第21話 駆け引き
「花園社長! お会いできてうれしいです」
「急な商談の申し出だったのに引き受けていただきありがとうございます」
俺と神崎社長は名刺交換をし、握手を交わす。
「こちらの綺麗なお方は?」
「弊社で働いている一条です。大切な商談にはいつも同行してもらっているんです」
「一条愛です。よろしくお願い致します」
同じく名刺交換をし、握手を交わす。
……、随分手厚い握手だな? 愛ちゃんの右手を両手で包み込むようにしている。それに、いつまで握手しているんだ? 長いぞ? 愛ちゃんは笑顔を崩さず対応している。
「さて、そろそろ商談を」
「あ! そうでしたね。ええと。こちらへどうぞ」
俺たちは社長室の革張りのソファへかけるよう案内された。
「今回はあれでしたっけ。あのー、展示会で紹介していた部品ですよね? 営業担当から評判よかったと聞いています」
「そうですね。展示会で紹介していた部品を是非、弊社でも継続的に使用したいと考えております」
「あ、アイコーポで継続的に使用!? そ、それは大きな話だ!」
神崎社長は分かりやすく喜びを全身で表現していた。
……それにしても、この社長。若いな。高級ブランドで固めた格好。フランクな喋り方。そして、おそらく自分の事業がどこで何をしているのかしっかりと理解していない。明らかに社会の一般常識が分かっていないような世間知らずの坊ちゃんと言った感じだ。
会社のホームページを見ると役員名に神崎の苗字が並んでいた。おそらく親族経営だ。
俺は考えを顔に出さないよう、笑顔を保ちながら話を進めていく。
「あ、でも……。この部品、まだ販売前でして流通していないんですよね」
「ええ。存じております。そこをなんとか」
そう。俺が展示会に行った時、まだこの機構部品は販売予定はないと言っていた。
……流通していないのなら、なぜ新型AIに使われていたんだ?
裏で神テクが敵と繋がってる可能性が著しく高い。蘭さんが解体したAIから出てきた機構部品を見て、俺はそう考えを巡らせていた。
「でも、天下のアイコーポさんがどうしてもというのであれば、このお値段で……」
なるほど、そういう手口か。なかなかの狸だな。俺相手にたかってくるなんていい度胸をしている。敵組織に対しても金を要求して売り捌いたということか。
「……なるほど。構いませんよ。あぁ、でも一つだけ聞きたいことがあります。これだけ教えていただければこの値段で契約致します」
「ええ。ええ! 何でもお答えしますよ!」
「アイコーポ以外にこの製品を取引し続けている相手はいますか?」
神崎社長の目が泳ぐ。それを俺は見逃さず、畳みかけるように続ける。
「……最近、災害が多発していますよね。AIの影響だと騒がれています。そのAIに御社の部品が使われていました。……心当たりは?」
「あ……。え……っと」
「神崎社長は犯罪に加担している? そんなことは……ないですよね?」
「ち、違う! 俺はただ製品を売っただけだ! 犯罪に加担なんて!」
「ほお。同じようなやり口で売ったんですか?」
俺のように製品を必要としている人間がいた。だから売った。それだけの話だ。と主張したいんだろうな。まさか、その部品が新型AIに使われているなんて思いもしなかったんだろう。
そもそも、この社長は自社の製品についてすら、ろくに把握していない。ならば当然、自社の製品がその後どこへ流れ、何に使われているのかなんて興味もないだろう。
……となると。
こいつから聞き出せるのは、流通していないこの部品を裏で取引している取引先のリストだ。
先ほどの神崎社長の様子から推測するに、社内の正式な流通経路を通さず、どこかに横流ししている、といったところか。
「……ちょっと、お手洗いへ行ってきます」
「逃げるんですか?」
「し、失礼な! 信用ならないなら、見張りとして一条さんを付き添わせてもいいですよ」
「わ、私ですか?」
愛ちゃんは横目で俺のことを見てくる。正直、逃げられると面倒だ。せっかく掴んだ尻尾を逃すわけにはいかない。ここは愛ちゃんに任せるしかない、か。
「一条さん。神崎社長がこう言ってくれているので、同行してください」
「……承知致しました」
神崎社長が先に扉へ向かった。そしてそれを追うように愛ちゃんが立ち上がる。俺は背を向けた愛ちゃんの手に小さなものを滑り込ませた。
愛ちゃんが一瞬だけこちらを見る。俺は何も言わず、ほんの僅かに顎を引いた。愛ちゃんも察したように、小さく頷く。
そして、神崎社長と愛ちゃんは社長室を出ていった。
扉の閉まる音を確認してから俺はスマホを確認する。事前に装着していたイヤホンから先ほどの神崎社長とのやり取りを映像音声付きで再生する。
「ばっちり撮れているな。ははは。焦っている顔が滑稽だな」
さて、戻ってきたらどう料理してやろうか。
そんなことを考えていると、俺のスマホに通知音が鳴る。……愛ちゃんが早速、起動させてくれたようだ。
先ほど、愛ちゃんに持たせたのは超小型ドローン。アイコーポで開発した本来であれば警察にのみ取引が許されている捜査用のドローンだ。ドローンというよりは蠅みたいな物で、よく観察しないと機械だというのはまずバレない。
ちなみに、先ほどの様子を撮影したのもこのドローンだ。
『いやー。生の花園社長はやっぱオーラが違うなぁ。びっくりしたぁ』
『仕事モードの花園社長は少し怖いところがありますからね』
『一条さんはすごいね! あんな社長の下で働いていたら息が詰まらない?』
『え……? あ、あはは。そう思ったことはないですけど』
『本当? 一条さん真面目だね。じゃ、ちょっとトイレ行ってくるから。……それとも、このまま二人でどこか行っちゃう?』
『……花園社長が怒ると思うので、お早めにトイレ済ませてください』
『つれないなー。じゃあ行ってくるね』
俺は通信を聞きながらスマホを握る力をついつい強めてしまう。……いかんいかん。アンガーマネジメントだ。六秒。六秒数えるんだ花園翔。お前は日本一のIT企業の社長だろう。大きい器を持っているはずだ。一……二……三……四……、
『ところで一条さんさ。うちで働かない? 一条さんなら、条件よくするけど』
『いえ、私は……。アイコーポに骨をうずめるつもりで働いていますから』
『一条さんの態度次第でいくらでも良い条件提示できるんだけど。例えば……』
神崎は愛の腰に手を回して、愛を壁に追いやった。
ミシィッ!
スマホが俺の指圧で悲鳴を上げる。俺はすぐさま立ち上がり、社長室の扉を力いっぱい開放しトイレへ向かう。




