溜息の数だけ幸せが逃げるなんて認めない
休めるのは良いんだけど、ただ馬車の中で揺られているのってやる事無くて結構暇。だからいけないとは思いつつも、ついつい周囲の人々を観察してしまう。
今馬車の中で休憩しているのは私を含めて六人。三十代ほどの男女(多分ここ夫婦)に若い男の人が二人、そして先ほどの大男。夫婦を除いた三人の男性は皆浅黒い肌に黒髪黒目。まず間違いなく黒の国民だわ。
(ん?)
その内一人、先程から頭を下げているからてっきり居眠りしているのかと思ったら、その目にはグレーの布が巻かれていた。
(盲目なのかしら……)
彼の横には細くて長い木製の杖も置かれている。まず間違いなさそう。盲人にこんな長旅は辛いでしょうに。けれど、隣に座っているもう一人の男性との距離は随分近い。それを考えれば恐らく彼らは知り合いの筈。助けてくれる人が居るのなら大丈夫なんでしょうけど。
その時、盲人の隣に座っていた男性と目が合った。しまった。ジロジロ見過ぎちゃったか。そう心配したけれど彼はにっこりと笑みをこちらに向けただけで、気を悪くしたような素振りは無かった。
あぁ、良かった。しかし彼、こうして見ると随分若い。まだ二十二・三って所ね。彼の顔立ちも中東系だから、実際はもっと若いのかもしれない。羨ましいことだわ。
私も社交辞令の笑みを返してからさり気なく目線を外す。天気の良い今日は幌の前後が開けられていて、そこから景色を眺めることが出来る。いいわよねぇ、こういう緑の多い景色って。癒されるわぁ。いつか年金を貰えるような歳になったらこんな田舎にひっこんでのんびり毎日を過ごしたいと思っていたのよね。まぁ、そう考えるとまだ三十路手前だから随分早まっちゃったのかもしれないけれど。
これからどう人生設計したものか、と思わず溜息が出る。会社に戻ればやり途中の仕事が山ほどあるし、来月には友人の結婚式が二件も入っている。あ、そうだ。免許の更新も行かなきゃ。借りているアパートの更新日ももうすぐじゃなかったっけ。
あ~ぁ、やぁねぇ。せっかく綺麗な景色を眺めているって言うのに、頭の中から次々出てくるのは現実的な事ばかり。いえ、やっぱりそれで良いのかもしれない。だって今の私の現状は非現実的過ぎて、こうやってたまには現実的で実務的なことを考えていないとやってられないのかもしれないわ。
(どーしてこうなっちゃのかしらねぇ……)
思わずはぁ〜、と長い溜息をつく。自分の意思ではどうにもならない事なんて嫌って言うほど経験してきたけれど、こんな事態は初めてで正直どうするのが正解なのか分からない。誰かに相談したいけど、話したって信じてもらえないわよ。頭がおかしくなったか、中二病を患ったと疑われるのが関の山。
そうこんな――気づいたら突然知らない世界に来ていたなんて。