幸せは来ない
何もせずに自分の部屋でただ時間を溶かす。空気はどんよりとして、まとわりついて、霧の中で彷徨うようだ。
一週間ほどで発情期がきた。今までで一番酷くて辛い日々だった。
いつも、出来るだけ考えないようにしているクリストファーのことが頭から離れない。
クリストファーがいない。クリストファーがいない。彼に会いたい。彼を連れてきて!
最後の日にジュードの涙を拭いた、小さなハンカチひとつを手に握って耐えていた。
おかしくなりそう。
クリストファーと過ごした前回の発情期の倍の日にちが経っても、スッキリしなかった。
ぼんやりした頭で、体もだるいまま。少し日に当たらないと気が狂いそうな気がして、抑制剤を飲んで外に出た。
すっかりと春の陽気で、家々の植木鉢や庭にはカラフルな花が咲いていた。風に吹かれて少し歩く。
気づくとクリストファーと過ごしたホテルの前にいた。
レストランの仕事を辞めてから、ホテルに顔を出していなかったなと気づいて、フロントに聞きに行くことにした。多分、何の連絡もないんだ、きっとそうだ。がっかりしないように期待しないでおく……。
ジュードの顔を見たフロントスタッフ数人が驚いたような顔をした。
ロビーの椅子で待たされ、その間に部屋を借りていた時のコンシェルジュが呼ばれた。クリストファーを担当している彼だ。
「ジュード・マイヤー様にお託けがございます。クリストファー・エインズワース様のご家族よりの」
無表情で何かを伝えようとしている。彼はもっと柔らかい物腰では無かったか?
「私どもに、先週エインズワース家より連絡がありました。クリストファー様が二月末に列車事故に遭われたそうでございます」
「列車事故?」
ジュードの耳はその言葉を捉えたのに、頭が拒否するようだった。列車事故って何だっけ?
「そのまま今も入院されていて、当ホテルにお預かりの荷物を取りにくる事は叶わないから、送るようにと申しつけられました」
「怪我が、酷いってことですか?」
「私どもは荷物の件しか伺ってはいないのですが、仕事先やご友人など、誰かからの問い合わせがあれば電話してくれれば対応すると電話番号を伺っております。電話をおかけになられますか?」
電話室の電話で、国際電話も掛けられます、と掛けかたも教えてもらった。
心臓が壊れそうなくらい暴れ出している。
「はい。こちらはエインズワース家です。どちら様?」
「あの……、ジュード・マイヤーと言います。クリストファー様が事故に遭われたとお聞きしました。お加減はいかがでしょうか?」
メイドさんだろうか? 若い女性が電話を取ったので、少し緊張がほぐれた。
「カレイド国のジュード・マイヤー様でいらっしゃいますね」
電話の女性はゆっくりと言った。
「クリストファー・エインズワースは亡くなりました」
「!」
国際電話は少し受け応えのタイムラグがあった。その為、お互いのやり取りが重なってしまって聞き取れないことがある。
「亡くなった……」
「亡くなりました」
タイムラグのせいか、ほとんど被るように電話の女性は答えた。
「……いつ、ですか?」
「三日前です。葬儀も終えました」
「あの、あなたは?」
「私はアメリア・ゲイブルズ。クリストファーの遠縁で彼の婚約者でした」
「……婚約者」
「貴方の事は帰国したクリストファーからお聞きしました。お付き合いがあったとか」
「……」
「クリストファーは二月の末に列車事故に遭いまして、頭部と足を怪我いたしました。それ後、意識不明のまま三日前に亡くなりました。そんなわけで私も貴方様に、是非お会いしたかったのですが、残念です。お悔やみの言葉も結構です。では、失礼いたします」
電話を切って、国際電話の料金をフロントで支払って、路面電車に乗って帰ってきたと思うんだが、全く記憶はなかった。
気がつくと、夜の静かな暗い部屋の中で、ベットに座っていた。
手にはクリストファーのハンカチを握っていたが、涙さえ出なかった。




