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七話 「神様」の強襲

「人違いでしたすみませんさようなら!!」

 一息にそう言って私は勢いよくドアを閉めた――が。

 うあああ閉まらない! こいつどっかの悪徳訪問販売員みたいにドアに足突っ込んできてやがる!!

 慌ててその足を追い出そうとするも、私の足より一回り以上大きなそれは全く動く気配を見せない。追い出せないなら思いっきり挟んでしまえと、外開きのドアを引っ張ってどうにか閉めようとしたけれど、がっちりと掴んでくる手に阻まれそれも叶わない。

「足癖が悪いな、君は」

 うっさい今それどころじゃないんだ!

 こっちは全力でやっているというのに、アレフレートには微々たるものなのか、まるで堪えた様子がない。足も手も一ミリだって動いていない。

 まるで私が一人あたふたとパントマイムをやっているかのようだ。

「瑞岡絵里、このドアを開けてくれ」

 誰が開けるか! 夜遅くに親しくもない女一人の部屋に堂々と乗り込みたがるような男は部屋に上げるなと、両親からも口を酸っぱくして言われているのだ。

 一人でうんうん唸っていると、頭上からアレフレートのため息が聞こえてきた。

 諦めてくれるようだ――そんなことを考える間もなく、無理やりドアを開かれた。勢い余って私はそのまま彼の胸に突っ込んでしまった。慌てて離れようとしたけれど、それよりも早く彼の手は私の口をふさぎ、動きを封じ込める。

 片手だけで首をへし折れそうなほど大きな手に、思わずひっと声が漏れた。

「いくつか君に尋ねたいことがある。騒がないと約束してくれたら、この手を離そう。

 俺も君に無体な真似はしたくない」

 部屋に上がらず、速やかにお帰りいただくという選択肢は残ってないみたいだ。こちらを見抜く茶色の目が怖い。

 私は素直にこくこくと頷いた。そんな従順な態度を示す私に、アレフレートは「よし」と一つ頷き返して、私の口をふさいだまま部屋の中に押し入った。

 ドアの閉まる静かな音に私はますます畏縮した。

 そして今気付いたことが一つ。彼は町で見かけたときと同じ、あの大きな「く」の形をしたものを背負っていた。どんな場所でも持ってくるとは、よっぽど大切なものらしい。私としては、こんな夜中にたかだか小娘一人に会うのにそんな妙なものを持ちこんでほしくない。

 初めてきた町の宿の一室に、強面の男と二人きり。……どっちに転んでも嫌な予感しかしてこない。

 部屋の真ん中まで入ってきて、ようやっとアレフレートは手を離してくれた。

 一歩後ろに下がって彼から距離をとる。あからさまな私の行動を気に留めるそぶりも見せず、彼は一息ついて話し始めた。

「まず単刀直入に聞こう。なぜ君は生きている?」 

 ………初っ端から失礼ですね、あんた。

 まるで私が死んでいるのが当然みたいな言い草だ。まあ、初めて会ったときから私は死者扱いだったし、その時から彼のスタンスは変わってないらしい。

 言い返したい気持ちをぐっと抑えて、私は彼の問いに答えることにした。

「ロイさんに助けてもらったんです。死にかけていた私を見つけて、手当てしてくれました」

「ロイ……昼間一緒にいたあの金髪の男か」

 うわあ。思いっきりバレてた。

 せっかく隠れてやり過ごせたと思っていたら、とんだ道化だったらしい。

 アレフレートは密かに落胆する私を見つめながら「あの男は何だ」と聞いてきた。

「私の命の恩人ですけど……」

 何だ、と言われてもそうとしか答えようがない。いまいち質問の意図を掴めず語尾が疑問形になる私に、彼は眉を小さく動かす。

「そういうことを聞いているわけではない。

 なぜ君は生きている? 君の肉体の損傷は激しく、事故後間もなく荼毘に付されたはずだ。

 確かに俺と君は回廊で出会い、君は回廊からこの世界に落ちた。だがその時君は魂だけの状態だった。その状態から奴はどうやって君を助けた? あの男は何者だ」

「え、あの、その……」

 矢継ぎ早に繰り出される問いに、私は戸惑った。

 そう聞かれても私自身良く分かっていないのだ。

 そもそもアレフレートの話と私の記憶には違うところがある。

 彼の話だと私は魂だけでこの世界に来たということだけど、私が目覚めたときには普通に体もある状態で怪我もしていた。あの気も失ってしまうような痛みは夢じゃなかった。それに、ロイに助けてもらったのはその後だ。

 アレフレートと私の認識が一致するとすれば、ロイが私を生き返らせて半殺しにした後、森の中に放置し、また助けるなんてことをしたということになる。

 誰がそんな馬鹿馬鹿しいことするんだ。

 いくらロイの騎士願望が強いっていっても、そんな人道に外れた回りくどいことをするより素直に人助けする方が楽しいだろうし、する意味がない。

 それに彼はそんな人を生き返らせるような魔法を覚えている様子もなかった。この世界の魔法は皆が使えるような代物じゃなくて、ある程度の修練や知識を得ることでやっと行使できるものらしいのだ。

 ていうかあの人は確かに変な人だけど、そういうことをするような人じゃない。

 私の言外の非難に気付いたようで、アレフレートは思案するように視線をさまよわせた。

「俺と君とでは意見の食い違いがあるようだ。命の恩人というのは大きいか。

 ――まあいい」

 考えがまとまったらしく、アレフレートは視線をこちらに定めると、背負っていたくの字型の大きなあれを右手に携える。

 巻かれていた布をくるくると解いていく様を見ながら、私は今更気付いたことに戦慄した。

 布の合間から見えてくる、銀色に光る金属みたいなもの――まさかあれって刃じゃないんだろうか。そうだ、くの字型の刃物っていえば鎌じゃないか。なんで私気付かなかったんだろう。

 神様に鎌。

 神様は神様でも、死神様でしたってこと? 良く考えたらそうだよね、あんな穏やかじゃない雰囲気と「魂を輪廻の輪に導く」っていう話は死神にぴったりだ。

 ということはその鎌で私を――……

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 慌ててそう言ったけど、彼はこちらを見据えたまま器用に布を解く手を止めることはなかった。

「静かにしていればなにもしないって話じゃなかったんですか!?」

「何もしないとは一言も言っていない」

 ずるい! 普通ああ言われたらそういうふうに受け取るじゃん!

 とうとう布は全て取り外され、予想していた通りの大鎌が姿を現した。綺麗に磨かれた刃に、ランプの光が反射して不気味な色を放っている。

「君の誤解を解くのも真実を究明するのも、まずは君の魂を保護してからだ」

 そう言って、アレフレートは一歩こちらに踏み出した。

「……や、やだ……」

 知らず、弱々しい声が自分の喉をついて出る。一歩彼がこちらに近づく度に、私は数歩後ろに下がった。

『保護』なんてオブラートに包んだ言い方しても、結局は殺すってことじゃないか。

 また一歩近づくアレフレート。私も後ろに後ずさって――

 突然ふくらはぎに何かがぶつかって、私はバランスを崩し後ろに倒れた。次いで襲ってくるであろう衝撃に目をつむる。が、私の背中に伝わったのは、硬い床の感触ではなくて柔らかい布の感触だった。

 そうかベッドだ。

 でも床に転ばなくて済んだことにほっとする暇はない。逃げ道がなくなったのだ。

 どうにか立ち上ろうとしたけれど、足が萎えてしまって這いずるようにしか後ろに下がれない。どうしよう、こんな状況で腰が抜けるなんて。ずるずると後ろに下がっていくうちに、背中が硬いものにぶつかった。――壁だ。

 鏡面のような刃に、怯えきった私の顔が映っている。

「そんなに怯えなくてもいい。痛みはほんの一瞬だ、なんなら目をつむっているといい。

 ――君も元の世界に帰りたいだろう?」

 気持ち悪いくらい優しい声でアレフレートはそう囁いてきた。

 その囁きの思わぬ内容に、私は視線を鎌から彼に移す。

「……帰れるの?」

 だけどその一縷の希望も、次のアレフレートの一言であっさりと打ち砕かれてしまった。

「君は一度死んだ身だ。家族、友人に会うことは出来ない。が、元の世界になら帰ることはできる」

 それじゃ意味がないじゃないか!

「なら余計嫌です! 家に帰れないのに殺されなきゃいけないって意味分かんない!」

 苦し紛れに手元にあった枕を投げる。だけどアレフレートは右手で鎌を持ったまま、平然と左手で枕を弾き飛ばした。

 だめだ。ロイが来る気配もないし、このままだと保護という名目で殺されてしまう。

 せめて誰かがこちらに気付くまで時間を稼がないと。

 さっき考えなしに枕を投げてしまったため、もう使えそうなものは残っていない。私に許されることは口を動かすことだけだった。

「私本当に死ななきゃいけないんですか? せっかく助けてもらったのになんで殺されなきゃいけないんですか」

「何度も言っている。一度死んだからだ。

 それに君はこの世界ではなく私たちの世界のものだ。私は君の魂をここから連れ戻し、保護しなければならない」

 何それ何それ。それって私を物扱いしてるわけ? すごい腹立つ。

「じゃあなんですか、私が死に損ないだから死ねって? 死んでないから死ねって、それで死ねる馬鹿がいるか!」

 私がそう言った瞬間、アレフレートの眉間にしわが寄った。

 まずい。怒りに任せて彼を怒らせてしまった。

 でもさっきの大声でロイが危機を察して来てくれるかもしれない。

 ベッドの上に座り込んだまま、ぎゅっとシーツを握りしめて彼を見返した。右腕を取られ引き寄せられる。

「君の憤る気持ちは分からないわけでもない。後で存分に聞こう」

 そんな同情のかけらもない言葉とともに、凶悪に輝く鎌が私の首に添えられる。刃の冷たさが触れてもないのに伝わってくる気がして、私は身じろぎもせずただ息をすることしかできなかった。多分、相当情けない顔してるんだと思う。

 誰か助けて。

 ぎゅっと目をつむると、涙が目の端に滲むのを感じる。

「怯えなくてもいい、これが一番楽な方法だ」

 空気が動いて、衣擦れの音がする。鎌が振り下ろされる。

 次いでくるであろう痛みに歯を食いしばった。


 ……あれ?

 しかし覚悟していた痛みは来ず、その代わりにドアを開け放つ乱暴な音が響いた。

 次の瞬間アレフレートに引きずり倒され、壁に何かが刺さる鈍い衝撃がやってきた。

 なに? 何があったの?

 おそるおそる目を開いて上体を起こす。目の前にはアレフレートの大きな背中があった。大きな背中越しに見えるあの明るい金髪は――ロイだ!

「ロイさん!」

「大丈夫かい、エリー」 

「は、はい!」

 彼は私を視界に認めると、安心させるように優しい笑顔を見せた。なんだかいつもより三割増しにきらきらして見える。まるで本当に何かのヒーローみたいだ。

 彼はそんな私にいっそう優しく微笑みかけた後、一転して厳しい視線をアレフレートに投げつけた。

「アレフレート、だな。エリーから離れてもらおうか」

「……お前に名乗った覚えはないが」

 あからさまな警戒と苛立ちがこもったアレフレートの声。私に向けられていたよりも更に威圧感が増している。

 ロイはアレフレートの言葉に眉を小さく動かして、腰に佩いていたあの古い剣を抜き正眼に構えた。

「彼女から話は聞いている。その鎌を下せ。彼女から離れろ」

 ロイの言葉にアレフレートは大人しく従った。

 と思ったら、ロイと自身の間の空間を切るように大きく鎌を薙いだ。鎌の刃は幅広でそれなりに重量があるはずなのに、アレフレートの手にかかればまったく重さを感じさせない。

「剣を抜くからには相応の覚悟があると見た。

 だが、お前の相手などしてられん」

 そこで言葉を切ったアレフレートは、まるでさっぱり興味をなくしたかのようにロイに背を向けて私に鎌を下ろした。

 が、耳障りな金属音に動きを阻まれる。ロイの振るった剣に鎌を絡め取られたのだ。

「エリーから離れろ」

 一層声が低くなったロイを、アレフレートは改めて見返した。存外に表情豊かな声音に比べ、顔は能面のように変わらないので、無言でいられるといまいち彼の心情が掴めない。

「めい」があるようには見えないが――そう呟く声がかろうじて聞こえてきた。「めい」? なんのことだろう。名、姪、命――どれも違うような気がする。

 意味不明な呟きに一瞬気を取られた私を、アレフレートは一瞥した後「無理だな」とロイの言葉を一蹴した。

「彼女を保護するのが俺の仕事だ」

「保護?」

 そうおうむ返しに口にしたロイはますます眦をつりあげる。

「怯える女の子に物騒なものを向けることを保護っていうのかい?」

 ぎぎ、と金属がこすれ合う音がしてくる。二人の剣と鎌の力が拮抗しているみたいだ。

 無言で睨みあう二人。

 いくら双方の顔合わせが今回初といえど、自分の知り合いが凶器を持って睨みあうというのは、想像していたよりも精神的にくるものがある。いつ斬りあいが始まってもおかしくない雰囲気に、私は動くことが出来なかった。

 ロイが人を傷つけるのも傷つけられるのも見たくない。だからといってアレフレートの言う通りにもしたくない。今日はこのまま穏やかに終わりにする、なんてことはできないんだろうか。

 目だけを動かして二人を見比べる。

 ……なんだか無理そうだ。

 少しずつ金属音が大きくなるにつれて、どんどん場の空気が凍りついていく。

 二人とも相手の出方をうかがっているみたいだ。どちらが、先に動くのか。


 ――だけど、その睨みあいを終わらせたのは当人達でも私でもなく、全く別のものだった。


 ピピピピピ、と聞きなれた電子音。

 魔法のあるこの世界に場違いすぎるその音は、目覚まし時計の音に良く似ていた。

 思わず目をしばたかせる私と、初めて耳にしただろう音に警戒心を強くするロイ。そんな私たちを横目に、アレフレートは左手を鎌から外して手の甲を見やる。その手首には腕時計が巻かれていた。

 この世界にあわせているのか、現在のアレフレートの姿は身軽な旅人そのものだ。その上鎌まで振り回しているので、何も知らない人からみれば普通にこの世界の住人だと思ってしまうだろう。だけど腕時計のデジタル音が私と彼を現代の糸でつないでいた。

 アレフレートは小さく舌打ちすると、無造作に鎌を握る腕の力を抜いた。拮抗していた力がなくなってバランスを崩しかけるロイ。彼が体勢を立て直した時には、すでにアレフレートは背中の定位置に鎌を収めていた。

「――な」

 ロイが驚いて目を見開く。私も思わず息をのんだ。

 アレフレートの足が消えている。

 脛、太もも、腰――と順に透けながら消えつつあるというのに、当のアレフレートは意に介した様子も見せず口を開いた。

「まったく、とんでもない邪魔をしてくれたものだ。こちらにも都合があるというのに」

 そこで一つため息をついて「まあいい」と呟いたアレフレートは、再びこちらを見やった。その拍子に、背中の鎌がランプの明かりに照らされて凶悪に光る。

「また来る」

 いえ、もう来なくていいです!

 ぶんぶんと首を横に振る。そんな私を、彼はすっと目を細めて見返してきた。

「君が嫌でも諦める気はない」

 その一言を最後に、アレフレートは姿を消した。


「――エリー、怪我はないかい?」

 鞘に剣を収めてこちらに歩み寄りながら、ロイが気遣わしげに尋ねてきた。

「大丈夫です、ありがとうございました」

 多分、あと少し遅れていたら私の命はなかった。

 ほっと胸をなでおろす私の頬に、ロイの手が添えられた。

「そう。よかった、間にあって」

 そう言って、安堵した様子で微笑むロイ。だけどその笑顔もすぐに消え、彼はさきほどまでアレフレートがいた空間を厳しい顔で見つめた。

「それにしてもあの男、自分のことを神というだけはあるね。空間を移動する魔法が使えるなんて相当の魔力の持ち主だ。それにあの体、かなり鍛えてる。

 僕も体力だけは自信があるけど、魔法は使えないからね……」

 そういえばこの世界に魔法があると初めて聞いたとき、ロイに魔法が使えるのかとたずねたことがあった。その時の答えはまさに、今彼が呟いた台詞そのままだった。

「魔力はそこそこあるけど、使う才能ってやつがないと近所の占いばあさんに言われたよ」と彼は笑って言っていた。

「でもそれだけの力があるわりには、鎌を使うなんてずいぶん直接的な行動をとるんだな」

 訝しげにそう独りごちたロイは、ふと私の頭上に視線を向けた。

 彼に続いて顔を上に向けると、壁に小ぶりのナイフが深々と突き刺さっているのが見えた。なんだか見覚えのある代物だ。

 そうだ、これってロイが木で細工物を作るときに使っているナイフだ。

 結構大事なもののようで、まめに手入れをしていたのを覚えている。

 ロイはそのナイフを一気に引き抜くと、腰に佩いていた小さな鞘に収めた。引き抜いた音が地味に鈍くて大きい。

 ……大切なナイフをそこまで深く突き刺さるほどに投げていたということは、ロイさん実はかなりキレてたんじゃないんだろうか。

 ナイフが刺さっていた場所は座っている私の頭からは程遠いところだが、立っていたアレフレートには確実に刺さる位置だ。それもまた彼の心情が垣間見えるような気がする。

「怖い思いをさせてごめんね、エリー。

 今夜はもう来ないだろうけど、念のため警戒はしておいた方がよさそうだね。

 ちょっとごめん」

 ロイは足元にひざまずくと、内心びびる私の足から自然にかつ素早い動きで靴を脱がせた。大きな手が、私の足を労わるように触れてくる。

 うう、多分まめの様子をみてくれているだけなんだろうけど、ちょっと心臓に悪い。

「薬、つけておこうか。化膿するとよくないからね」

 そう言って懐から薬と包帯がわりの布をとりだして、丁寧にまめの処置を始めた。

 この角度からだと、髪と同じ金色のまつ毛の長い様子が良く見える。その長さ、羨ましすぎるんですが。

 こうしてみると、彼は木こりなんかじゃなくて、実は王子様か何かじゃないかと思ってしまう。

「はい、終わり。布はきつくない?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 礼を述べる私に、彼は「どういたしまして」と微笑んだ。

「君はもう眠るといい。明日は早めにここを出るからね」

 ベッドに私を寝かせてそう続けた彼は、そのまま部屋を去るかと思いきや、部屋に備え付けの椅子に腰かけてナイフの手入れを始めた。

 ……もしかして今晩ここで見張りをするつもりなんだろうか。

 私の視線の意図に気付いたのか、こちらを見たロイはあははと笑って頭をかいた。

「念のためにしばらくここにいるよ。少し気になるかもしれないけど、何もしないから安心して」

 何かする云々に関しては、そこまで警戒していない。もしその気があったのなら、それこそ村を出る前に手を出されていたはずだ。

 ロイは騎士に憧れを持ちすぎて、そういうことに関しては必要以上にストイックな面があるみたいだ。テンションあがりすぎてのスキンシップは多いけれど、下心は感じない。どころか、時々小さな子扱いされるときもある。

 ……多分、私が女として見られてないってことなんだろうなあ。

 なんとなく複雑に思いながら、肩までかけられらた薄い毛布を口元にまでひっぱりあげる。

「ロイさんもあんまり無理しないでくださいね。明日早いのはロイさんも一緒だから」

 そう言いながらも、彼がここにいてくれることに少しほっとしている私がいた。目を閉じると、アレフレートの鋭い目と鏡面ような刃の鎌が脳裏によみがえって、一人でいるのが怖くなる。

 これじゃあ子供扱いされても仕方ないのかも。

 サイドテーブルの上に載ったランプの明かりで、いつもより陰影の濃くなったロイの顔がとても大人びて見えた。

「おやすみなさい」

「おやすみ、エリー」

 彼がいてくれたせいか、想像していたより早く眠りにつくことができた。




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