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婚約破棄された悪役令嬢ですが、敵国の暴君が私のファンだったようです  作者: 赤羽夕夜


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7/10

反発

灰梟劇団は、名を改め、ヴァルディア歌劇団へと改名することになった。


座長はリディア、副座長はカイル、組の名前はそのまま引き継ぐことになり、ヴァルディア帝国を拠点として、リディアが書く物語を公演することになった。


資金、人材、舞台まで、全てが皇室で準備されることになり、一流の環境が約束された――のだが。


ヴァルディア歌劇団としての初日公演のことだった。


与えられた劇場は、ノクティア大劇場の副舞台――本来なら名誉ある舞台のはずだった。


「……露骨ね」


リディアは舞台裏を見渡し、小さく呟いた。


照明は半分が使えない。

背景幕は破れ、楽器のいくつかは弦が切られている。


「事故、ですって」


セレナが呆れたように肩をすくめる。


「大方、皇帝陛下の意思が気に食わない者たちの嫌がらせだろう」


カイルの声は低い。


「そうね。冷徹無慈悲、結果主義の皇帝陛下の庇護にあるということは、失敗は死を意味する。私たちを気に食わない人たちにとっても、皇帝陛下をよく思っていない人たちにとっても、私たちの失敗はさぞ嬉しいでしょうね」


トビアスが楽器を確認しながら楽器の弦に触れて舌打ちする。


「時間が足りない……全部は直せないぞ」


沈黙。


普通なら――中止、あるいは、規模を縮小するしかない状況だけれど。


「……いいえ」


リディアは、首を横に振った。


「むしろ好都合よ」


団員たちが一斉に彼女を見る。


「光も、装飾も、音も足りない?」


ゆっくりと舞台中央へ歩く。


「なら――削ぎ落としましょう」


その目は、すでに決まっていた。


「今回の演目、構成を変更するわ」


「は?」


「歌と台詞、人だけで見せる」


静かに、言い切る。


「装飾に頼らない。本質だけで勝負する舞台にする」


一瞬の沈黙。


そして――カイルが、口の端を上げた。


「……いいな、それ」


「燃えるじゃない」


セレナが笑う。トビアスも肩をすくめた。


「仕方ねえな。即興で編曲してやるよ」


不安は、消えた。


むしろ――高揚に変わる。


「時間がないわ。全員、変更内容を頭に叩き込んで」


リディアの声が、鋭く響く。


「――“魅せる”わよ」



――閉演。


舞台は一言でいえば成功、それに尽きる。


最初は嘲笑交じりの声だった。


楽器の音色は最小限。


照明は満足につかず、舞台装飾もシンプルなものだった。


貧相、それが観客たちの第一印象だったが、舞台が始まるとそのような侮りは一瞬にして消え失せた。


貧相ではなく、歌劇の余韻と劇に集中させるためにあえて清貧にしたのだと、気づく頃にはこの舞台、劇団に対しての評価が変わっていた。


――これが帝国お抱えの歌劇団。


なのだと、その実力に納得し、立ち上がって全員が大きな拍手で演者を称えた。




終演後、楽屋に戻った直後だった。


「――失礼」


低く整った声が響く。


振り返ると、数名の貴族が立っていた。


整えられた髪、無駄のない所作。


その場にいるだけで空気を変える、貴族特有の圧。


団員たちの表情が、わずかに引き締まる。


リディアは一歩前に出て、静かに一礼した。


「本日はご観劇、ありがとうございました」


「……ええ」


先頭の男が、ゆっくりと頷く。その口元には、笑みが浮かんでいる。


だが――目は笑っていない。


「見事なものでした。まさか、あのような状態から立て直すとは」


褒めている。だが、どこか試験の結果を告げるような響きだった。


「ですが」


その一言で、空気が変わる。


「これは、あくまで見世物」


静かに、しかしはっきりと告げる。


「帝国歌劇とは、本来――帝国の威信そのもの」


言葉を重ねるごとに、圧が増す。


「小国出身の旅芸人上がりの劇団が担うには、いささか荷が重いのでは?」


セレナの眉がぴくりと動いた。


トビアスも何か言いかける。


だが、リディアは、動かなかった。


「次の公演」


男は一歩、距離を詰める。


「本物を、お見せいただけることを期待しております」


期待、ではない。――警告だ。


「――失敗は、許されませんから」


そして、彼らはそれ以上何も言わず、踵を返した。


扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


「……ムカつくわね」


セレナが、はっきりと吐き捨てた。


「言い方ってもんがあるだろ」


トビアスも苛立ちを隠さない。


カイルは腕を組んだまま、リディアを見る。


「どうする?」


短い問いだが、すべてを含んでいる。


リディアは、しばらく黙っていた。


そして、小さく息を吐く。


「いいじゃない」


その声は、驚くほど落ち着いていた。


「分かりやすくて」


団員たちが一斉に彼女を見る。


「敵が、どこにいるのか」


ゆっくりと顔を上げる。


その瞳には、負けたくないという意思が灯っていた。


「舞台で、黙らせるだけよ」


静かに、言い切る。


その言葉に、楽屋の空気が変わった。




その夜、宮殿の一室。


高い窓の向こうに、帝都の灯りが広がっている。


「――初公演は成功したようです」


側近の報告の声。その前に座るのは皇帝アレスだった。


今日処理をしなければいけない書類を片手に、短く答える。


「そうか」


相槌を打った後、沈黙が続く。


次の言葉を待っている。


側近は言葉を選んで、続きを話す。


「妨害も確認されています」


「……だろうな」


興味なさげに返す。


しかし、その指先はわずかに動いていた。


考えている。


「排除しますか」


側近の問いにアレスは、ゆっくりと首を横に振った。


「必要ない」


その声は、冷静だった。


「どうするか、見たい」


視線が、遠くを捉える。


「潰されるか、それとも、踏み越えるか。ここで潰れれば、ここまでの人間たちだったということだ」


わずかに、口元が歪む。


「――リディア・クラウゼル。冬の王子の作者にして、アルヴェリオ王国一の脚本家。どうか、俺を失望させないでくれ」



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