こんな夢を観た「巨人がそっとやって来る」
東京スカイツリーに登ろうと、押上までやって来た。友人の中谷美枝子は、興奮しきっていて、手がつけられないほどだった。
「スカイツリーよ、スカイツリーっ! あたし、登るの初めてなんだよね。高さ何メートルだったっけ? えっ、634メートルもあるの?! すごい、すごい、すごい! そこまでさ、一気にエレベーターで上がるんだよね、わくわくする!」
わたしだって、まだ一度も登ったことがない。それに、エレベーターで行けるのは450メートルまで。634メートルなんて、作った人だって、たぶん、立ったことはないと思う。
ところが、いざ着いてみると、「本日の入場は定数に達したため、締め切っております」と立て看板が。
「えーっ、そんな、うそ、うそ、うそっ……」中谷は取り乱さんばかりに嘆く。期待が大きかっただけに、落胆ぶりも尋常じゃない。
正直、わたしはホッとしていた。煙じゃあるまいし、高いところは苦手なのだ。
けれど、今そんなそぶりを見せたら、大騒ぎに発展しそうなので、演技でもここはがっかりした顔をする。
「仕方ないよ、まだ、できたばっかりなんだし。そのうち、閑古鳥が鳴き始めるから、また来ようよ」
「閑古鳥が鳴くスカイツリーなんて、見たくないけど。でも、あきらめるよりないよね。あーあ、くたびれ儲けかよ。来て、損しちゃったな」
あんまり気の毒なので、
「なら、東京タワーでも行ってみない? あっちなら、きっと登れるよ」と代案を出してみた。
中谷はぱっと明るくなる。
「そっか、それいいかも。あたし、東京タワーってまだ登ってないんだよね。あんた、登ったことある?」
恥ずかしながら、わたしもなかった。
「それが、まだなくって」
「決まりだね。行こっか、東京タワー。レッツ・ゴーッ!」
変わり身の速さも、さすがである。
東京タワーの展望台から見下ろす都会の風景は、それこそミニチュア模型のようだった。建物の中で、今この時も、人々が生活している、という事実を、なんだか信じられずにいる。
「これって、下から300メートル位あるんだよね? ああ、なんだか、目まいがしてきちゃう。だけど、それがクセになりそうっ」
「何言ってんの中谷。やっと120メートルなんだってば」わたしは言った。「いい? スカイツリーなんて、この3倍以上もあるんだから」
さすがの中谷も、目を丸くする。「……すごっ。信じらんない――」
さっき上り損ねたスカイツリーを探していると、ずっと向こうの方から何かやって来るのが見えた。
「ねえ、あれ何だと思う?」わたしは指差す。
「ん? あー、あれね。あたしには人に見える」
「それにしちゃ、大きくない? だって、ほら。高層ビルの屋上に手をついて歩いてるじゃん」
「あ、ほんとだ。じゃあ、きっと巨人じゃないの? だって、ほかに考えられないし」
巨人は、うつむきながら、慎重に足を運んでいる。人やクルマを踏み潰さないよう、用心して歩いているらしかった。
「あの巨人、腰巻き1枚しか身に付けてないけど、冬は寒いんじゃない?」中谷が指摘する。
「冬は上着をはおると思うけど」わたしは考えながら言った。
「ねね、こっちに向かってない? 東京タワーを襲う気だったりして」と中谷。
巨人は確かに近づいていた。そおっと歩いてはいるが、何しろあの巨体だ。足が地面に着くたびに、タワーがズシッと揺れる。
展望デッキにいるほかの客も巨人に気がつき、慌てる者、座り込む者、祈りだす者、それぞれに成り行きを見守っていた。
巨人はついに東京タワーへとたどり着く。屈んで、わたし達のいるこの窓を覗き込み、
「や、どもども」とにこやかに挨拶をした。
礼儀を知らないと思われるのもしゃくなので、こちらもみんなして、おじぎを返す。
「今日はね、東京タワー見物に来たんだ」巨人が言う。ぷるぷる震えているので見下ろしてみると、足の置き場に苦心して、爪先立っているのだった。「でね、頼みがあるんだけど、誰か聞いてもらえないかなぁ」
「どんな頼みですかな?」首からデジイチをぶら下げた初老の紳士が名乗り出る。
「東京タワーとツー・ショットで写真を撮ってもらえたら、嬉しいんだけど」
「お安いご用です。この向かいのビルから撮るとしましょう」そう言うと、紳士は展望台を降りていった。
巨人はビルの方を向き、東京タワーに軽く手を添えてポーズを取る。
ビルの上の方の窓で、何回かフラッシュの閃光が見えた。
「ありがとう、いい記念になったよ」巨人はビルに一礼し、さらにわたし達にも手を振ると、元来た方へと去っていった。そろーり、そろりーり、町を壊さないように。
「それにしたって、何で東京タワーだったのかしらね」中谷が首を傾げる。
「東京スカイツリーは、混んでたからじゃないのかなぁ」
わたしはそう答えた。