。


「な、な、な」


「どもるな」


ぐーっ、憎たらしいー!


「とにかく、譲れない。これは俺が借りる」


ちょっと待てっ!


「あのね、神崎さん、『ファラオ』は、私、何日間も通いつめて、ようやくゲット出来そうだったの。私ね、これ、ずっと見たかったの。来週からは出張だし、今日しかないの。お願い、譲って」


私は切々と語り、愛児を見つめた。


意外にも愛児は、そんな私を見て僅かに息を飲んだ。


切れ長の澄んだ眼が、落ち着きなく空をみる。


「お願い」


私は手を合わせて頭を下げた。


「まー、あれだ」


愛児は決まり悪そうに咳払いすると、私をチラリと一瞬だけ見て、すぐソッポを向いた。


「あれって?」


「まあ、お隣さんのよしみで、一緒にみせてやってもいーぜ」


……は?


鳩が豆鉄砲……てのは、古い表現かも知れないが、きっと私はそんな顔をしていたんだと思う。


愛児は続けた。


「今晩なら、高価なワインと、イベリコ豚の生ハムも付いてる」


「えっ……!」


凄いと思った。


だって、だってね。


私はワインが大好き。


しかも、最近のマイブームは、イベリコ豚の生ハム。


イベリコ豚の生ハムの存在を知ったのはもっと何年も前なんだけど、実際に食べたらめちゃくちゃ美味しくてすっかりハマってしまったのだ。


けど、高価だし近頃は全く食べてない。


やだ、食べたいし飲みたい。


愛児は真顔で私を見つめている。


私は愛児を凝視したまま、考えを巡らせる。


……この男は、名字が同じで名前の一字がかぶり、おまけにDVDの趣味まで同じで、挙げ句に好きな食べ物や酒の好みまで似ているのか。


だとしたら、これって……運命とか……?


180㎝はありそうな長身、小さな形のよい頭、端正な男らしい顔立ち。


ちなみに脚が長い。


「おい、なんだよ、不気味な女だな!

俺があんまりイイ男だからって見とれ過ぎだっつーの!どーすんの?俺ん家来る?!」


なに、どっちでもいーけど、来た方が得だろ!みたいな、偉そうな態度!


「……行く」


自分の答えに驚いた。


三年間隣同士だが、部屋を行き来したことはないし、たまにエレベーターで一緒になる程度だ。


そのわりには凄くフランクに話せてたまに口喧嘩するのは、紛れ込んだ郵便物や、愛児の私に対する態度の悪さのせい。


おかしいだろ、私。


けど、その時の私は、何故か行くと答えたのだった。


何故か、などと言うのは、微妙に違うようにも思う。


私は今のマンションに越してきて、最初に愛児に出逢った日の事を思い出していた。


★★★★★★


三年前。


『誰?』


『初めまして。

私、隣に越してきた、神崎乃愛です。どうぞよろしくお願いします』


心臓が煩いくらい高鳴ったのを今も覚えている。


愛児は、顔がカッコイイだけでなかった。


背が高くて、シャツを着ていたけど引き締まった身体や長い足が、私をドキドキさせた。


愛児は私を頭の先から爪先まで舐めるように眺めた。


『ガキの分際で独り暮らしかよ。どんな親だよ』


声は艶っぽくて低く、外見とマッチしていた。


けど。


けど!


なに、こいつ。


私は彼の毒舌に驚いた。


けれど、すぐに反論した。


『私、ガキじゃありません!二十六歳です』


愛児は僅かに眼を見開いてからニヤリと笑った。


『なんだ、大人かよ。ダッサイだけか』


『失礼なヤツ』


私は挨拶の印にと、手に持っていた洗剤を愛児の胸に押し付けると、踵を返して部屋に戻った。


愛児の印象は最高だった。


出逢って三秒まではね!


★★★★★★


愛児の性格が悪いなんて、通りすがりの人には分からない。


レンタルショップを出て、愛児と並んで歩くのは、凄く照れ臭かった。


だって彼はとにかく整った恵まれた容姿で、女性のみならず、男性だってすれ違い様に眼を見張る。


そんな男と並んで歩くなんて、自らの価値を下げるに値する行為だ。


私は困って空を仰いだ。


無数の星が凄く綺麗で、少しだけホッとする。


私達は無言で歩いた。


マンションまではほんの数分だけど、なんだか気まずかったから沈黙を破り、


「星が綺麗だね」


って言ってみたら、


「なんだよ、夜の部のお見合いかよ」


という、会話を拒否したいのか、イラッとする答えを返してきた。


もういいわっ!

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