国外追放
灰梟劇団。通称、梟座。
脚本や舞台演出も手掛ける灰色の梟の劇団で、王都リュミエールで展開する、規模の大きい劇団のひとつだ。
平民、没落貴族、傭兵崩れ、未亡人……、経歴、人種はそれぞれだがその誰もが灰色の梟に才能を見出され、演劇の分野に関する卓越な才能を持ち合わせた集団である。
通常の劇や歌劇を中心に活動する劇団は、童話や伝承などを脚色して演劇として昇華する劇団も多いが、灰梟劇団は灰色の梟の脚本による劇を中心とするオリジナル性と社会に訴えかけた話は多くの人の心を掴んだ。
特に灰色の梟直属の銀梟組は脚本を手掛ける灰色の梟直属ともあり、完成度も高く、王国はもちろん、他国にもファンは多く、高位貴族、王族や皇族主催の余興としても招かれることも多い。
その座長であり灰色の梟の正体が、アルヴェリオ王国のリディア・クラウゼルだと言うことは、劇団の中でも銀梟組に所属する副座長のカイルを含めたメインメンバーにしか知られていない。
それが、先日、レオンとの婚約破棄の件と、大々的に新聞に載ってしまったせいでバレてしまったのである。
国外追放の沙汰が下されたリディアはその日、急いで今召集できるメンバーを梟座の本拠地である劇場近くの事務所に集めた。
「……以上よ」
王都での灰色の梟としての活動を終了する旨を、劇団員たちに謝罪の言葉と共に静かに述べた。
銀梟組、紅鶴組、巡業メインの蒼鷹組、黄鶸組、そして、若手の人材育成を目的として新たに新設した白鷺組。
誰もリディアに不満を述べることも、王都での活動を終了することに憤りを見せることもなかった。
静まり返った事務所に、リディアが淡々と紙とペンを置く音だけが響いた。
「私は、国外追放の処分を受けたから、もうここにはいられない。梟座所属のあなたたちもこのままでは被害を被ってしまうでしょう。王族の――レオン王子の不況を買ってしまったらには、王都の劇場はもちろん、王国のどの劇場も受け入れはしない」
一音発する度に空気が重く沈んでいく。
リディアの眉間の皺は深く刻まれる。
本当は嫌だけれど。
多くの人の生活を守る為には、言わなければいけないことだった。
「梟座は今日を持って解散します」
空気が、凍り付いた。
リディアの身がバレてしまった時、国外追放を下されたと知った劇団員たちの脳裏によぎった最悪の結末だった。
どの組も、嫌だと言ってしまいたかったけれど、リディアのことを考えると簡単に言える問題でもなかった。
しかし、リディアの決定を、沈黙を破るものがいた。
各組が整列している中央にいる、氷のように冷たく、甘い顔を張り付けた男性だった。
納得がいかないと副座長――カイルは腕を組んだ。
「仕事ができないから、解散すると。却下だな」
皆が深く考えている中で、あっさりとした回答だった。
リディアが眉を顰める。
「カイル」
「劇団の行く末を団員に相談もなく決めるのは、座長のやり方じゃない」
「そんなこと、言っている場合じゃないでしょう」
「俺たちは、座長の信念と、描く物語に惹かれ、表現したいと賛同したものたちだ。他の者たちはどうだ。どうしたい!」
カイルは背後にいる団員をみやると、団員たちはそれぞれが深く頷くなり、そうだと相槌を打っている。
「そうだ!解散なんて反対さ!」
楽団長であり、銀梟組のトビアスが手を叩く。
「国外追放なんて、上等じゃないか。お偉いさんの顔色を伺ってちゃ、人の心に届く物語なんか表現できっこないよ」
紅鶴組の看板女優であるベローナがにやりと不敵に笑う。
「あなたたちって人は……。でも、同感。座長がいないと、私たち、なにもできないからね」
セレナは腕を組んでため息を吐いた。
「ねぇ、座長。私たちは劇団よ?劇場じゃ駄目なら、他の場所ですればいい。王都に、王国にこだわる理由はないじゃない」
「そうだ!そうだ!蒼鷹組は巡業メインで、複数の場所で巡回して演劇してるだろ?俺たちも、そうすればいいじゃないか」
楽団長のトビアスがセレナの言葉を続けた。
その提案にほとんどの者が賛同の拍手を叩いた。
続けさせてくれ。そんな願いを込めて、リディアを見る。
「あなたたち」
「団員の気持ちはひとつだ。座長――いや、リディア・クラウゼル。あなたはどうなんだ」
「旅芸人なんて上等じゃないか!」
「王国じゃなくとも、私たちがすることは変わらないわ!」
「座長の物語を、皆に届けることだ!」
カイルの言葉を応援するように、劇団員たちが言う。
リディアの目が少しだけ見開いた。
「灰梟劇団は王国の劇団ではない。灰色の梟の劇団だ。……ならば、俺たちの舞台は、灰色の梟が行く場所だ」
「カイル、……みんな」
リディアは言葉を失う。
長い、長い、沈黙の後、小さく息を吐いた。
そして、少しだけ笑った。
「わかった。灰梟劇団は解散しない」
団員たちの顔色が明るくなる。
「灰梟劇団は王都を、王国を捨てる」
カイルは深く頷いた。
リディアは目の前に置いた退団手続きや、劇団事業を手放す書類を破り捨てた。
小さな紙片となった書類の塵を、窓の外に広がる王都の街並みにばら撒いた。
「これから、灰梟劇団は巡業劇団よ。どこへだって、物語を紡ぎ続ける」
座長の宣言に、皆が手を上げたり、拳をあげた。
「決まりだな」
カイルは短く言う。
リディアは頷いて、机の上に広げられた脚本に視線が滑る。
その視線を追うように、カイルの視線も脚本に止まった。
手に取って表紙を見ると、そこには「愚王の花嫁」と書かれている。
リディアは脚本を閉じた。
筆を折るわけでも、逃げるわけでもない。
――また、新たな物語を綴るために。
灰梟劇団は、また、ここから始まる。




