手をつなごう
「さむいなちきしょー」
吐く息が白い。薄い雲が覆った冬の空に向かって悟司は毒づく。
「汚い言葉、使わないで」
半ば本気で珠緒はそんなことを言う。
「寒いからさむいって言ってんだよ。何が悪い」
荒い言葉で悪態をつく悟司は、でも歩幅を広げようとしない。しっかりと珠緒の歩くペースに合わせている。どこにいくわけでもなく散歩に出た二人は、近所に有る、普段は目にも留めなかった小さな山に登っていた。
「しっかし、何もないな」
あっという間に登った山頂を見て、悟司はそう言い放った。
「仕方ないじゃん。こんなところ、滅多に人なんかこないんだから」
珠緒は少し上がった息を整えながらフォローする。山の頂は少しだけ開けていたが、特に目のつくものは確かに何もなかった。言うなればただの公園という趣である。
「にしてもさ。せっかくここまで歩いてきたんだしよ」
悟司が首をぐるぐる廻し辺りを探ると、広場の隅にひどく草臥れたベンチを見つけた。二人の足は自然とそこに向かった。
「どうして離すの?」
座るとき、珠緒は繋いでいた手を離した。
「だって、座るんでしょ?」
まだ座らない悟司を見上げ、珠緒が言う。
彼はドカッと腰掛けると、無言で彼女に手を差し出す。その手を見て、彼女は可笑しげに微笑む。
「何が面白い」
なんだか馬鹿にされているようで、悟司はふくれっつらをする。でも、差し出した手は引っ込めない。
どんどん冷やされていく掌に、小さなそれが置かれ、重ねられた。
悟司は当然の如く自分のそれとともに、結んだ掌をコートのポケットに突っ込んだ。
「あ、あれ」
ベンチの目の前は開けていて、遠くに海岸線が見えた。
「あー。高校ね」
「うん、小学校もある」
「あそこ、俺んち」
そうやって暫く自分たちの知っているところを指差して遊んだ。
海は厳しく飛沫を上げ、空は陽を遮る薄い雲に覆われている。
「寒い?」
悟司が訊く。珠緒は首を横に振る。繋がれた掌は、二人を温めていた。
「もっと近くに来るか?」
彼は二人が通った学校を眺めながらそういう。そして珠緒の肩を抱く。
彼女は無言でお尻をずらし、悟司に体を寄せる。
「あったかい」
彼女は小さくそう零す。
「何?」
「ううん。なんでもない」
珠緒はなんだか可笑しくなる。
「なんだよ、変なやつ」
悪態をつく悟司の顔には、穏やかな微笑が湛えられていた。