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boy meets girl

boy meets girl (蛇足2)

作者: 空野みち

蛇足に蛇足を重ねる。何本足が生えるのやら。

自分以外の個体の中にある熱い激情が空気を伝って自分までも焦がすなんて、知らなかった。


ああ、それはなんて、甘美な---



※※霞み通る※※



残暑の残る蒸し暑い午後。

伸びかけの前髪を指ではらうのが癖になっていた。

そんな、どうってことない午後.



「前髪、伸びたね」


そう言って、俺の前髪をツンと引っぱるのは、外見は壮絶美少女(中身は良く分からない)戸籍上は男の瀬川。


「やめれ」


ぱしり、とその手を邪険に払い、わざと興味の無い様を装って空を見上げた。

まだまだ、青空が眩しい。

最近、俺はおかしい。

非常におかしい。

瀬川の美麗な顔を見て動悸がするのは何時ものことだが、それ以上に瀬川に触れられるとツキリと胸が痛くなる。

思わず眉間に皺がよるくらいには、その痛みの甘さに危機感を募らせていた。


「ご機嫌ななめ?」


瀬川が俺の表情を見てどう思ったのか、その華奢な肩から長い髪をさらさらと零しながら俺の顔を覗き込んできた。


無意識に、その美しさに目を細める。


「いや、なんだ。動悸的な?」


ふうん。と瀬川は嗤う。

なんだか、面白くない笑い方だった。


「なんだよ」


「いいや?」


「なんだよ。言えよ」


「悩んでるなあって思って」


そう言って嗤う。


「お前ってさぁ」


屋上のフェンスに寄りかかりながら、暑さで乾く喉をコクリと鳴らした。

後で自販機に行こう。

瀬川が俺の言葉を待っている。

うーん。


「なんか、お前って、見透かし系?だよな。んー。悟り系?いや、しったげ?」


悩みながら呟くと、隣の瀬川が肩を震わせながら笑った。


「ふふ。最後のは、悪口と思うよ、古田」


「まじ?そういうつもりではなかった」


笑いながら告げられて、怒っている様子ではないが、ごめんと一応誤っておいた。

そうすると瀬川は、また愉快そうに笑う。


「ほんと、いいよね。古田って」


「はー?」


「ちゅーしたくなっちゃう」


「はあ??」


思わず赤面して、後退る。

この前の事だって、まだ消化しきれてないというのに、こいつ何言ってんだ。

瀬川は暑いのにサラサラ黒髪を風に遊ばせて、嫣然と微笑む。


「お前ってどういうつもりでそういうこと言うの?」


なんとなく、ずっと腑に落ちていない。

瀬川は俺のことはすっかり見透かしているくせに、ちっとも自分のカードを見せようとしない。

フェアじゃないと思うんだ。


「お前は、一過性のものが好きだって言った。俺の感情も一過性のものって思うわけ?」


質問を重ねる。

瀬川は深い眼差しで、俺を見つめるとちょっと怖いくらいの無表情になった。

表情が消えると、美少女然とした顔が一気に中性的になる。男でも女でもないような。


「そうね。多分、本当のわたしなんてわたしにもわからないけど、本当のわたしじゃ、瀬川はだめなんだと思う。古田が好きなのは、この、女の子のわたしでしょう?」


セーラー服の襟を、つと指でなぞって伏し目がちに瀬川は笑った。

珍しくも自虐的な笑顔だった。

俺は、瀬川が好きなのだろうか。

瀬川といるとドキドキする。

何やら不穏な気持ちになる。

それは、瀬川が美少女然としているからなのか。

それはあるかもしれない。

だけど、それだけじゃない気もする。

深く深く覗き込んで、“俺”を見つけてくれた。

その瞳が、存在が、得難いと思っているんだ。


「うーん」


俺が腕を組んで、この感情をどう表現して良いか頭を悩ませていると、瀬川がまた俺の前髪をついっと引っ張った。

近くで顔を覗き込まれる。

綺麗な顔が迫ってきて、瞠目して思考が白む。


「古田が、どんなわたしでもいいよって言ってくれたらいいのに」


「え」


「男でも女でも関係なく、好きだよって言ってくれたらいいのに」


赤い唇で、そんなことを紡ぐ。

乾いた喉が、さらに乾いてゴクリと唾を飲み込んだ。

飲み込んだと同時に言葉が飛び出してきた。


「好きだよ」


出てきた言葉に自分でもびっくりしてしまった。

悩んでいたのに、言ってしまった。

だって、なんだか珍しくらしくなく縋るような言葉だったから。

伝えてやらなきゃと思ったんだ。


「お前は、男でも女でも。俺にとっては得難い存在だ」


反らしたくなるような至近距離で、必死に目を合わせながらそう告げた。

そうしたら今度は瀬川の方が瞠目して、ほんのちょっとだけ瞳に涙の幕が張った。

けれど瞬き一つでそれは消え去ってしまう。

次にはもう、にっこりと艶やかに笑っていて、なんだか惜しいなと思った。

もう少し、らしくないところを見てみたかった。

ぼんやりとそんなことを考えていると、目をつむった瀬川の顔が近づいてくる。

まつ毛長いな。


「ってちょ、まっーー」


俊敏に片手で瀬川の口を塞ぐ。

不満なのか、胡乱気に見つめられてしまった。

ちょっ。えっ。まて。

今そんな場面だったか?

だらだらと汗をかいていると、塞いだ指を不意に噛まれた。


「いってえ!!」


即座に瀬川の口から退散し、片手をかばいながら恐ろし気に瀬川を見る。

なんで?

なんで噛む。

瀬川は何故か俺を睨んでいた。

なぜだ。

睨んでいいのは俺の方だろう。


「なんで拒むの」


むっすりと言われる。


「いきなりだからだ!いつもいきなりだからだ!」


「いきなり、すごいこと言ってきたのは古田のくせに」


「せめて、一言。なんか言ってくれ!」


「言葉にできないから、衝動的にしたくなるの。ぐわっと」


「え。わからん。えー」


「男と女の生態的な違いかな」


「えー。なんか、余計わからん」


ぐるぐると頭を混乱させていると、ぐっと瀬川がまた近づいてきた。


「じゃあ、するよ」


にっこりと笑う、百合の顔。

俺は何だか恐怖的なものを感じながらも腹を括った。

男は度胸!


「よ、よっし。こい!!」


ぎゅっと目を瞑って言う。

が。

待てど暮らせど、あの感触はやってこなくて。

恐る恐る目を開ける。

瀬川は、肩を震わせて笑っていた。


「古田って。ほんと面白い」


頬がかっと熱くなる。

わなわなと震えていると、隙を狙ってちゅっとキスされた。


「ほんとう、好きだよ」


そうやって、笑う瀬川。

残暑がまだ続く夏。

うろこ雲。

なんだか、くらくらするくらい暑い夏だ。


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