ヤキモチは程々がいい
アラドが優秀なのかそれとも馬が優れているのか。あるいはその両方なのか。馬車で丸一日掛かった距離を三時間程で駆け抜け、アラドと私は城下に着いた。そして街の入口で待機していた騎士の人達から新たな馬を用意され、再び騎乗。乗馬に慣れていない私は腕も痺れているしお尻も痛かったけれど、そんな我侭を言えるような状況ではなかった。アラドも迎えてくれた騎士の人達も皆必死な顔をしていて、それだけでナキアスとナルヴィが人に戻らなくなってしまった事がどれだけ異常事態なのかを私に悟らせる。
今度は騎士から手渡された厚手のマントを頭からすっぽりと被り、お尻の下にクッションを置いてアラドの前に座る。後ろからアラドが手綱を握る形だ。秋風をずっと馬上で浴び続けると流石に寒いのでマントはありがたかったけど、何故全身を隠すような大きなマントを被る必要があるのかしら。そうアラドに問えば、苦々しい顔で回答が返ってきた。
「貴方の体に触れている所を殿下達に見られたら私の明日はありません」
……つまり、ナキアスとナルヴィのやきもち対策ってワケね。
文句は言わずに大人しくマントをきっちり着込む。そしてそこから馬を走らせること一時間。私達は大きな森の前に居た。深淵と呼ばれる由縁が分かるような、暗くてどこまで先が続くのか分からないような深い深い森だ。その前にも数十人の騎士達が待機していた。恐らくこの先に彼らは近づけないのだろう。
「行ける所までは馬で進みますが、途中で徒歩になりますよ」
「えぇ。分かったわ」
騎士達に見送られながら私達が乗った馬だけが森の奥へと進んでいく。
こんなに沢山の人達を心配させて、あの子達は何をやっているのだろう。ヒキコモリなんて不健康な事絶対許さないわよ。あら? でも森にいるなら不健康とは言えないのかしら? まぁ、どちらにせよ精神的には不健康よね。
先程までとは違って森は足場が悪く、獣道はあってないようなもの。馬は中々進まない。入口から更に二時間ぐらい経過した所で私達は馬を下りた。近くの木に馬を繋いで、更に狭い木々の間を進んでいく。まだ夕暮れ前だというのに木々の密集した森の中を見上げても陽の光はなく、薄暗い。こんな所に残される馬は可哀想だ。なるべく早く戻ってこよう。そんな決意をしながら足を進める。けれど流石に疲れてきた。馬に乗るだけでも結構体力は奪われる。私の先を進むアラドは見た目を裏切らない体力の持ち主だけれど、私はそうはいかない。
(おんぶして、とは言えないし……)
そんな所を竜の二人に見られたら頭からパクリかもしれない。あぁ、本当あの子達ってめんどくさいわ。
「チヒロ様」
「何?」
「あそこです」
アラドが立ち止まり、指を差した先にあったのは真っ黒い大きな山――ではない。それは頭を下げて体を地に伏せている美しい黒の鱗を持った巨大な二匹の竜だった。




