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婚約破棄された悪役令嬢ですが、敵国の暴君が私のファンだったようです  作者: 赤羽夕夜


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冬の王子

数日後――ノクティア大劇場、本舞台。


副舞台での成功は、噂となって帝都中に広がっていた。


「“装飾を捨てた歌劇団”だってよ」

「皇帝が気に入ってるらしいぞ」

「だが次は本舞台だ。ごまかしは効かん」


期待と、嘲りと、警戒。


様々な感情が渦巻く中、ヴァルディア歌劇団の名は確かに広がっていた。


そして――。


「満席ね」


舞台袖から覗いた客席は、隙間なく埋まっている。


貴族、商人、軍人、そして一般市民。


身分を問わず、多くの人間がこの舞台を見に来ていた。


「副舞台の成功で興味を持った連中も多いだろうな」


カイルが腕を組んだまま言う。


「それに――」


セレナが小さく笑う。


「潰れるところを見たいって人もね」


否定はできない。むしろ、それもまた観客だ。


リディアは静かに頷いた。


「いいわ。全部、飲み込む」


視線を舞台へ向ける。


「期待も、悪意も――全部、舞台に変える」


その声に、団員たちの空気が引き締まる。


「今回の演目は――」


リディアはゆっくりと告げた。


「――『冬の王子』」


空気が変わる。


――あの物語。


皇帝アレスの人生そのものに影響を与えた、あの作品。


「本気ね」


セレナが呟く。


「冬の王子、座長の処女作だもんな」


トビアスが腕を組んで、懐かしむ。


「ええ」


リディアは迷わない。


「ここで逃げたら、意味がないもの」


カイルが小さく笑う。


「……上等だ」


トビアスも肩を鳴らす。


「今度は全部揃ってる。言い訳はできねえぞ」


「ええ」


リディアは頷いた。


「だからこそ――」


一歩、舞台へと進む。


「最高のものを見せる」



開演。


静寂の中、ゆっくりと幕が上がる。


今回は違う。


光も、音も、装飾も――すべてが揃っている。


だが。


それでも。


観客の視線は、自然と人に引き寄せられていた。


副舞台で見せた本質が、すでに彼らの中に刻まれている。


豪華な装飾は、あくまで彩りに過ぎない。


物語そのものが、観客を引き込む――孤独な王子。


感情を捨て、国を守るためだけに生きる存在。


その苦悩、その選択、その結末。舞台が進むごとに、観客の呼吸が揃っていく。


そこに笑いはない。ざわめきもない。ただ、引き込まれている。


そして――クライマックス。


王子が“すべてを捨てる”決断を下す場面。


その瞬間。


――静寂。


誰も、息をしていないかのような沈黙が続いた。


最後の台詞が、落ちる。


「――これで、いい」


王子の声がゆるやかに落ちると、幕が、ゆっくりと下りた。



数秒――いや、数十秒かもしれない。


誰も動かない。


その後、一人、また一人と立ち上がる。


そして――。


爆発するような拍手と割れんばかりの歓声。


涙を流している者もいる。


言葉を失っている者もいる。


「……すごい」


セレナが小さく呟く。


「やりやがったな」


トビアスが笑う。


カイルは何も言わない。


ただ、静かに頷いていた。


リディアは、舞台袖からその光景を見ていた。


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


(…………)


確かな手応え。


その時だった。


「――見事だ」


舞台袖から低い声が聞こえて振り返る。


そこにいたのは――アレスだった。


いつからいたのか分からない。


気配すら感じさせず、そこに立っていた。


団員たちが一斉に緊張するがリディアは、視線を逸らさなかった。


「ご観劇、ありがとうございます」


静かに頭を下げる。


アレスはしばらく何も言わず、舞台の方を見ていた。


まだ鳴り止まない拍手。


「……同じ物語だな」


ぽつりと呟く。


「だが――」


ゆっくりとリディアを見る。


「写本で見るより、違って見えた」


その言葉に、リディアの心臓が跳ねる。


「お前の言った通りだ」


低く、静かに。


「これは、正しさの物語ではない」


一歩、近づく。


「――選ばされた人間の物語だ」


その距離が、近い。


リディアは思わず息を飲む。


「そして」


アレスの視線が、わずかに柔らぐ。


「その先が、見たくなった」


リディアの目が見開かれる。


「この王子に、“別の道”があったならどうなるのか」


静かに、しかし確かに願いに近い物を口にした。


「書けるか」


試すようでいて、どこか期待する声音。


リディアは、少しだけ驚いた顔をした後。


ふっと、微笑んだ。


「ええ」


迷いなく答える。


「そのために、私はここにいますから」


一瞬、アレスの表情が、わずかに揺れた。


本当に、ほんの僅かだが、リディアはそのわずかな揺れを見逃さなかった。


「……そうか」


それだけ言って、背を向ける。


「期待している」


去っていく背中が見えなくなるまで、リディアは見送った。


その言葉が、妙に胸に残り、リディアは、しばらく動けなかった。


(今のは……)


ただの評価ではない。ただの命令でもない。


もっと、個人的な――。


「……やば」


セレナが小声で囁く。


「今の、完全に刺さってるじゃない」


「だな」


トビアスもニヤつく。


カイルは黙ったまま、リディアを見る。


リディアは顔を逸らした。


「……次の準備をするわよ」


いつも通りの声、けれど。


ほんの少しだけ――心が、揺れていた。


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