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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 お礼と思春期と欲望と

作者: 綿屋 伊織

魔法騎士としては最強レベルの悠理君も、思春期の男の子にすぎないのです。


「集会?」

「うん」

 宮中、御所の一角。

 普通なら立ち入ることさえ許されない場所で、水瀬はタマを相手に将棋を指していた。

 猫を相手に指すのも考え物だと思うだろうが、はっきり、タマはかなり強い。

 二十連敗を阻止できるかどうかの瀬戸際に、水瀬は立たされていた。

「この辺一帯の猫族が集まる集会―――といっても、そんなに規模はないけどね」

「何故?」


 ペチ

 ペチ

 歩がとられた。


「猫族は群れる存在じゃない。群れるのを逆に嫌う。だから、幹部級だけを集めるのが精一杯。50くらいかな」

「ふうん?」


 ペチ

 ペチ

 今度は飛車だ。


「待った!」

「待ったなし」

 タマは盤に視線を向けたまま、そう言い放つ。

「―――ケチ。それで?」

「君の家の神社を貸して」

「月ヶ瀬神社?」

「そう」

「いいよ?何か用意する?」

「とりあえずはいい。僕達が準備するから」

「そう。日取りは?」

「3日後の夜」

「わかった―――好きに使って」

「うん。ご主人様は宮中にいないし」

「そうか」

「お礼はするよ?何がいい?」

「今のなし」

「ダメ」

 チラと見た水瀬の顔に、タマは何かを思いついた様子だ。

「水瀬」

「ううっ―――ん?」

 次の一手を考え、水瀬は腕組みをしながらうなり続けている。

「ご主人様の何か、あげようか?」

「何でもいいよ」

 そのとき、水瀬は将棋のことに頭がいっぱいで、いい加減な返事をしたのだ。


「パンツでもなんでも」


「わかった」


「うん―――これで!」

 ペチ

 ペチ

「はい。王手」



 何でこれで勝てないんだろう。


 水瀬の自宅。

 水瀬はパソコンを前に首を傾げた。

 将棋部から借りた、最も難しい将棋ソフトのクリア画面が映るモニター。

 スーパーハードモードでさえ、こうもあっさりクリアしたのに。


 タマはどうしてああも強い?


 水瀬はそれがひっかかった。


 昨晩、神社からは夜中中、時季はずれの猫が発情する叫びが聞こえていた。

 タマが何をしていたのかは聞くまでもない。


 そのタマに、猫に、二十連敗するという人としての恥辱を味わった水瀬は、ここ数日、ずっとそれを考えていた。


 うーん。


 それがわからない。


 全ての手が読まれているとしか思えないのだ。


「あの化け猫……何したんだろう」


 ゴロン。


 机の前にひっくり返った時だ。


 ニャーッ!


 タマの鳴き声が聞こえた。



「タマ?」

 障子を開き、続きの部屋に入る。


 そこには、タマがちょこんと座って待っていた。


「ニャ」

「ニャ」

 猫族の言葉で挨拶を交わす一人と一匹。


「どうしたの?」

「これ」

 タマは、尻尾で何か箱のような物を器用に引きずり、水瀬の元に近づいてくる。

「タマ?」

「昨晩のお礼」

「お礼って―――いっ!?」

 水瀬は、タマがひっぱってきた物を見て絶句した。


 箱じゃない。


 それは、引き出しだ。


 しかも―――その中身は


「タ、タマさん?質問があるのですが」

 何故か、水瀬の声はうわずっている。


「何?」


「この、小さく仕切られたケースに一つ一つ収められた布は何でしょうか?」


「ご主人様のパンツ」


「……」


「君、欲しいって言ってたでしょ?何に使うかは知らないけど」


「……あれ、冗談なんだけど」


「そうなの?」

 タマは首を傾げた後、言った。


「本当は欲しいんでしょ?」


「……ち、ちょっとだけ……かなり、めちゃくちゃ……ものすごく」


「じゃ、いいよね?」

 タマは大きく伸びをして、

「あ、この箱、戻しておいてね?ここまで運んでおいて何だけど」


「―――え゛っ?」


 宮中でも最重要区画の一つに指定されている日菜子の部屋。

 そこからタマがどうやって引き出しを持ち出したかはわからない。

 だが、逆にこれを戻すことがどれほど大変かは、すぐにわかる。

 こんなの、戻しにいったら、女官達に殺される。

 日菜子との関係に決定的な打撃になる。

 冗談じゃない!


「い、いらないから!」


「欲しいって言った」


「ホントに、ホントにいらないよ!っていうか、コレ、本気で困る!」


「じゃ、とにかく戻しておいて?僕、これからデートなんだ―――じゃ」

 シュンッ

 タマの姿が、水瀬の前から消えた。


「た、タマッ!?」


 午後のけだるい日差しが差し込む部屋。

 普段なら怠惰なまでの時間が過ぎる部屋で、水瀬は青くなって叫んだ。


「だから!僕、殺されちゃう!タマ!ぷりーず、かむばぁぁぁぁぁっく!」


 返事をする者はいない。

 部屋には、呆然とへたり込む水瀬と、引き出しだけが残される。

 日菜子の護衛として、ルシフェルがいないことだけが唯一の救いだ。


「……」

 水瀬は、おそるおそる引き出しを自分から遠ざけた。


 見てはいけない。

 水瀬の理性が、止める。

 見てはいけない。

 日菜子を本当に大切に思うなら、見てはいけない。

 見たら、日菜子を悲しませる。

 そう、止める。

 目をつむり、顔を引き出しから背ける。


 だが―――


 ゴクッ。


 鼓動が早まり、喉が渇く。

 見てはいけない。そう思うのに、体が引き出しへ向かってしまう。

 理性より、性的な欲望が水瀬の体を支配する。


「―――うっ」


 ただの布にすぎない。


 そんな詭弁さえ、今の水瀬には、自己正当化の詭弁に過ぎない。


 その“ただの布”は、日菜子の―――恋人の下着なのだ。


 いや―――“日菜子”そのもの。

 そう言ってもいい。


 思春期街道驀進モードに入った水瀬にとっては、そういう代物なのだ。

 破壊力は反応弾を遙かに越える。


「こ……これを……日菜子が」

 引き出しを飾る様々な下着。

 その一枚一枚を身につけた日菜子を想像するだけで、水瀬の理性は吹き飛びそうだ。


「ば、ばれなきゃ……いいよね?」


 水瀬は自分を欺いていることにさえ気づかない。

 大切なのは、目の前の“日菜子”でしかない。


 欲望が―――抑えられない。


 遠くで、玄関が開く音がした気がした。


「え……えっと」

 心臓が破裂しそうなほど激しい鼓動。

 荒くなる呼吸。

 正直な体の反応。

 このときの水瀬は、ただの一人の少年だった。


 かなり考え考えして、水瀬は一つの下着に手を伸ばした。



「日菜子……ごめんね?でも、大好きだから、だから、こうするんだよ?」


 罪悪感がないといえば嘘になる。

 日菜子を傷つけるような、そんな感じがしないわけじゃない。

 だが、水瀬はそう思うことにさえ、快楽に近い感じを抱いてしまう。


 ペラッ


 折り畳まれた布が水瀬の手によって、本来の形に広げられた、次の瞬間―――。



 ガラッ!


「悠理君?遊びに来ました!」


 突如開かれたドア。


 その向こうで、無邪気なまでの笑みを浮かべるのは……。


 綾乃だった。


 その視線が、女物のパンツを手にする水瀬に向けられているのは、嫌でもわかる。

 心臓が停止した水瀬の前で、満面の笑みを浮かべる綾乃。

 その口から絶対零度に似た声が放たれる。


「―――ゆうりくん?」


 この瞬間、水瀬は、人生が終わったことを察したという。



久々に原点回帰です。この後の展開はご想像にお任せします。

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