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六話 「神様」との遭遇

 ――アレフレートがすぐそこにいる。


 彼の姿を凝視しながら私は息をのんだ。

 しかもなに、なんなのあれ。

 アレフレートは大きな何かを背負っていた。長い棒の先に、それよりも少し幅の広い緩い弧を描いた棒状の何かが垂直にくっついている代物だ。その幅広の弧の部分には布が巻きつけてあるため、その棒の正体が分からないようになっている。

 ひらがなの「く」の形をしたかなり何やら怪しげなその物体に、周りの町の皆さんも引いているようで、彼の周囲だけぽっかりと穴があいたようになっていた。

 ほんとにあれはなんだろう。あんな特徴的な形をもっているんだから、結構分かりやすそうな感じなのに。

 正体を見極めようと彼とその物体をじっと見つめる私の視界を、ロイが割りこむ形で遮った。

「エリー、あまり見つめてたら気付かれてしまうよ。僕の影に隠れて」

 ロイの言うとおりだ。まだ気にはなるけど仕方ない。いつこちらに目を向けるとも限らない、アレフレートの様子を見るのは彼に任せておこう。

 大人しく言葉に従う私に一つ頷いたロイは、顔をほんの少しだけ動かしてアレフレートの様子をうかがう。目はアレフレートを捉えたまま、彼は傍に立つ私にも聞こえるかどうかの小さな声で呟いた。

「まさかいきなりここで見かけるとはね。

 そうだね、こういう旅っていうのは苦難があってしかるべきものだ。姫を連れだす騎士の後をならず者達が追いかけて――」

 ……どことなく彼の目が輝いて見えるのは私の気のせいですか。

 思わずロイを見上げる目が胡乱なものになってしまうのは仕方ない。

 まさか奴と直接対峙したいとか言い出さないよね? 私は嫌だよ、初対面で輪廻とか異世界とか言い出すような危ない人とは関わりたくない。

 ……でも、あの人、唯一のてがかりっぽいんだよな……

 ロイと壁にサンドイッチされた状態のまま、私は一体どうするべきか思い悩んだ。どっちに転んでも嫌な予感しかしない。『どっちを選んだら良い』のかじゃなくて『どっちを選んだらまし』なのかという選択になっているような気がするあたり、なんだか切なくなってくる。


 それからどのくらい経っただろうか。いいかげんじっと立っているのも辛くなってきた頃、ロイはようやっと息をついて私の傍から離れた。

「良かった、気付かれなかったみたいだね。

 エリー、大丈夫? 怖かっただろう?――ああ、手もこんなに冷たくなって」

「そんな気にしなくても大丈夫です、私もともと冷え性の気があるので」

 私の両手をぎゅっと握り、痛々しそうな目で見てくるロイに笑ってそう応える。だけどなぜか彼は私の顔をその手を見比べた後、ますます痛ましそうな視線を送ってきた。

「いえ、ほんと大丈夫なんで。ロイさんにそんな顔されたらこっちがつらくなってきますって」

 ていうか冷え性って言っただけなのに、なんでそんな目をされなきゃいけないんだ。

 どうにか説き伏せて、私は彼の手を離してもらうことに成功した。

 前々から思っていたけど、彼は私を普段から一体どういう目で見ているんだろう。なんとなく分かってはいるんだけど、すごく気になる。

 絶対なんかのフィルター通して見てるよね。

 そんな私の心のうちなど露知らず、ロイは通りの様子をうかがっている。彼に倣って私も彼の背中に隠れるようにして、通りを見渡した。

 どこかの店にでも入ったのか、アレフレートの姿はない。妙な物を背負っていた奴のことだ、店の人に不審者扱いされてすぐにでも追い出されるかもしれない。

 これは今のうちに逃げるべきだな。うん。

「あいつがいないうちに、早くここから離れた方がいいね」

 どうやらロイも同じようなことを考えていたようで、彼はこちらに顔を戻してそう言った。私も同意して「そうですね」と頷く。

「幸いなことにあちらは一人だけみたいだから、うまく撒くことが出来るかもしれない。

 本当ならアウトナをさっさと出発する方がいいのかもしれないけれど……僕は大丈夫として、エリー。君は歩くのも結構つらいだろう?」

 そう言って見下ろしてくるロイに、私は思わず小さく唸ってしまった。

 あまりそういうこと言わないでほしい。せっかく考えないようにしてたのに。

 実はアウトナに着く前にどうやらまめがつぶれてしまったみたいで、歩くだけでも結構な痛みがあるのだ。

 心頭滅却。あまり意識しないように心がけているけど、そうそう痛みは消えるものじゃない。自然と歩き方も引きずるようなものになっていたから、彼にばれていない訳がなかった。

 歩くのは嫌だけど、見つかるのも嫌だ。わがままなことを考えて、私は一つたずねた。

「次の町まではどのくらいあるんですか?」

 せいぜい今日みたいに一日くらいだとたかをくくっていた私に、ロイはあっさりと「二三日かかるよ」と答えた。

「そんなにかかるんですか?」

「かかるよ。だからこそ、アウトナはこうして宿が多い町になったんだ。

 流石に僕も病み上がりの君に無理をさせたくはないからね。ここで一泊していくつもりだよ。この町に知り合いがやってる宿屋があるんだ。

 まだ少し歩くけど大丈夫かい? 見つからないように裏通りを行くから少し遠回りになってしまうんだけど。もしきつかったら、僕がおぶっていこうか?」

 そ、それは遠慮しておきます!

 慌てて両手を振って断る私に、ロイは少し残念そうな顔を見せた。

「遠慮しなくてもいいのに」

 歩けないほどの怪我をしたならともかく、まめがつぶれた程度でおんぶされるのは情けなさすぎる。しかもロイみたいな背も高くて人目をひく男の人に、往来でおんぶされるとくれば、恥ずかしい上目立ってしょうがない。

「恥ずかしいからいいです。それにまだ私、歩けます」

 なおもロイは残念そうに絡んできたが、私はそれを丁重に断った。話の合間にちょいちょい出てくるおとぎ話から察するに、どうやら彼はお姫様を抱えて追手から颯爽と逃げる騎士の役をしたいらしい。

 あんた本当におとぎ話好きだな!

 そんなどうでもいい理由で恥ずかしい思いはしたくないよ、私。

 そんな会話をこそこそ小声で交わしながら、私たちはロイの知り合いがやっているという宿屋を目指すことにした。

 アレフレートがいるであろう表通りには出ずに、路地裏からそのまま裏通りに入る。活気のあった表通りとはうってかわって、裏通りは人もまばらで静かだった。道が細くて建物に囲まれているせいかどこか薄暗く、空気もどことなく沈んでいるような雰囲気がある。

 表通りにあるような露店はなく、その代わりに木箱やがらくたが端に置かれていて雑然としていた。まるで飲み屋街の裏を歩いているような感じだ。

 治安もその分悪そうで、私は横を歩くロイにくっつくようにして寄り添った。

「恐がらなくても大丈夫だよ、エリー。ここは見た目ほど治安も悪くないから、絡まれることなんてそうそうないよ」

 私の不安を感じ取ったのか、ロイは安心させるようにことさら優しい声音でそう言った。

「手でもつなぐ?」

 おお、思いっきし子供扱いだ。

 彼の言葉に甘えて――でも手をつなぐのはちょっと恥ずかしいので、服の端を掴むことにした。

 ロイの忍び笑いする声が頭上から降ってくる。

 ……なんかこっちの方が恥ずかしいような気がしてきた。

 だけど今更手を離しても余計恥ずかしさが増すような気がしたので、そのままでいくことにした。

 途中何人かの人とすれ違ったが、彼らはこちらに視線を向けてきただけで、ロイの言うとおり絡まれることはなかった。口笛を吹かれることはあったけどそれはもう知るか!


 いくつか角を曲がって、道がやっと「通り」と言えそうな広さになってきた。それにつれて人通りも少しだけ増えてくる。

 その通りを少し歩いたところでロイは足を止めた。

「ここだよ」

 そう言う彼の前には一軒の店があった。通りに見えるようにかけられた看板には、ベッドらしき絵が彫られている。どうやら店じゃなくて、宿屋みたいだ。

 ここが知り合いの経営している宿屋なんだろう。

 宿に入っていくロイの後に私も続く。

 ドアをくぐると、少し手狭なフロントが私たちを出迎えた。カウンターとその奥にちょっとした棚があるだけで、客が座れるような椅子やソファの類いはない。宿屋はオープンしてからかなりの年月が経っているらしく、床や壁の塗装が所々はげている。一歩踏み出すと、木製の床が軋んだ音を立てた。

 これは夜歩くのは結構怖そうだ。

「いらっしゃーい……お、ロイじゃねえか。久しぶりだなおい」

 カウンターで店番をしていた五十代くらいの頭のさびしくなってきたおじさんが、相好を崩してロイに笑いかけてきた。

「お久しぶりです、ジーダさん。空いてる部屋ありますか?」

「おおちょうど良かったな。今朝まで埋まってたんだが、ついさっきちょうどキャンセルがあってな。一つでいいだろ?

 しっかしまあ、またでかくなったな。二年ぶりだっけか」

「仕事柄大きくもなりますよ。あの時はお世話になりました」

 孫でも見るような目でロイを見上げるジーダ。そんな彼に、あははと笑ったロイはぽつりと「……部屋、一つだけしか空いてないんですか?」と呟くように尋ねた。

 しかし、ジーダと呼ばれた男はぱちくりと一つまばたきして「うんにゃ」と返してきた。

「だけどお前、女連れで部屋二つ取るつもりかい」

 そう言ってロイの後ろにいた私に、ジーダはひらひらと手を振ってきた。慌てて私もこんにちはと頭を下げる。

「ジーダさんが考えているような関係じゃないですよ。彼女、クイエンに用事があるんです。僕は彼女のき――護衛みたいなものです」

 ……ロイさん、さっき「騎士」って言いかけたな。

「護衛ねえ。まったくその年になって色気の一つもねえとは、お前もずいぶん寂しい男になったもんだ。俺をもうちょっと見習えよ、俺の若いころなんか――」

「女性の前で変な話をするのはやめてください。それに奥さんに逃げられた人を見習うつもりはないですよ」

 きっぱりと言い放ったロイに、ジーダは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「……お前も言うようになったな」




 なんだかんだで私とロイは部屋を二つとることになった。キャンセルで空いたというだけあって、部屋は隣同士ではなく廊下の端と端という離れた場所にあった。

 両端といっても宿屋自体が小さいので、私とロイの部屋の間には三部屋しかない。

 近くの店で買ってきたお弁当で食事を済ませ、お風呂で汗も流してすっきりした私は、大きく伸びをしながらベッドに倒れ込んだ。

 途端、どっと疲れが襲ってきた。このまま横になっていればいつの間にか眠ってしまいそうだ。やってくるだろう眠気を覚悟しながら、私は小さな声で呟いた。

「これからどうしよう……」

 宿泊費はもちろんロイ持ちだった。恐縮する私にロイは気にしないでと笑っていた。だけど、いくら顔見知りのよしみで少し安くしてもらったとはいえ、やっぱり申し訳ないものは申し訳ない。

 このまま私、クイエンにつくまで頼りっぱなしなんだろうか。これじゃ寄生してるのと同じだ。ロイのお金だって無限にあるわけじゃないし、私もバイトか何かしないと駄目になってしまう。

 今日――はちょっと無理だな、アレフレートのこともあるし。ロイに相談した方がいいかもしれない。

「よし!」

 今からロイの部屋に行こう。まだ起きているだろうし、昔から思い立ったが吉日というしね。ちょっと相談しに行こう。

 勢いをつけて上半身を起こしベッドを下りる。靴ひもがほどけかけていたので結び直していると、ドアを軽く三回ほどノックする音が響いた。

 噂をすればなんとやら。おそらくロイだ。鍵をかけてるから開けられないんだろう。

「ちょっと待ってください。今開けまーす!」

 手早く靴ひもを結び直した後、私は足をひょこひょこさせながらドアへ近付いた。簡素なカギを開けて、ドアノブをひねる。


 全くの無防備だった。

 ほんと、なんで疑いもせずに開けたんだろうと思う。 

 ロイだったら「鍵を開けて」とか「僕だよ」とか言ってくるか、それでなければエリーと名前を呼んでくるだろうに、私はなぜかドアを無言でノックするその人を彼と思い込んでいた。


「どうしたんですか、ロイさ――」

 ドアの向こうに立っていた人物に、私は口を開けたまま固まった。ざあっと音を立てて血の気が引いていく。

「あ、あ……」

 上手く口が動かない。思いもよらぬ登場に動揺する私を、彼は無表情で見下ろしてきた。

「久しぶりだな、絵里。探したぞ」

 ドアに手をかけ、体を半分ドアからのぞかせた状態のまま、彼は感傷のひとかけらも感じさせない声音でそう言った。

 ――。

 どうにか声を絞り出してその名を口にしたけど、その声は悲しくなるほど細くて言った本人の私でさえも聞こえなかった。

 見上げるほど大きな体、後ろに流した茶色の髪、お腹に響く低い声。

 目の前にいた人――アレフレートは茫然と見上げる私に、その獰猛な茶色の目を細めた。




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