0話 序章
はじめて小説というものを書いてみました。この序章を書くだけで二週間近くもかかってしまい、文字を書くだけでも大変なんだということを身に染みて感じました。さすがに三人称視点の地の文のみはきついです(笑)。一応、現代風でオーソドックスな作風の小説を目指しました。異世界ファンタジーなのでその作風とは合わないかもしれないです。そもそも、描写や作風が未熟なため読みにくかったり、わかりにくかったりしますがご容赦ください。
地平線の穹を視る。近く陽の柱と薄暮の情景は、門扉の隙間から射し込む光のよう。
荒廃した大地。見渡す限りは何も無い。
…… 嗚呼、どうしてこうなってしまったのだろう。
自分は何を求めて、何に縋ってここまで来れたと言うのだろうか。
ただ、憎かった。悲しかった。
あの日の感情は今も心の中で燻っている。10年にわたる怨嗟は執念となって忘れることを許さない。
……それでも。
気が付いたこともある。きっとその執念は純粋なものではない。
誰かの幸せが羨ましくて、それが何故、自分にはなかったのか分からなくて、それでも縋って願っていた。
本当はそういうものだった。
……それでも。
認められなかった弱さがある。そのせいで失われたかけがえのないものがあった。
そうして、自分は打ちのめされて後悔して、何度も立ち止まって、それでも傍にいてくれたものがいた。ずっとそれに支えられてきた。
“きたよ”
声が聴こえる。ずっと自分と共に歩んでくれた相棒。生きる意味を気付かせてくれた。この旅の始まり。
「うん」
『なにか』の影が周囲に蠢く。おおよそ同じ生物とは思えない。魑魅魍魎の類としてもまだ悍ましい。
意思疎通など図るべくもないが、今奴等が何をしようとしているのかはわかる――およそ幾許の猶予もない後、群がる肉食獣の牙がこの身を引き裂かんと襲うだろう。腐肉を貪るように喰い散らかされる自分の姿が容易に想像できる。
その影は範囲と濃さを増し、先ほどまで見ていた地平の景色が遮られ、視界は夜と遜色ないほど闇に塗りつぶされた。数も大きさも語るに難い。
ただ、脳裏には遠く押しやったはずの景色と重なった。
それは以前に暮らしていた故郷の既視感。主要駅周辺のオフィスビルの街並み。圧力を掛けられているような圧迫感に、空まで遮るような建物の屹立は、目前の影らと似通う部分があるのだろうか。
「いいかな?」
“?”
四面楚歌な現状では考えられないほどの、柔らかく静かな問いだった。
「僕は……さ、僕のために生きてこれたかな? 何かを残すことができたかな?」
問われたそれは彼の望む答えをわかっていた。
これまでの旅の全てを彼とともに歩み、見てきた。今では潜在的に彼が求めていることも知っている。
“いいや、君はまだ何も残せていない。問いかけてみて。自分のために生きてこられた自信はあるの?”
だからこそ、彼をここで肯定するわけにはいかない。
彼は幸福というものを、その人生の中で感じられなくなっていた。
彼は一個人の人間であるが生き方はその体を成さない。俯瞰的視点から見た幸せとは常に誰かのもので、そこに平穏の意味は見るが心での理解はできない。何故なら幸福の形とは、まさに十人十色でこれと決まりがない。時には幸福を譲らぬがための争いも起きる。
世の中の平穏と、個人の幸福が常に同じでないならば、彼にはその感情を判断することはできなかったのだ。
「そんな言い方はいじわるだ。僕の心は君が一番よくわかっているのに」
彼が自分を幸せであると判断する方法は、自分の心を知っているものにそれが幸福という感情であるのだと認めてもらうことだ。その時にようやく自分自身の感情を認めることができる。
だが、彼はそこで満足してしまうだろう。それを知るためだけに生きてきたのだから。認めてもらいたくて旅を続けてきたのだから。
だからこそ、ここでは認められない。
“質問のタイミングも、場所も悪いんだよ。まるで今から死にに行こうとするみたいだ”
「……」
彼は何も答えない。目線も表情も変わらない。ただ、悔しそうな気持の変化がある。
“大丈夫さ。君を死なせはしない。僕がいる。それに君についてきてくれた馬鹿な人たちがいる。こんなところで死んだら最悪の裏切りだ、あの時の比じゃない”
空に星が瞬き始める。陽が落ちてきた。どうやら影らは有利な夜闇に乗じて事を済ますつもりらしい。
“君に託した人がいた。僕に託された意思もある。君はそんな『願い』をどうしたい?”
今、太陽が完全に沈むかというタイミングで先走った影の一匹が襲い掛かる。
――そうだ。何もない自分にそれでも未来を託してくれた人たちがいた。例え自分が空虚のままでも託された『願い』を蔑ろにすることは違う。
「わからない。だから探しに行こう。これからも一緒に!」
彼は右手に握った相棒――魔剣を振りかざし、影を薙ぐ。
“うん!”
魔剣は思う。ずっと共にいようと。いつか君が自分自身で幸せを見つけられるようになるその日まで。
薙ぎ払ったそれに続くように、影が一斉に襲い掛かる。賽は投げられた。
“磨澄!”
名前を呼応する『声』でやるべきことを理解する。
振り切った魔剣を逆手に持ち、正面に戻して地面に突き立てる。グリップを握る右手の親指は空を指すように立てている。
日没数秒前の太陽を背にして立つ磨澄と呼ばれた少年は、何かを決意した人間の力強さと尊さを備えたようであった。
――ソードサムズアップ
約束の言葉、決意の証。それは磨澄と魔剣が初めて出会った日に交わした特別な契約の形。
もう一度、新しい旅とその目的を示すための心を、最後まで貫くことを誓う儀礼。この構えをとった数だけ磨澄は成長し、次の志を刻むのだ。
太陽の光が地平の奥に飲み込まれ、光を失ったはずの大地と影が群がる隙間から新たな夜明けの星が一点の輝きを放つ。まるで夜空の星を集めるが如く。
それは、紛れもなく磨澄と魔剣から発せられる光だ。
――まだ、何をしたいのか、何をするべきなのかはわからない。それでも今のこの思いはきっと本物だ。それならば、今度も進んでいける。
夜の闇も、大地を埋め尽くす影の闇も、描き消さんとばかりに放たれる光が、視界を白で盲目にする。
――そのためなら、何度でも始めよう。何度でも立ち上がろう。夜明けに上る太陽のようにきっと。
だから――
「“GimeX!”」