何が幸せかは自分が決める
翌朝、休暇の二日目。のんびり起きたジュードがまだ身支度も済ませていないうちに、ナサナエルが現れた。
「おはよう、ジュード!」
なんていうか、すごく浮かれた声だった。ジュードはいつもなら、とっくに起きて工房に行っている時間だった。
「あ……、おはよう、早いね。まだ、今起きたところでさ」
「仕事休みって言ってたから、僕は嬉しくって早く目が覚めちゃった。宿の朝ご飯も美味しかった」
「ご飯が美味しい報告……」
本当に子供……と言う言葉は出さないでおいた。
お茶を出す時に、肩から滑り落ちたジュードの長い髪を、ナサナエルがひと束そっと掴んで、
「すごく綺麗だけど、どうなってるの?透明にも、白にも見える、キラキラの絹糸みたい」
躱し方も相応に上手くなったはずなのに、心が跳ねた。天然め。
「ナサナエル、子供が欲しいなら無理だよ。僕のΩ性は安定してなくて、最初の一年しか発情期がなかったんだ」
こんなこと言い出したら、もう絆されているのがバレバレなんだけど、ジュードは言った。
「えぇ、いいよ、別に。ずっと二人でもいいもん」
そこそこ覚悟して言ったはずが、ナサナエルは気の抜けたような返事だった。その代わりに、ジュードの目を見て言った。
「僕はジュードが欲しくて、生まれてからずっと頑張ってきた。ジュードといられたら、それでもういい。ジュードは? 僕じゃだめ?」
もうNOというのは無理だった。自分でも、魂が喜んでいるのは感じていたから。
結局、ナサナエルはその日からジュードの家に泊まってるけど、未成年であるので手を出してないし出させてない。
ずっと甘いけど。子供のような大人のようなこの存在を、大切にして生きていけるのは心が躍るようだ。
休暇最終日、ナサナエルは帰って行った。
「十一月にまた来る。成人したら、結婚しよう」
何度も聞いた事をまた聞く。
「僕なんかでいいの?」
「ジュード『が』いいの。ジュードじゃなきゃダメなの。ジュードを幸せにするのに僕はいるの。僕はジュードが一緒にいてくれたら、もう幸せだから」
何度も言いすぎて呪文のようになってしまった言葉を、ナサナエルは言って、別れのキスをした。
迷ってはいなかった。答えは出ていた。幸せな時は幸せに縋り付いていいんだって学んだから。たとえ数年後に彼が、若い誰かに心変わりしたとしても。ジュードの事を馬鹿だとか、騙されてるとか言われてもいい。言ってる人がジュードの人生の責任取ってくれるわけじゃないから。
冬の初めに戻ってきたナサナエルは、再会を喜ぶなり、書類を見せてきた。
「これで僕は、財産目当てとか言われないでしょ」
その残高証明書には信じられない金額が書いてあった。
「秋に暴落しそうだったから、夏の天井まで動かして、現金化しておいた。株のことね」
「お金なんて……」
「大事な事でしょ、ジュードの結婚相手なんだよ、僕は。扶養される子供じゃないんだから」
言葉は強いけど、甘い目つきでナサナエルは言った。別の意味で年齢を気にしていたのか。
「こっちの大学に入り直す。とにかく、ジュードのそばにいるんだ。絶対に。嬉しいことも悲しいことも、辛いことも楽しいことも、これからは全部一緒にやる」
十八年間の強い思いがナサナエルを動かしていた。今までも、これからも。
結婚式はナサナエルの誕生日に執り行われた。関わりのあった人達が参加してくれた。真っ白なブーケが冬の青空に一瞬吸い込まれて、戻ってきた。手にしたのはアビゲイル。披露宴はレストランを貸し切って、庭にもテーブルを出した。皆が笑顔の幸せな時だった。
ロザリーの隣に座って、ジュードは聞いた。
「ロザリー、本当に……僕に怒ってない?」
ロザリーは笑い出して、
「あの子は元々、ジュードのものだったのよ。ただ、私のお腹を通って生まれただけで。ここまでの十八年、どんなに会いたがってたか見せてあげたいくらい」
「……大事にするよ」
「そんな事じゃないのよ、あの子の望みは。ただジュードが満たされて笑ってくれていたらいいんじゃないの?あの子と一緒に」
離れて談笑していたナサナエルが、ジュードと目が合うと悪戯っぽくウインクを飛ばしてきた。
周りを見渡して、目を閉じた。……幸せがここに今あるのを実感した。
ジュードは冴えた冬の空気を大きく吸い込んだ。
明日朝のエピソードで最後です。
ちょっと長めです。




