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夢なら良かった

「どういうこと?」

 ジュードは声を絞り出した。やっと形になった枯れたような声を。

「……下に行こう」

 サイラスはロザリーが起きてくるのが不安なんだろう、ジュードの使っている一階の空き部屋に移動しようとした。

 ドアの隙間から見えたアビゲイルは、ベッドの上に座って泣きじゃくっていた。ほとんど裸で。


「アビー、風邪をひかないように服を着てお布団に入って」

 アビゲイルやナサナエルの入浴の手伝いもした事のあるジュードだったが、声をかけるしか出来なかった。寝室に入る事も憚られるし、アビゲイルは今、ジュードの事も怖いかも知れないと思った。

 ジュードの声に頷いたアビゲイルがノロノロと服を着るのを見届けて、ドアを閉めて一階に降りた。


 サイラスの言い訳は酷いものだった。魔が差したとかそんなつもりじゃなかったとか。アビゲイルの気持ちは考えていないようだった。ロザリーのことも。元々、ジュードは断罪する立場ではない。ロザリーに何と言うかだった。

 二度としない。ロザリーには言わないでくれというサイラスは随分しょげた様子で部屋から出ていった。


 どうしたらいいんだろう? ロザリーに言うか? 言わないか? いや、言わないわけにはいかない。なんて言ったらいいんだろう?

 悩んだまま朝になった。


「おはようございます」

 いつもの時間にダイニングに行くと、サイラスとロザリーが引き攣った顔で並んで待っていた。


「とんでもないことをしてくれたな」

 サイラスが言った。

「は?」

 どういうことだ? 驚いたジュードに、サイラスは続けて言った。

「アビゲイルにも、俺たちにも酷い裏切りだ。信じてたのに」


 全く予想してなかった。サイラスがここまでする男だとは思わなかった。自分の保身の為に、嘘を付き通す気か。


「……僕じゃないでしょう?」

「嘘をつくんじゃない! 俺は見たんだ」


 ロザリーに疑われないように、サイラスは大きな声で畳み込んでくる。

 ジュードは、全くの不利だった。証拠はない。証明もできない。

 アビゲイルに聞けばと一瞬思ったが、そんな話はさせたくないし、小さいから勘違いしてると言われるかも知れない。


「出ていってくれ」

 サイラスにそう言われたら、渦巻く気持ちを抑えて、従う他はない。

「僕も残念です」

 チラリとロザリーの方を見ると、ロザリーはテーブルの上で組んだ自分の指を見ていた。

 それ以上は何も言わせないように、サイラスはジュードをダイニングから追い出した。


 レストランの空き部屋で荷物を片付けていると、ロザリーが来て言った。

「ごめんなさい。わかってるの。あなたはそんなことしないって」


 サイラスは開店準備でレストランの方にいるらしかった。

「あの人はβだから、私たちΩの気持ちはわからないのよ」

 サイラスがここに来ないと分かっていても、声を落として、ロザリーは静かに話した。

「Ωは一途ですもの。ジュードは彼のことしか考えていないわよね」


「アビゲイルはどうしてます?」

「サイラスを避けてる。それ以外は普通」


「どうするんですか?」

「昨夜は私がナサナエルと一緒に寝ちゃって、アビゲイルを一人にしちゃったから。もうしないわ」

「このままでいいんですか?」

「さっきの様子を見ても、サイラスの嫌なところがはっきり見えちゃって……」

「僕はお二人を理想の夫婦だと思っていました。昨日まで。残念です」

「そうね。私もよ」


 ロザリーが昨日までの給金を渡して来た。

「ジュードがいなくなったら、アビゲイルもナサナエルも寂しがるわね。今までありがとう。本当に助かった」

「僕はどうせあとひと月くらいしかここにいられないはずなので、辞めるのが少し早まったっていいんですが。無理はしないでくださいね」

「ジュードの恋が実るように祈ってる」


 アビゲイルとナサナエルに挨拶をしたかったが、そのまま外に出た。振り向くと2階の窓にロザリーとアビゲイルとナサナエルの姿があった。

 アビゲイルが手を振っていた。ナサナエルはジュードの姿を見ると、両手を広げて、泣き出した。抱っこしてくれというように。二人にもう会えないのかと思うと、辛い。

 ナサナエルの泣き声が、ずっと見送ってくれた。


 


 

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