イケメンください
主人公が割りと酷い性格です。ご注意下さい。
私は面食いだ。
顔が良ければ全て良し。イケメンなら何をしても許される。ってか許しちゃう。イケメンのためなら何でもできる。そう、私はイケメンが好きだ。
最近のお気に入りは課長。少ないぽやぽやな頭髪にテカテカな頬。目は細くて、切れ長という言葉が良く似合う。体つきはどっしりとしていて、風格がある。
課長は完璧主義で、それ故部下を怒ることが多いが、それもまた格好良い魅力の一つだ。
でも私以外の仕事場に勤めているOLは課長のことをキモがって、陰で嫌みハゲなんていう酷い渾名もつけたりしている。課長かわいそう。あんなに格好いいのに。
イケメンこそ至高。そう思う私の同意者は未だに見つからない。
そういう私には我慢ならないものがある。不細工の存在だ。もう正直言って視界に入るのすら許せない。しかもこういうのに限って自分が格好良いと勘違いしているからどうしようもない。下手に格好つけてる奴なんて最悪だ。
そう、例えば今目の前にいる、こいつとか。特にそうだ。
「ねぇ、どうして俺のこと避けるんですか」
「不細工だから」
「酷いですね。俺、これでも結構自分の顔に自信があったのに」
「これで?」
「はい。これでも一応モテる方なんですよ?」
「勘違いじゃない?」
「まさか。目の前で名前呼ばれて告白されてるのに勘違いなんかじゃありませんて」
へらへらと笑う、不細工。名前を生嶋智浩と言う。私より一年後に会社に入ってきた、謂わば後輩だ。
確かに格好良いと同期のOL達にはかなり人気だ。意味がわからない。こんな不細工なのに。
現在奴は壁ドンというものを私にやっている。正直、壁ドンは私も憧れてただけに、この状況は非常に残念だ。但しイケメンに限るってやつ。ああ、格好いい人にされたかった…。
「とにかく、どいてくれない?仕事も終わったし早く帰りたいの」
「これから一杯飲みにいきましょうよ。勿論、俺が奢りますよ」
「生憎不細工をつまみにお酒飲めるような女じゃないの」
もう限界。ほんとしつこい。不細工の上にしつこいとか最低のコンボだ。にべもなく吐き捨てるように言うと生嶋は流石にこの暴言に眉をしかめた。それによってもっと顔が不細工になる。顔が近い。っていうかコレ、もしかしてキ…ス………?
その瞬間、私は生嶋を殴った。グーで。
「いっ…た…!先輩いきなり何するんですか!」
「いきなりはこっちの台詞だ!あーもうほんと最悪だ…気持ち悪…」
ごしごしと必死にハンカチで拭うと、生嶋は更に機嫌が悪くなる。あ、さっき殴った右の頬が赤い。だっさ。
「いや、不意打ちはちょっと悪かったですけどグーはないでしょグーは。しかもすげぇ痛いですし」
「いや、悪くないって。普通さ、キモくってだっさい露出狂に不意打ちでキスされたらどうする?殴るよね?グーで」
「俺露出狂と同等なんですか!?どんだけ俺キモいんですか!」
「鏡、見なよ」
「だから俺モテる方なんですって!自慢じゃないけど顔は悪くない方なんですってば!あー、もう!」
生嶋は突然あーだの最悪だの吐き捨てるように言って、頭を乱暴にがしがしと掻いた。普通に格好悪い。
「というかもしかして先輩B専なんですか?」
「いや面食い」
「ぜったい嘘だ…!」
「因みに最近のお気には課長」
「うわ…よりにもよってあの課長とか…。あれ格好良いとか見る目無さすぎですし…」
このパターンは予想してなかったっす…。と肩を落として溜め息をつく生嶋。なんというかやけにかっこつけてるみたいで不快指数がぐんぐん上がっていく。
「俺実は振られたことないんですよ…。っていうか告白自体始めてかも。ちょっといいなーって思ってた人って大抵向こうからコクって来るんですもん」
「こういうのってイケメンが言うから許されるんだと思うんだ」
「今までは許されてたんですけどね…。ああ、何で俺こんな人好きなんだろ…」
「好きって、まさかというかやっぱりというか私のこと?」
「……そうですけど…………」
もしかして、というように自分のことが好きなのか聞いてみた所(ここまでしつこくアプローチされてれば流石にそう思うと思う)、なんとも破棄のない返事が返ってきた。
「告白の仕方もダサいね」
「この状態でどうしろっていうんですか……先輩にとって俺不細工に見えてるんですよね?それなのに格好良くとか無理でしょ。見た目が不細工だって思われてるのに格好良く見えるわけないじゃないですか……。しかも好きな人から私のこと好きなの?とか聞かれてどう取り繕えばいいんですか……」
「うん、そっか」
「先輩ほんと冷たい……。俺本当に本気なのに……。課長にはあんなに眩しい笑顔向けてるのに……」
「あの笑顔はイケメン仕様なんだ」
「あのキモい課長にも笑顔で、しかも仕事も真面目にこなすし、そういうの凄いいいと思ってたのに……」
「うん、全部イケメンだからかな」
「はあ………。それなのに幻滅できないとか……酷いです」
「うん」
「先輩好きです……」
「そっか」
「俺、こう見えても結構尽くすタイプだと思うんです」
「そうなんだ」
「顔も…………いや、顔はダメなんだった。俺、こういう時ってどうすればいいのか分かんないです……でも諦められない……」
「なるほど」
「先輩は、ひどいです……」
生嶋は最初とうってかわって元気が無くなっていた。涙も落ちて……え、泣いて……いる…………!?
すごく、面倒だ。もう放置したい。
その時だった。課長がこっちに来ているのが見えた。相変わらず格好良い。イケメンだ。いつもなら嬉しいのだが、この状況を見られて誤解されるのは最悪だ。
だが非情にも課長はこちらに向かっている。
「おい君達。こんなところで何をしてるんだね」
「あっ、いやえっとこれはですね……」
「こんな時間に二人きりとは……。君達、この会社では異性間の……っておい生嶋くん、君泣いているのかね」
「か、課長……いえなんでもないんです……」
「は、はい本当に何も無いんです!生嶋くんは勝手に泣いてるだけなんです!」
「何も?そんなわけないだろう……勝手に泣くなんて……。お、おい生嶋くん、大丈夫かね」
「課長……も、もうおれのことはほっといてください……。課長っていいところもあるんですね……やさしい……」
「良いところもって失礼なんじゃないかね君……いや、というかあんなにいつも元気なのに本当にどうしたんだね。何か辛いことがあったのか?」
「いえ……ほんとうに……ほんとうになにも……」
「良かったら相談にでも乗るぞ。生嶋くん、君酒は飲める口かね」
「は、はい……のめます……」
「なら今日は私が奢るから酒でも飲みながら嫌なことを吐き出してしまおう。愚痴なら私が聞くから」
「かちょう……」
と、あれよという内に二人は飲みに行くこととなった。そんな馬鹿な。何て羨ましい…………そして私、空気だ。二人はさも私がいなかったかのように、颯爽と去っていった。これは酷い。どういうことだ。
翌日、課長と生嶋はとても仲が良くなっていた。
二人が親しげにしている姿を社内の人々は呆然とそれを見ている。勿論、私もだ。
それと同時に課長の私を見る目が厳しくなった。気がする。何故だ。いや、一つだけ分かっていることがある。これは、生嶋のせいだ。絶対そうだ。イケメンに冷たい目線で見られるのはそれはそれでクルものがあるが、やはり笑顔が一番だ。いや、課長の笑顔見たことないけど。
それと、もう一つ。生嶋はまだ私を諦めていないようだ。猛烈にアピールしてきている。主にお昼誘われるとか飲みに誘われるとか。何かが吹っ切れたようで、好きとかも普通に言ってくる。お陰で同僚の目が痛い。特に、女性の。怖いから本当にやめて欲しい。
「先輩、奇遇ですね!」
「うわ……」
「良かったらこれから一緒にお昼しませんか?」
「絶対嫌だ」
「俺奢りますよ!」
「いやそういうのいいから」
「課長も来ますよ」
「行く」
「あ、それは即答なんですね……。まあでも課長いい人ですしねー」
「課長は格好良いよね!」
「まあ確かに。上司があの人で良かったって思いますよ。先輩ってそういうのちゃんと見てたんですね」
「ん?」
「やっぱり見た目が全てじゃないですよね」
「え」
「俺、恥ずかしいです。先輩は、やっぱり凄いなあ」
「えっと……」
「先輩。俺やっぱり先輩が好きです。俺、先輩が好きになってくれるよう、本当の意味で格好良い男目指しますね!」
「どういうことなの……」
何だか、よく分からない内に誤解されている。しかも、諦めないらしい。本気か。
私は切実に、これから来るであろう癒しを求めた。
※注意※
本作品中の生嶋くんは超絶イケメンです。ただのイケメンではなく、超絶イケメンです。顔は。
それと、課長は普段は嫌みの多いハゲている課長です。かなり嫌みを言うけど、泣かれると途端に焦ります。悪い人ではないです。