旅の始まり ※
結婚式の翌日はナサナエルは朝から出かけて、午後に満面の笑みで車を運転して戻ってきた。
黒いセダンは去年まで生産されていたモデルで、中古だったけど人も荷物もたくさん乗せられそう。
このモデルがコードネーム(愛称のようなもの)が有名でずっと乗りたかったのだとか、内緒にして驚かせたかったのだとか、そんな事を言うナサナエルをジュードは可愛いなと思った。ナサナエルは、初心者の割に運転は上手く、乗り降りにはドアを開けてエスコートしてくれる。
次の日、晴れた朝のうちに新婚旅行に出発した。大きな町を何ヶ所も通り、北を目指した。湖水地方のカントリーハウスに泊まる。途中で少し観光もして、着いたのは夕方だった。冬は日が短いので暗くなってしまった。広い庭があるのは分かる。三泊するから、明るい時に見せてもらおう。
チェックインしたナサナエルが預けた車のキーにはまだ、車屋でもらったまんまの荷札のような札がついたままだった。旅行の為に買ったばかりなんだと言って、マネージャーに光栄ですと微笑まれた。
カントリーハウスはこじんまりとしていて、静かだった。ダイニングで会った他の宿泊客は年配のご夫婦がほとんどだった。二十時から二時間ほどかけて食事をした後は、談話室でお飲み物を、と案内されたがナサナエルが運転の疲れと食事の時の一杯のワインで、瞼の重さに耐えられず失礼することにした。ジュードは部屋でなんとかシャワーを浴びさせて、寝巻きに着替えさせながら、赤ちゃん時代のナサナエルを思い出していた。新婚旅行なのに。こんなに大きいのに。
それでも、無理に大人ぶったりしない、出来ないことは誤魔化さずに言うナサナエルは好感が持てる。素直に育って何よりだ。
朝、スッキリと目覚めたナサナエルは、
「昨夜はごめんね、寝ちゃったね」
と言って隣で眠るジュードの顔にかかる髪を整えて頬にキスした。
実はこの二人、お互いにそれぞれ自分の年齢が原因でここまで手を出せずにいた。
ジュードはこんなおじさんでガッカリさせないか? と。ナサナエルはこんな子供でがっかりさせないか? と。
朝食後、二人は庭に散歩に出た。本当に広い庭でジュードはもう夢中だった。冬だったのであまり花数は多くないが、冬薔薇こそのぎゅっと詰まったような彩りの小さめの薔薇が薫っていた。
この季節には珍しく日も当たってはいたが、やはりそのままずっと外にいるには冷えていた。
「何か、羽織るものを持ってくるよ」
ナサナエルがそばを離れると、声をかけてくる者がいた。
「おはようございます。薔薇がお好きですか? 向こうにローズガーデンもありますよ。ご案内しましょうか?」
「夫が戻ってから伺いますから……」
「大丈夫ですよ、戻られたらご案内するように言っておきます」
そう言って、庭師にしては小綺麗な格好のその男は、誰かに向かって、
「おい、旦那さんが見えたらローズガーデンへご案内してくれ!」
と言った。が、そこには誰もいなかった。ジュードからは茂みのかげに誰かいるように思えてしまった。
こちらです、と連れて行かれたのはカントリーハウスの裏側だった。その一角に庭師小屋があったが木立に囲われていて、目立たなかった。
「この先なんですが、ちょっとついでに手入れの道具を持っていきたいんで小屋に寄っていいですか?」
ジュードが外で待っていると、中から小瓶を持って現れた男は、
「これなんですけどね……」
と、瓶を見せてきた。なんだろう? と覗いたジュードを羽交い締めにして、瓶の中身を飲ませると小屋の中に引き摺り込んだ。
「何……?」
「うわぁ、綺麗だ。こんな小屋の中でも、外からの光でまるで輝いているようですね。この地方では、透明な方と番うことが出来たら幸せになるって話で。まだ旦那さんとも番われていないじゃないですか?」
「こんな事をして、許されるわけがない……」
ジュードの息が上って、体が熱くなって来ていた。なんだろう? 何か、何かで満たされたい。
「あ、効いてきました? 発情誘発剤」
何か、何か、何か……何かに縋りつきたい。何かで満たされたい……。
「いいですねぇ、一回やっちゃって、番っちゃえばこっちのもんですからねぇ。うわっ、すごいいい匂いだ……」
ナサナエル、早く来て。助けて。ダメだ、このままじゃ……。体に力が入らない……。
「あー……、もうトロトロですね。もう、私でいいでしょ」
何かわからないままに、ジュードはもう半裸にされていた。
男はオーナーの息子だった。マネージャーを連れてきたナサナエルに引き剥がされて、何発か殴られていた。
警察を……と思ったが、そんな事をすれば事情聴取で発情中のジュードが見せ物になってしまうかも知れない。対応はマネージャーに任せて、ナサナエルはジュードを抱えて部屋に戻った。
「ごめんなさい……」「来てくれてよかった」「なんで場所が分かったの?」「間に合ってよかった」
と、力無く繰り返すジュードの問いに、
「十八年の執着舐めんなよ。僕が神様に貰った能力は『執着』なんだよ」
ナサナエルは呟いた。今のジュードにはおそらく聞こえていないけど。
近くにいれば、ジュードの気配を追える。他人には分からないような、彼だけの匂いも声も追いかけられるのだ。
カーテンを閉ざして、暗い部屋の中で二人は、「愛してる」を何百も重ねて、「大好きだよ」をさらに言い合って、「どこにも行かないで、一緒にいて」「離れないで」となって、「愛してる」に戻る。ジュードの透けるような肌は赤みが差して、しっとりと息づいていた。ずっとお互いの全部あるいは一部を触れ合わせて、二人の心臓は自分より相手の為に動いていた。
ナサナエルは翌日には食事をとり、マネージャーにオーナーの息子の話を聞きに出たりした。警察ではなく、精神的な施設に収監されたそうだ。オーナーは今海外にいるので、電話で謝られた。
ジュードの口に入るものを持って、また部屋に戻る。それからまた、ジュードの熱を取るために愛し合う。最初はもっとロマンチックだったらなぁと思ったが、こんな事もきっかけとしたらよかったのかも。
夜、部屋の小さなバスタブに二人一緒に入って、ナサナエルの胸の上にジュードが頭を乗せたままで、
「絶対、ずっと一緒にいてね。僕を置いて行かないでね」
と言った。
こんな可愛い人にやっと追いついたんだ、もうずっと共に手を携えて生きる。
ナサナエルはジュードの手の甲やつむじにキスをして誓った。
それから?
ジュードは男の子と女の子二人を産み育てながら、事業を拡大した。いろんな事をやってるうちに、小さな街に多種多様な職種の子会社ができていった。適材適所の人材を見極めて、配置して。
ナサナエルは交通事故にも列車事故にも遭う事なく、工学系の大学を辞めて通信システムの会社を起業した。出来るだけ在宅で仕事をしたいから。読みはあたって、メキメキと大きな会社になった。もちろん、社長のナサナエルは在宅メイン。
「今まで出会った全員に感謝してる。貴方に会えたのも、ここに来れたのも」
ジュードはクリストファーのお墓に声をかけた。
「ママー、クッキー早く焼こうよ!彼が来ちゃうじゃない」
ハイスクールに通う娘に呼ばれた。子供達も素敵な恋をして、幸せを見つけて欲しい。
お読みいただきありがとうございました。
ジュードの長い旅を最後まで見守ってくださり、本当にありがとうございました。
大丈夫?疲れました?私も、希望をへし折るの、3つ目くらいで辛くなっちゃいました。でも書いたけど(笑)
もし、彼の選んだ結末に少しでも心温まるものがあったなら、評価(☆☆☆☆☆)をいただけますと、彼らの物語が報われるようでとても嬉しいです。




