仏の顔も三日まで
ここはどこ? 私は誰? なんて、使い古されて面白くも無い常套句。けれど目が覚めたら見た事もない豪華なキングサイズのベッド上なんてシチュエーションなら、思わずそのフレーズが浮かんでも仕方ないと思わない?
「……どういう事?」
なんだか最近、この台詞ばっかり口にしている気がするわ。
アス達を迎えに来たという馬車に乗った所までは覚えている。連日の歩き疲れと、多分慣れない環境に加えて訳の分からない若者の奇行に対する気疲れもあって、いつの間にか揺れる馬車の中でうとうとしてしまった気もする。傍に暖かい体温があったことも一因なんでしょう。人の体温って気持ちが良いのよね。そんなこと、ここ最近忘れてたわ。
(可能性が一番高いのは、アス達の実家)
二十畳は有りそうなベッドルーム。これが客間なのだとしたら相当のお金持ちに違いない。植物の蔓の様な刺繍が施されたカーテンの隙間からは夕陽が差し込んでいる。馬車に乗ったのは昼食後だったかしら。結構な時間寝ていたみたい。
肌触りの良いシーツを抜け出せば、シルクのようなワンピースが顔を出す。
(……ん?)
ちょっと待って。これはどういう事?
当然ながらこんな良い寝巻きを私が持っている筈が無い。ならばこのお屋敷の物を誰かが着せてくれたのだろう。けれど一体誰が?
「あ、チヒロ。起きた?」
両開きの大きなドアから絶妙なタイミングで顔を出したのは馬車の中でずっと私の肩を抱いていた男だ。彼の満面の笑みが嫌な予感を呼び起こす。
「馬車で寝ちゃったからね、起こすのも可哀想だと思って寝かせておいたんだ。こんな時間まで起きないなんてよっぽど疲れてたんだね」
「……ねぇ」
「ん? 何?」
「私の服は?」
「あぁ、今洗濯中。その間あっちのクローゼットに服が適当に入っているから好きに使って」
「……えは?」
「え?」
「着替えは? 誰がやってくれたの?」
「俺」
にへら、と顔を緩ませる。それを見た私は、――キレた。
「何故? どうしてあなたがそれをするの? こんな大きなお屋敷だったら女性の人はいくらでもいるでしょう?」
「え〜、だって見たかったんだもん。チヒロの着替え」
「ふざけないで!!」
大きな声で怒鳴りつけた私に、彼は目を丸くした。
私だっていい歳の大人よ? 人には色々な事情がある事も分かっているし、逐一それを聞きだそうとも思っていないわ。でもね、いい加減限界なの。あまりに不可解な事が多すぎて、こっちは不快度指数が上昇しっぱなしなのよ! スルー出来る事と出来ない事があるの。今までの彼らの奇行が全部子供のお遊びならこれ以上付き合ってなんかいられない。
「え? なんで怒ってるの?」
「……ねぇ、私は貴方のことをなんて呼べばいい?」
「? だからアスって呼び捨てで良いって……」
「そうね。今朝からのあなたはアスだった。でも、昨日はヴィーだった」
「チヒロ……?」
「今のあなたは、一体誰なの?」




