第23話 番狂わせ
俺と愛ちゃんは開発部門へ案内される。一般的なオフィスにAIが数十体、人間と同じように働いている姿があった。無論、どのAIもAIだという説明を事前に受けていなければ初見でAIと見抜くのは難しいくらいの精巧なアンドロイドに入っている。
「野口副社長。全員の通信ログを今すぐ開示することは出来ますか?」
「全員分を、すぐですか? それはちょっと難しいですね」
「……野口副社長のアクセス権限で開発部門の管理システムに入れますか?」
「入れますが……。花園社長、一体何をするおつもりですか?」
「野口副社長。管理システムにログインしてください」
「……はい」
野口副社長は、空間にホログラムを呼び出し開発部門の管理システムに入る。
「では、失礼して」
「お、おい! 人の会社の管理システムを弄るなん、」
「神崎社長!」
まだこの神崎は文句を言える元気があるのか。野口副社長が不憫でならないな。開発部門に在籍しているAIは二十三名。一気に情報を吸い上げる。
俺の周りに二十三人分のホログラムが現れる。そして、個人情報から業務内容、そして通信履歴まで全て表示させる。
「一条さん。花園社長、何やってるの?」
「さぁ……。この状態になった花園社長はよく分からないけどすごいことをやるんです」
……一人だけ。ぽっかりと通信履歴が空白なAIがいた。そのホログラムに映し出されたAIの情報を流し目で見る。……通信履歴以外はおかしなところはないな。よし。
「そこのツインテール。ちょっと来い」
「……? 私のことでしょうか?」
「ツインテールはお前しかいないだろう。この呼称が嫌なら何と呼べばいい?」
「ネヴァ、と名付けられています」
くすんだ水色の髪を両耳の位置で結んだツインテール。澄んだ川の水のような色の目。背格好は奏ちゃんと同じくらいだろうか。小柄な女性型アンドロイドがパソコンに向かって業務を遂行していた。
突然現れた俺の顔を、不思議そうに見上げている。
「ネヴァ。お前の通信履歴が空白なのはなぜだ」
ネヴァの瞳が大きく見開かれる。時が止まったかのように硬直している。……何を思考しているんだ? 石のように固まってしまったネヴァの様子を伺い続ける。
そして、数秒の沈黙の後、一言言い放つ。
「解答権限がございません」
やはりそうくるか。あまり使いたくない手ではあったが致し方あるまい。
「そうか。無理やりは好きじゃないんだが。仕方ないな」
俺はネヴァに手を伸ばす。
――すると、視界が反転。……逆さ? ネヴァが逆さに見える。俺の身体、浮いて?
その事象に気づくと同時に、俺の身体は床に叩きつけられ腕を捻り上げられていた。
「し、翔さん!? この! 翔さんを離しなさい!」
愛ちゃんは左腕のホルダーに忍ばせていたスタンガンを出し、ネヴァに向かって一突き。だが、ネヴァは軽々と避け俺たちから距離をとる。
突然の騒ぎに周りで働いていたAI達も業務を止め、俺たちやネヴァに注目していた。
「痛たた……。とんだ御転婆ガールだな。愛ちゃんありがとう、助かった」
「不用意に近づくから! もっと注意深く行動して!」
「事務系統のAIだと思って油断した。今は事務系統のAIでもここまで出来るんだな」
愛ちゃんにごもっともなことを言われ、反省する。
ただ、今の動き……。戦闘特化AIの動きそのものだったぞ。
ネヴァは俺たちを一瞥し、開発部門から逃げ出した。――素早い。脱兎のごとく、だな。
「あの子が、黒幕だな。よし、野口副社長。次はセキュリティルームに案内してくれ」
「花園社長。次は一体何を……」
「何って……捕獲?」
俺は口角を上げ、いたずらに微笑む。最新のIT設備が整っている神崎テクノロジーで、俺から逃げられると思いあがっているその思考プロセス……再学習させないとな。
セキュリティルームに入るなり、野口副社長がそこのスタッフと矢継ぎ早にやりとりしている。
「水色の髪色をしたツインテールのAIが機密情報を持ち出している可能性がある。何としてでも捕まえたい」
「その子でしたら、今、丁度一階の非常口から出ようとして――」
「全部の出入り口を閉めろ! 今すぐにだ!」
「は……!?」
「この方の言うことを聞くんだ! 閉めろ!」
俺が怒号を飛ばすと、スタッフは慌てふためいた手つきで館内の出入り口を電子シャッターで封鎖してくれた。
監視カメラには、あと一歩のところで神テクから出られなかったネヴァの姿が映し出されている。周囲を見渡し、他に出られるところを探しに行く様子が見られた。
「操作方法を教えてくれ。ここからは俺がやる」
「は、はい。こちらの端末から監視カメラの映像を、」
「いや、そうじゃない」
俺はスタッフの肩越しに画面を覗き込む。
「このシステム、館内のカメラ映像だけじゃなくて、入退館管理やエレベーター、非常口の開閉まで一元管理しているだろ?」
「は、はい……」
「なら話は早い」
俺はスタッフに席を譲ってもらいキーボードに手を置く。そして、集中するときには必ずかける眼鏡を装着し、目を閉じ、深呼吸。
――そして、目を開ける。
「ネヴァが今どこにいるか探すんじゃない。ネヴァが次にどこへ行くかを探す」
「……え?」
「館内の構造。現在地。封鎖されている出入口。利用可能な経路」
俺は必要な情報のみをホログラムに表示させる。余計な情報はいらない。これでいい。
「逃げる側は、必ず『出られる場所』を探す。だったら、そこを先に潰せばいい」
監視カメラの映像が次々と切り替わる。
一階廊下。
エレベーターホール。
非常階段。
地下通路。
そして――。
「……いた」
俺は一階の監視映像を拡大する。ネヴァが廊下の角から顔を覗かせている。
「残念、その先は行き止まりだよ」
俺はエンターキーを押し、電子シャッターを展開する。ネヴァは今まさに自分が通過しようとしたところにシャッターが現れたものだから、自分が監視されていることに気づき監視カメラ越しに睨みつけてきた。
「気づいたか。でも、もう遅い」
俺はスーツの上着を愛ちゃんに渡し、煙草に火をつけ両手を広げる。
「すでにお前は俺の手の平の上だ」
ネヴァは引き返し、再び逃亡経路を探し走り始めた。
「次は非常階段に向かうんだろう?」
電子シャッターを展開し、ネヴァの進行を阻止する。俺はネヴァの次の一手、その次の一手を冷静に読みネヴァの未来を次々と潰していく。チェスや将棋でもそうだが、こうなってくると行動パターンはかなり絞られてきて読みやすくなる。
……でも、まぁ。頑張った方じゃないか?
俺は最後の電子シャッターを展開する。ネヴァは一階の倉庫に閉じ込めることが出来た。
「チェックメイト」
俺はキーから手を離し、灰皿にタバコを押し付けて火を消す。
監視モニターには、一階倉庫へ追い込まれたネヴァの姿が映っている。
「さて……」
俺は倉庫の出入口を確認する。電子シャッターは正常に作動している。窓はない。完全な密室。……これで逃げ場はない。
「……捕まえに行くか」
そう呟いた瞬間だった。倉庫の監視映像が、一瞬だけ乱れる。
「……ん?」
ノイズ。愛ちゃん、神崎社長、野口副社長も俺と同じようにノイズを確認したようで全員で倉庫の監視映像を凝視する。ほんの一秒にも満たない僅かな違和感。
俺は眉をひそめ、眼鏡を押し上げつつネヴァの姿を再度確認する。
「今のは……」
映像を巻き戻し、再生。もう一度、先ほどのノイズを確認する。――何もない?
「気のせいか?」
俺は首を傾げ、倉庫の映像を再び映し出す。
「…………」
ネヴァがいない。忽然と、消え去っていた。
「……は?」
「な、なんで?! この倉庫に逃げ場なんてないはずでしょ?」
「くそ、確認しに行くしかないな! 神崎社長と野口副社長は引き続きここで監視を続けてください!」
俺は指示を出し、セキュリティルームから出てネヴァが居るはずの倉庫へ向かった。




