君の居ない終焉を待つ
机の上に揃えられた書類を見てアラドは眉根を寄せた。そして何か言いた気にこちらを見る。それもそうだろう。今までこんなに黙々と俺達が仕事を終わらせた事なんてアラドの記憶には無いだろうから。
けれど結局、俺とアスの表情を確認したアラドはいつものように頭を下げた。
「お疲れ様でした。今日の執務はこれで以上です」
「そ、お疲れ」
そっけなく言い捨てる俺にもう一度視線をよこして、それでもやはり何も言わずに俺達の執務室を去っていく。何を言っても無駄だと思っているのだろう。その通りだから俺も何も言わないけれど。
執務室の中は俺とアスの二人だけになった。
「なぁ、ヴィー」
「何? アス」
身を偽っている間でなければ、俺達は互いを呼ぶ時必ず名前を口にする。それは他の人には呼んでもらえない、俺達の存在を確かめる為にいつの間にか出来た習慣。
隣の机に座るアスを見れば、彼は椅子の背もたれにだらしなく寄りかかり、力のない瞳で窓の方を向いていた。一見外の風景を眺めているように見えるが、実際その瞳には何も映っていないのだろう。
「世界ってこんなにつまらないモノだったかな」
「……そうだね」
あぁ、本当に、彼女の居ない世界なんてつまらない。
良くも悪くも俺達の世界を劇的に変えてしまった女性、チヒロ。俺達が王族だと分かっても自分の意志を貫く強さ。それとは反対に抱きしめた感触は温かくて柔らかで。全てが俺達の心を惹き付ける。けれど、チヒロは俺達の前から姿を消した。それでも時間は容赦なく進むもので、あれからもう十日も経ってしまった。その間も俺達の中で彼女の存在感は増すばかりだというのに。
彼女を探そうと思わなかった訳ではない。けれどもう一度見つけて、拒絶されるのが死ぬ程怖い。嫌いだと一言言われてしまったら、俺はその場で喉を掻き切るだろう。
アスが遠くを見つめながらぽつりと零す。
「こんな世界に意味は無いと思わないか?」
「思うよ。その通りだ」
俺は迷うことなくアスに同意する。だって俺もずっとそう思っていたから。俺達は一度視線を合わせ、そして互いに頷きあった。
ねぇ、チヒロ。苦しいんだ。君に逢いたいのに、その体を抱きしめたいのに、それが叶わない俺達の心が分かる? 苦しくて苦しくて堪らない。こんなに苦しいならもういっそのこと俺達はこの世界を放棄するよ。だって、君がいてくれないのなら全てに意味なんてないのだから。
君を見つけてしまった俺達にとって、君の居ない世界は酷く残酷で。それらの全てに背を向けて、黒く塗りつぶした闇の中で君だけを想って眠りにつけたなら。
それは暗くて優しい甘美な誘惑。




