行く道の先に未来は見えなくとも続いてゆく
「ナサナエルだよぉ、ジュード!」
まだまだ明るい夏の夜、ジュードは街外れの散歩道で自分より背の高い、若い男の子に抱きつかれて天を仰いで立ち尽くすことになった。
「ナサナエル、聞きたいことはいっぱいあるけど、とりあえず、顔を見せて」
「あ、そっか」
バリッと離れたナサナエルは一瞬、顔を見せた。最後に会った時と同じくるくるの金髪と濃い青の瞳。本当にハンサムになった。その涼しげなハンサムは最後に会った一歳半の時みたいに、ジュードに縋り付いていた。
「やっとここまで来れた。会いたかったぁ……」
「ジュード、すごくいい匂いするね」
ナサナエルが髪のかおりを嗅ぎ出したので、ジュードは恥ずかしくなってナサナエルの抱きついた腕を振り解いた。ナサナエルは全く悪びれもせずに、改めてジュードをみて、
「全然変わってないや。ジュード、天使みたい。綺麗だね」
ジュードは、子供が言うような事を自分より大きな体で言うナサナエルに笑った。
「僕、ここの街の宿に予約してあるんだ。ジュード、一緒に行って話したい。あと、お腹すいた」
話し方も子供みたいだな、と少し笑えた。
「小さい宿だよ、この街の宿は。宿の一階がパブレストランなんだ。チェックインしたら、ご飯も食べれるんじゃないか?」
「まだ成人してないから……」
残念そうに、ナサナエルはジンジャーエールを飲んだ。ジュードは何度か入り口入ってすぐのパブの椅子でサマンサと飲んだことがあった。今回は奥のテーブル席で、ナサナエルが若者らしく夕飯に挑むのを見ながら少し濁った林檎酒のサイダーを飲んでいた。
店の中は宿泊客とパブの常連で賑やかだった。
「ロザリーは?どうしてる?」
「エリオと結婚したよ。僕の下に弟と妹がいるんだ。エリオはいいお父さんなんだ。姉さんは婚約した。職場の先輩なんだけど、来年結婚するって」
皆幸せそうで嬉しい。ジュードも自分の話をしようとしたが、
「ジュード、大変だったんだってね。クリストファーさんのお宅で聞いてきた。クリストファーさんを看取ってから、工房始めてうまく行ってるんでしょ」
「え?」
「クリストファーさんの所にいると思って行ったら、いなかった。クリストファーさんと幸せに暮らしてるなら、ものすごく残念だけど、僕が遅かったから仕方ないと思っていたんだけど……」
何を言ってるんだ、この子は?
「やっと追いついたから、僕と結婚してください」
……もちろん大混乱。ジュードの頭の中が。
頭おかしいとか思わないで聞いてもらいたいんだけど、と、晩御飯で頼んだ分は食べ終わって、ナサナエルは追加で頼んだホットチョコレートと豚皮揚げを食べながら話し出した。見てるだけで、胸焼けしそう。若いな……。
僕とジュードは天国の、これから生まれる子供たちの列で一緒だったんだよ。一緒に地上に降りて、一緒に近くで生まれて結婚しようって約束していた。雲の上から、大砲みたいなので打ち出されるんだけど、ジュードが打ち出されてから次は僕だったのに、クリストファーがどうしても先に行きたいって順番変わっちゃった。ほんの一瞬だったのに、僕が地上に着いたら十八年くらい経っていて……。僕は、約束したのは僕だよって伝えたかったのに、赤ん坊すぎて何にも言えなかった。でも、いつか追いつくんだって思っていて。
バキバキ音を立てて、豚皮揚げを食べ終えて、続けた。
生まれる前の記憶って、皆んな大人になる前に無くすでしょ。僕はそれが大事だから絶対無くさない。生まれてすぐからジュードのことはわかっていたし、あ、僕、αだったよ。絶対ジュードを僕が幸せにするんだって決めてたから。もう二年前にハイスクールは卒業単位とって、大学で経済勉強しながら、未成年だから親名義で株の取引してお金貯めて、今はまた違う大学で情報の勉強してる。これからはコンピューターの時代だからね。
「何から聞いていいかわからないんだけど、ナサナエル、今いくつ?」
「十七歳。あと五ヶ月で十八歳だよ。成人するよ。じっとしていられなくて、まだ成人前だけどジュードに会いたくて」
「僕は今、三十五。年末になると、三十六なんだけど。ナサナエルの倍のおじさんだよ」
「全然! こんなに綺麗なのに何言ってんの!」
周りの客が全員こちらを見た。いたたまれない……。
「僕がこんなに頑張ったのに、生まれる前からの約束なのに、ダメなの?」
そんなこと言ったって……、いたいけな子供を騙してるおじさんにしか見えなくないか?
「ロザリーが怒るよ、二人が付き合ったりしたら。僕はロザリーと幾つも違わないんだから」
「全然! 喜ぶよ、絶対。やっとナサナエルの夢が叶うって。僕、毎日毎日、今ジュード何してるかなぁ?ジュード、幸せかなぁ?って言いまくってたんだから。会いたい、会いたいって子供の時から言ってて、子供が急に会いに行ったって、ジュードに迷惑だからやめなさいって言われてたんだ。やっと、渡航費用自分で用意したら行っていいって言われたから……来た」
「最後に会った時、違う違うって言ってたのは……」
「約束したのは僕でしょって言ってた。一歳だったから、上手く言えなかったけど。あの時、絶対迎えに行くって決めたんだ」
まだまだ訳がわからなかったけど、もうとりあえず帰ることにした。
夜道をナサナエルが家まで送ってきた。五分くらいだけど。
また明日ねジュード、って言いながら帰る後ろ姿を見送る。




