素直な双子にもご用心
彼らは最初から私に嘘を付いていた。それを知っていて、私はスルーした。短い付き合いなのだからあえて指摘する事でもないと思っていたし、面倒事に首を突っ込むのも嫌だったから。彼らが毎日“アス”と“ヴィー”を入れ替えていたって、呼び方に迷うくらいで他に私に影響はなかった。
けれど急にベタベタしだした事は別。人との距離を測らない、過剰なスキンシップは好きじゃない。他人に自分の領域を踏み荒らされるような無遠慮な振る舞いは、大人の私にはスルー出来ない。
そう思って目の前の男を睨みつければ、彼の目が熱を帯びたように甘ったるいものに変わった。
(え?)
どうしてこの緊迫した場面でそうなるの!?
彼がベッドに近付いてくる。慌てて逃げようとしても彼の方が早い。私はベッドの上でアヒル座りの体勢のまま、左手を取られた。
手首の内側に彼の唇が触れる。
「ちょ……」
「チヒロ」
「……何よ」
男性にしては柔らかい唇の感触と甘さを帯びた声に動揺した心を隠して、目の前に迫ってくる黒い瞳を睨みつける。
「ごめん」
「…………」
正直、ここで謝られるとは思っていなかった。予想外すぎて返す言葉が出てこない。すると静かにベッドルームの扉が開く。そこから顔を出したのはもう一人のアス。目の前の彼そっくりの姿かたちをした男性がこちらに向かって歩いてくる。彼は黙って空いた右手を取り、手首に唇を落とした。
「嘘をついてごめん。チヒロ」
「…………」
黙ったままの私の反応をどう捉えたのか、彼らは懇願するように今度は手のひらにキスをする。そして左手を握っている彼から順に口を開いた。
「俺はナキアス」
「俺はナルヴィ」
成る程。彼らの本名を縮めたものを私は今まで呼んでいたらしい。
「無事に此処に着くまでは本名を明かせなかったんだ」
「双子である事を隠す為に盲目のフリを?」
「いくら変装していても同じ顔が並んでいれば目立つからね。堂々と顔を隠すにはアレが丁度良いんだ」
そう説明されれば納得がいく事は多い。弱者のフリをすれば、変に武装するよりも厄介ごとには巻き込まれにくいのでしょうし。身を偽って行動していたのだから突然の同行者となった私に事情を話せないのも仕方が無い。でもまさか、命を狙われているとかそういう事情じゃないわよね?
「許してくれる?」
二人の青年から縋るような目を向けられ、私は長い溜息を吐いた。正体を隠して行動しているからには特殊な事情がある二人なんでしょう。この場合、許すしか選択肢が無いじゃない。
「分かったわ」
そう答えた途端、二人は目を輝かせた。それを許してもらえた喜びからだと単純に捉えた私は、直ぐに後悔することになる。




