お肌の曲がり角は遥か昔
やはりデスクワークばかりの毎日を送っていたせいか、三時間も歩けばすっかり足が棒。こんなことなら友達みたいにジム通っておくべきたったかも。でもしがない経理事務のお給料じゃ毎月の支払いも馬鹿になんないのよねぇ。独身だから保険料だって自分で支払わなきゃならない。毎年電気料金は上がるし……、っていつの間にか薄給への愚痴になってたわ。いけないいけない。歩き続けているだけの時間はつい考え事にふけっちゃうのよね。
気分を変えようと顔を上げれば、視界に入るのはどこまでも青い空と緑の大地。まだ此処は翠の国内らしい。毎日コンクリと高層ビルばかり見ていた私にとって、何もないこの景色こそがすばらしく新鮮で美しく見える。
「チヒロさん。そろそろ交代する?」
「え! いいんですか!」
待ってましたと言わんばかりに幌付き馬車の方を見れば、くすくすと笑われてしまった。あ~、しまった。出発前は大人の余裕を見せるつもりだったのに。けれどすっかり疲れた足腰は休憩を喜んでいるから仕方ないわよね。
一旦馬車が止まり、荷車を運んでいる御者の人たちも同じタイミングで交代する。幌付き馬車からは四・五人降りてきて、また同じだけの人数が乗り込んで行く。私も最後尾に並んで順番が来たので馬車の端に足を掛け……掛けてるんだけど、中々体が持ち上がらない。何コレ。足腰が疲れているせい? それともミスグレイの美味しい賄を食べているうちに体重増えちゃったのかしら? でも大丈夫よね、だって三日間こうして歩けば体重は元に戻るはず。
「わっ!」
ぐいっと力強く上から引っ張られ、軽々と体が持ち上げられる。気づけば馬車の上で、目の間には体のでっかい色黒の男性が私を見下ろしていた。堀の深い顔立ちに太い眉、癖の強い黒い短髪。中東系、と言えば良いのだろうか。翠の国では見なかった類の顔立ちと体の大きさにちょっと圧倒される。どうやらこの人が馬車に乗り込めなかった私を引き上げてくれたみたい。
「あ、ありがとうございました」
「いや」
それだけ言って中東系のでっかい男性(年齢不詳)は馬車の端に座った。なんだかそっちに馬車が傾いてしまいそうだな。私は反対側に座ろう。彼と私ではバランスは取れないだろうが、せめてもの抵抗だ。
はーっ、やっと休めるわ。バイト代で旅用にと皮の厚いブーツを買ったのだけれど、足の裏はすっかり痺れて熱を持っているし、ふくらはぎはパンパンだし、腰は痛いし。日焼け止めなんて無いから今日は焼けただろうなぁ。とっくの昔にお肌の曲がり角を過ぎた私にとっては結構痛い問題なのよね、これ。今この国の季節は秋だけれど、秋を迎えたばかりで昼間の日差しはまだまだ強い。あー、シミができたらどうしよう。