大地と竜
「初めまして。千紘と申します。お会いできて光栄です、殿下」
「レビエントです。こちらこそ、お会いできて嬉しいですよ」
緊張しつつもそつなく挨拶を交わし、ソファに移動するとさっそく待機していた侍女さん達がお茶を用意してくれた。お礼を言ってお茶に口をつければ、その様子を見ていたレビエント殿下と目が合う。
う……、あんまりジロジロ見ないで欲しいわ。でも仕方ないのよね。王族でも貴族でもない女の所に無理矢理連れてこられたんだから。一体何者だと怪訝に思われて当然だわ。
けれど殿下が口にしたのは私の出自や身分に関する質問ではなかった。
「チヒロ、というのは変わったお名前ですね」
「え……あ、そうですね。よく言われます」
「どんな意味なのですか?」
う、うーん。これ言ってもいいのかしら。私がこの世界の人間ではない事はあくまで秘密。意味を教えても変に思われないかしらねぇ。
不安になって部屋を出る前と同じく私の両サイドを陣取っている二人に目配せすれば、何故か満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。この子達……さては全然レビエント殿下の話聞いてないわね。まぁ、仕方ない。ここで黙るのもおかしいでしょうし、なるようになるわ。
「“千”は私の故郷で『沢山の』、という形容の意味があります。“紘”は『地の果て』を表す言葉です」
「つまり、『悠久の大地』ですか」
「はい。大袈裟な名前だと自分でも思うのですが、悠久の大地の様に果ての無い未来が待っているようにと父が付けてくれました」
「素敵なお父上ですね」
「ありがとうございます」
「お二人が貴方を選んだのがまるで運命のようです」
「?」
レビエント殿下の言葉の意味が分からず首を捻る。けれど、それについては説明してもらえなかった。
そもそもどうして名前の意味なんて訊くのかしら。こちらでは『今日は天気がいいですね』と同じように会話を始める常套句だったりする? 今まで訊かれた事無いけど。
「ところで、もしやチヒロさんには家名があるのではありませんか?」
「え?」
「家族とか血族を現す名前です」
「…あります。でも、どうして……」
私は驚きで思わずレビエント殿下の整った顔を凝視してしまった。何故驚くのかといえば、この世界、いえ少なくとも護国の民には『苗字』を持つ風習はないからだ。皆個人の名前だけを親から与えられ、血縁を表す名前は無い。それは家族に重きを置かないからではなく、護国の民は全員竜の血を引いた一つの血族という考えがあるからだ。
「両殿下から珍しい貴方のお名前を聞いた時から気になっていたんです。私の庇護下にも貴方のような変わった名前を持つ娘が居るものですから」
「……変わった名前?」
「ツシマ・アカリ。ツシマが家名でアカリが個人を示す名前。アカリは『故郷を燈す灯り』という意味があるそうです」
「まさか……」
“あかり”なんて私にとって珍しくない名前。そう、日本人としては。
続く言葉を紡げないでいる私に、レビエント殿下は優美に微笑んだ。
「恐らく貴方と故郷を同じくする者だと思いますよ」




