過去から追いかけて来た君は全力疾走だった
そのままドタバタと月日が流れて行った。ドタバタとはいえ、過去のあれこれを思うと、穏やかに、と形容できるくらいではあった。
サマンサは去年、優しい伴侶を見つけて嫁いで行った。仕事に打ち込んでいるので、日中は寂しいとか考えないが、夜は話し相手が欲しい。ふとした気づきを口に出して、そうだね、とか、こうなんじゃない?とか言い合える人が居たらなぁとは思う。独り言は増えた。
「なんか元気ないんじゃない?」
久しぶりに会ったマリアンがジュードを見て言った。月に一度、経理の仕事で工房に来てくれている。
「これをお風呂にいれて入って」
マリアンが来ているのを見つけたジェーンが入浴用のハーブを持ってきて話に加わる。温めて、血行を良くして、リラックスできるいろんなハーブがブレンドされている。ちゃんと大きさとかを調整して入浴中順番に効いてくる優れ物だ。
「ジュードは元がいいから手をかけなくても綺麗だけど、ちゃんと手入れしておかないと綺麗は長持ちしないからね」
「『靴屋の息子はいつも裸足』でしょ。もう今日は早く帰って、好きな物食べて、ゆっくりお風呂に入って寝なさいよ」
ジュードよりも忙しい二人に言われて、申し訳ないやら、情けないやらではあったが、言われた通りにすることにした。
「二人はなんでそんな元気なわけ?」
「ちゃんと工房のハーブグッズ使ってるからよ」
「私たちには家族や子供がいて、元気を分けてくれるしね」
「あれ、ジュード、幾つになったの?」
「え?……うーんと……、年末で三十六になる……」
口に出すと、実感する。
「まだまだじゃない! なんなら二、三日休んでもいいんじゃない? ジュードいなくても工房は大丈夫でしょ?」
それはそう。そういうふうに工房のメンバーを教育してある。自分の仕事以外も、何かあったら助け合えるように。ただ、ジュードが心配症で首を突っ込むだけなのだ。それも訓練だから、休んでみるか。
「わかった!土日合わせて五日休む!」
とは言ったものの、特に当てがあるわけではなくて。
まずは、帰って、午後ゆっくり晩ご飯の支度をした。自分の好きな物ばっかりにして。栄養とかじゃなくて。そんな事が贅沢なことに思える。そういえば、自分を大事にして来なかったな。これからは気をつけよう。
お風呂に貰ったハーブを入れた。二重のガーゼに入ったハーブはクレオパトラだって欲しがりそうな香りと効能だった。湯船にゆっくりと浸かって、全身の細胞を潤わせた。
初夏だった。エイブリー公国の夏は駆け足だ。三月に春を感じると、あっという間に夏になる。九月はもう秋。そして冬は長い。
一番日が長い季節だったので、外は真昼の明るさ。まだこれから二時間以上明るい。
湯冷ましに散歩へ出た。お墓へ寄って、大通りまでの小川沿いの道の散歩。
教会の屋根にいつもいるカササギが二羽になっていた。
「やぁ元気? うちの洗濯バサミ持って行かないでね」
カササギには皆が声をかける。ジュードだけじゃない……はず。
小川沿いの散歩道は小川に沿ってトネリコ並木が並んでいるので風が気持ちいい。今の季節には白い花が付いていた。木の高いところでコマドリの小さな声もする。足元の茂みの陰でクロウタドリが何かを探していた。
「ジュード!」
知らない声がした。
叫びながらこちらに向かってくる彼を、低くなった太陽が後ろから照らしていた。
「ジュード! 僕だよ! やっと会えた!」
知らない声は泣きそうで、でも喜びに溢れていた。この声は知らない。でも、ひょっとして……。
「ナサナエル?」




