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婚約破棄された悪役令嬢ですが、敵国の暴君が私のファンだったようです  作者: 赤羽夕夜


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4/10

帝国へ

リディアたちはあの後、追手から逃れるためにすぐに宿営地から離れる。


休む前に、巡業の話を詰めたかったリディアであったが、その暇はなく、身の安全の確保のために、ひとまずは旅芸人にも寛容な国に逃げるという方針に決まった。


場所は、ヴァルディア帝国。


暴君アレスが統治する華の都でもあり、芸術に寛容で、実力至上主義が根強い国柄だ。


外国からの芸術家の受け入れも寛容で、ここで売れれば世界に通用すると言われるほど、芸術家の活動にとってはレベルの高い国だった。


そのおかげもあり、王国を拠点として活動する、灰梟劇団だと告げると案外簡単に入国審査が通り、帝国の門を潜ることができた。


その折、門番が灰色の梟のファンだったようで、サインを求められたのは余談である。


正体を隠していた期間が長かったリディアは気恥ずかしそうに頬を掻きながら、団員に揶揄われながら帝都の門を潜った。


――瞬間、空気ががらりと変わる。


石畳を踏みしめる硬く、滑らかな感触。


行き交う人々の喧騒。


多国籍国家と言うこともあり、共通語はもちろん、聞きなれない言語や笑い声、怒号が飛び交っている。


狭い世界で生きて来たリディアにとっては、全てが濃紺の空に輝く星屑のようだった。


「……すごい」


リディアは思わず足を止める。


ヴァルディア帝国が大国だということは周知の事実だった。


いつかは、行ってみたい国のひとつだった。


それが、思わぬ形で叶えられることになろうとは露ほど思わなかった。


背の高い建物が並び、色鮮やかな看板が掲げられ、通りには大道芸人や楽師、仮面をつけた踊り子たちがあふれている。その表現者たちを取り囲むように、わくわくした視線で観客がその周りを囲っている。


――誰もが自由に、自分の表現をさらけ出していた。


「これが、帝都ノクティア?」


リディアの胸が高鳴る。


――レオン様には、言葉が届かなかった。


けれど、どういう形であっても、物語なら、届いた。


通りで芸を披露している表現者たちはどうだ。


皆、活き活きして、なにかを伝えようとしている。


その姿に、リディアは心を奪われていた。


――この場所でも、届くだろうか。


「立ち止まるな。はぐれるだろう」


後ろから声を掛けるのは、荷馬車を引くカイルだった。


押しながらも周囲を警戒する視線は崩さない。


「……ええ」


リディアは頷きながらも、カイルの方向を向く素振りはない。


そして、ある一点に釘付けになった。


都市の奥。空を切り取るようにそびえ立つ、巨大な建造物。


白亜の外壁に、幾重にも重なる装飾。円形に広がるその構造は、まるで一つの世界そのものを抱え込んでいるかのようだった。


ノクティア大劇場。


息を呑む。


あの中で、どれだけの声が響き、どれだけの物語が生まれてきたのだろう。


帝国の象徴とも呼ばれるべき劇場に、リディアの胸の中から熱い感情が湯のように湧き上がる。


「帝国の一流の芸人たちでさえ、立つのにも苦労する舞台だ」


「うん。……でも、私たちなら、きっと立てるわ」


強い覚悟で、答える。


「あんな目に遭ったのに、座長、怖くないの?」


荷馬車の傍で歩いていた看板女優の一人、セレナが首を傾げる。


「怖いわ」


リディアは正直に答える。


この帝都でリディアの物語が通用するのか、また、命が狙われ、自分だけでなく、周りの人まで危機が迫るのではないか。


未知の恐怖がないわけではない。


「でも、それ以上に――やめる理由がないの」


焚火の前で口にした言葉が、胸の中で再び灯る。


物語は、ただの物語じゃない。

人を動かし、世界に触れる力がある。


だったら。


「逃げる方が、もっと怖い」


その瞳には、もう迷いはなかった。


カイルを含む団員たちはしばらく何も言わずにリディアを見つめ、やがて肩をすくめた。


「……なら、やるしかないな」


短く、それだけを言う。


否定はしない。


止めもしない。


リディアは小さく頷く。


「――ここで、証明しましょう。どこまで、届くのか」


視線の先には、巨大な歌劇場。


その向こうに広がるのは、まだ見ぬ観客と、まだ触れていない世界。


帝都ノクティアの空は高く、どこまでも広がっていた。





――リディアたちは、帝都の中央にある大噴水広場に訪れた。


ここは、通りよりも開けており、即興劇や演奏をするにはうってつけの場所で、多くの音楽家たちが優美で活気あふれる音色を響かせていた。


逆を言えば、さまざまな音楽が交じり合い、埋もれている。


脇にはベンチも設置されていることもあり、子連れや昼食を取る人でそれなりに人はいるものの、この中で目立つのは至難の業だ。


しかし、大所帯でこの国にやってきたリディアたちの歌劇を披露するにはここしかない。


カイルたちは広間の右端に荷馬車を置いた。


「演目は?」


「シルバの涙。尺が長い二章と四章、後一章後半を省略する。ただ、その代わり、歌パートを多めにするわ」


「恋愛劇か。だったら、紅鶴組を基軸に動いた方がいいな」


「トビアス、楽譜と歌詞カードを貸して。即興劇用に歌詞を変更するから」


「歌詞変更って、もしかして譜面も?」


「ええ。できる?」


「誰に物いってんです!俺は梟座のトビアスですよ!これくらい、朝飯前です」


「セレナ、ベローナと合わせて。あなたはライバル役、ベローナがヒロインよ」


「私がヒロイン!?」


ベローナが自分自身に指を差す。


紅鶴組の演目は恋愛劇などの華やかな演目が多い。


花形のベローナが華美で美しい見た目の為、彼女という存在が際立つような勝気なヒロインが多い中で、銀梟組のヒロイン役を中心に担当するセレナを置いて、即興劇と言えどもヒロインに抜擢され、目を丸くさせるベローナ。


「ベローナの芯が通った歌声と、勝気な演技はこの場所にうってつけよ。それに、恋愛劇は紅鶴組の十八番、でしょ?」


「それは、そう、ですけど……」


「よろしくね、ベローナ」


主役女優のセレナはにこやかに微笑んだ。


銀梟組の主役女優は、劇団員の中でも憧れの的。


その看板女優を差し置いてのプレッシャーがあったが、柔らかい態度に、ベローナの緊張して強張った表情が少し和らいだ。


――準備時間三十分、リハーサル十五分。


上演時間三十分。


こうして、即興劇シルバの涙が始まった。


シルバの涙は、元々紅鶴組で公演する恋愛劇の為に書き下ろした灰色の梟著のひとつ。


誰にも弱さを見せずに生きて来たシルバと、そんな彼女の強がりを否定せず、隣に在り続けるルードの物語。


ぶつかり、反発しながらも、次第に距離は縮まっていく。

しかしある出来事をきっかけに、シルバは「弱さを見せること」を恐れ、彼を突き放してしまう。

それでもレオンは離れない。

そして、初めて。シルバは誰かの前で涙を流す。


王国でも定番になりつつあった恋愛劇のひとつで、女性人気も高い作品。


特に、このシルバは女性らしい強さと、脆さを同時に持ち合わせる。


誰の心の中にもある、弱さを見せることの恐ろしさと、必要なことを描いた作品は、どこまで帝国の人たちに受け入れられるだろうか。


劇団員が不安の中、リディアは少しもなかった。


リディアは、ただ、伝えたい物語を書くだけだ。


自分についてきてくれた劇団員たちに恥じない物語を紡ぐだけ。


その脚本を演技として形をしてくれる劇団員の力を信じている。


だから、一番前の席で、即興でアレンジしたシルバの涙の行く末を見守る。


――リディアの選択は正しかった。


貴族、政治系の風刺劇よりも、恋愛劇の方が帝国に住まう人たちの心に刺さった。


答えは拍手の数、歓声の大きさを持って帰って来た。


王都で公演をしていた時以上の感動が押し寄せてくる。


舞台袖で観客の反応を見ることが多く、間近で見ることが少なかったリディアにとって、心臓が震えるほど嬉しかった。


歓声は未だ鳴りやまない。


その拍手を聞きつけた人がまた一人、一人と足を止め、やがて、広場の一角を囲う人だかりが膨れ上がる。


「アンコールッ!アンコールッ!」


「さっきと同じでいい!もう一回だ!」


芸術に寛容な国、というのは本当だった。


率直で、熱量が高く、そして気に入れば容赦なく求めてくる。


リディアは、その声に胸を打たれていた。


それは、他の団員も同じだった。


互いに顔を見合わせ、どうするかと目配せをしている。


その視線はやがて、リディアに一点に集まる。


視界が滲みながらも、冷静に「そろそろ」と閉幕の合図を送ろうとした時だった。


「座長、あれを見ろ」


ルードを演じていたカイルが一番前でしゃがんでいたリディアと視線を合わせるように背を丸くさせ、後方に顎をしゃくる。


視線を促され、後ろを振り向くと、人垣の向こうで、一定の距離を保ちながらこちらを見ている数人の男たちがいた。


服装は整っていて、明らかに一般客ではない。


服装からして貴族。


それも、ただ者ではないというのは、リディアの経験上から推測した。


こちらを値踏みするような、評価するような、観察するような。


ただ、劇を、歌を楽しむでもない視線に覚えがあった。


一流の劇場で公演する音楽家や演劇家をスカウトする、スカウトマンだ。


劇場は庶民向けの大衆劇を扱う小さな規模の施設もあれば、貴族を相手にした一流の劇場もある。


特に一流の劇場では、審査が厳しく、生半可な芸術家が公演が許されるほど甘い世界じゃない。


特に、帝国では、芸術に寛容で皆が関心がある分、目は肥えている。


実力至上主義という国柄もあり、実力のない者はいつまでたっても芽が出ないまま一生を終えることだってある。


受け入れられる代わりに、常に選別されるのが、ヴァルディア帝国と言う場所なのかとリディアは緩んだ心をきゅっと引き締めた。


「いいじゃない」


リディアは、静かに笑った。


「望むところよ」


カイルが眉をひそめる。


「本気か?」


リディアは劇場がある方向と人垣の向こうのスカウトマンを見比べる。


灰色の梟の脚本、信じてついてきてくれた劇団員たち、そして、王都で演劇と歌劇で一線を奔ってきた一流の集団だと自負している。


だから、――できる。


リディアは立ち上がり、一歩前に出る。


人前に出たがらない彼女が、とカイルと他の団員たちは目を丸くさせた。



「皆さん!」


その一声で、ざわめきが止まる。


「本日は、灰梟劇団の即興劇をご覧いただき、ありがとうございました!」


一礼。


その所作ひとつで、空気が引き締まる。


「もし、この物語が――少しでも、あなたの心に残ったのなら」


顔を上げる。


まっすぐに、観客を見る。


そして、その奥にいる選ぶ側にも届くように、宣言した。


「私たちは、帝都ノクティアで正式な公演を行いたいと思っています。――目標は、ノクティア大劇場」


視線を、あの巨大な建造物へ向ける。


どよめきが走る。


当然だ。


アルヴェリオ王国で有名だったとしても、ヴァルディア帝国ではどれほど知られているかは未知数だ。


門番にサインを求められても、この国で通用するかはわからない。


それでも、確信はあった。


一瞬の静寂。


そして、次の瞬間。


爆発するような歓声。


「無謀だ!」


「でも見てみたい!」


「やれるものならやってみろ!」


嘲笑と期待が入り混じる。


それでいい。


「――必ず、立ちます」


リディアは言い切った。


その声に、迷いは一切なかった。


遠巻きに見ていた男の一人が、わずかに口元を歪める。


「……面白い」


小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。


「上に報告する価値はあるな」


その気配は、静かに人混みの中へ消えていく。


一方で。


舞台の中心に立つリディアは、まだ知らない。


この宣言が、帝国の中枢――。


そして、“暴君”の耳に届くことになるということを。


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