お断りは命がけ
「私はこれ以上進めません」
ナキアスとナルヴィを目の前にしてそう言ったアラドに驚き彼を見上げた。
「え? なんで?」
「チヒロ様には分からないかもしれませんが、ここから一歩でも踏み出せばお二人の間合いに入ります。その瞬間、私は排除されるでしょう」
「ちょ、ちょっと怖い事言わないでよ」
「チヒロ様だけなのですよ。この先へ進めるのは」
「…………」
私は恨めしい顔でアラドを睨みつける。けれど彼の表情は真剣そのもの。分かったわよ、行けばいいんでしょう? 私だって此処まで彼らを追い詰めてしまった事に後ろめたさと責任は感じてるんだから。
仕方なく一歩一歩静かに足を進める。するとすぐに二匹の竜は、いやナキアスとナルヴィは私に気づいて顔を上げた。
わぁ、すごい。勿論巨大な体躯の迫力はすさまじい。彼らが片足を上げてちょっと振り下ろすだけで私なんて簡単にぺちゃんこだわ。
けれど実際はちっとも恐怖なんか感じなかった。それよりもなんて言うの?荘厳というか、神秘的な雰囲気と美しさに私は見惚れていた。傷なんて一つも無い鱗は黒曜石のような艶を持ち、まるで一つの芸術品の様。
底の見えない二人分の宵闇の双眸が私の姿を捉える。一瞬そこに宿った温度が胸を締め付けた。私は自然と苦笑する。
「おかしいわね。全然姿かたちが違う筈なのに、確かにあなた達だわ」
そう。人と竜。何もかもが違う筈なのに、私は二人がそうだと迷うことなく断言できた。そんな感覚を自分でもおかしいと思う。思うけど、そこに嘘は一つも無い。
私は向かって左の竜と目を合わせた。
「ナキアス」
そして右へ視線を移す。
「ナルヴィ」
二匹は軽く目を見開く。そしておずおずとその鼻先を私に近づけてきた。顔だけでも車一台分ぐらいはありそうな大きさだ。
私は彼らの冷たい鱗を撫でた。
「ごめんなさい」
二匹は若干首を下げてそのまま目を閉じる。それが一体何に対する謝罪なのか分かっているからだろう。私は言葉を続けた。
「正直、私は貴方達の想いの強さを分かっていなかった。突然だったし、ちゃんと向き合おうとしなかったから。それについては反省してる。二人の本気に対して私の態度は失礼だった」
二匹は瞼を上げる。そこから覗く目にほんの少し期待が篭ったのが分かる。あぁ、私、やっぱり頭からパクンかも。それでも言わなくちゃ。二人に誠実でありたいのなら尚更。
私は一度深呼吸して、二人を見据えた。
「申し訳ないけど、それでも私はあなた達のものにはなれないの」
【同時刻、紅の国】
「おやおや」
「どうしたんですか? レビエント殿下?」
「あぁ、イース。黒の国から知らせが届いてね。見るかい?」
「よろしいのですか? では失礼致します」
「…………」
「…………」
「で、殿下? ここにはナキアス殿下とナルヴィ殿下が竜姿のまま森に篭ってしまったとあるのですが……」
「らしいね。大変だよね、黒の王室も」
「……他人事ですね」
「他人事だからね。それにそこには現状の報告のみで助けを求める言葉は無いだろう?」
「あ、確かに。仰る通りです」
「ならば既に打つ手は用意されているという事だ。まぁ、二人の様子を見に近々訪問しよう。その連絡はしておくように」
「畏まりました。けど……」
「なんだい?」
「竜になって篭ってしまうなんて余程のことがあったのでしょう? そう簡単にお二人は戻るのでしょうか?」
「それは王室が用意した切り札次第だろうね」




