魔女の涙
夜、ノックされた自室の扉を開けると、ミリアが立っていた。
「何だよ?」
真っ赤な顔で俯くミリアは、どこか不安そうで、どうしていいのかわからない――そんな表情をしていた。
……昼間の光景が、まだ頭から離れないのだろう。
「いっ、一緒に寝てあげるわ」
顔を上げて、潤んだ目でこちらを見てくる。
「はぁ? ……別にいいけど」
軽く返そうとして――言葉を飲み込んだ。
裾を掴むミリアの手が、小刻みに震えている。
……強がってるだけか。
俺はそっと、ミリアの背中に手を当てて、中へ入るように促した。
「同じ部屋で、いいのか?」
「そっ、それは……二人で旅してた時は、ずっとそうだったじゃない」
視線を逸らしたままの言い訳に、少しだけ苦笑する。
確かに、あの頃はそれが当たり前だった。
「まあ、ベッドは広いから。大丈夫だろ」
そう言うと、ミリアは小さく頷いてベッドに入った。
少し距離を空けて腰を下ろす。
それでも、すぐ隣にいるとわかる距離だった。
ミリアが落ち着くのを待って、俺も横になる。
しばらく、何も話さない時間が続いた。
静かな部屋の中で、ミリアの呼吸だけが近くで揺れている。
……今は、聞かない方がいい。
「マックス」
背中越しに呼ばれた声が、やけに小さく響いた。
「なんだ?」
少し間が空く。
言葉を選んでいるのか、それとも――怖いのか。
「アンタは……どうなの?」
「どうって?」
「私のこと……怖いと思う?」
思わず息を吐いた。
……そんなことで、こんな顔してたのか。
「俺が? ミリアを? 怖いわけないだろ」
振り返ったミリアの目は、すがるように揺れていた。
「本当?」
「ああ、本当だ」
今さら、何を怖がれって言うんだ。
お前のせいで何度も死にかけてる――なんて、言えるわけがない。
そんなことを言えば、こいつは本気で壊れる。
だから俺は、ただ目を逸らさずに答えた。
ミリアの肩が、かすかに震える。
「だって……だって、みんな怖いって言うし」
「それはお前じゃなくて、お前の魔法だろ?」
「一緒よ!」
強く言い返した声が、すぐに揺れる。
「みんなの目を見ればわかるわ……」
体を起こしたミリアの手が、ベッドの上で震えている。
「黒炎の魔女なんて呼ばれても、嬉しくないのよ……」
ぽろり、と涙がこぼれた。
「私……おばあちゃんみたいになりたくて、魔法の勉強をしたわ」
「ああ」
「アストリッドのところでも、いっぱい頑張ったの」
「知ってる」
ずっと、見てきた。
誰よりも真剣に、誰よりも必死に。
――だからこそ。
「でも……爆裂魔法を撃った時」
ミリアの声が、かすかに歪む。
「勝ったって……思ったの」
「……そりゃあ、思うだろ」
否定できるはずがない。
あの場で、そう思わない方がおかしい。
だけど――
「違うの……!」
ミリアは首を振った。
「そうじゃないの……!」
目をぎゅっと閉じて、何かを振り払うように。
「じゃあ、なんなんだよ」
わかっている。
それでも、言わせるしかない。
「あの一撃で……数百人、死んだわ」
まっすぐな視線が、俺を射抜く。
「撃てば、そうなるって……わかってたのに」
震える手が、ぎゅっとシーツを掴む。
「なのに、私……」
言葉が続かない。
代わりに、涙だけが落ちていく。
俺は、ミリアの言葉を待った。
「……嬉しかったのよ」
自分で言って、顔が歪む。
「そりゃ……怖いわよね……」
自嘲するように、かすれた声で笑った。
「こんな魔法、使うんだもん……」
「ミリア」
「これからも、きっと……」
「ミリア!」
遮るように名前を呼んだ。
一瞬だけ迷って、それでも手を伸ばす。
肩に触れても、震えは止まらない。
――なら。
……仕方ないか。
俺はそのまま、ミリアを引き寄せた。
細い体が、驚くほど軽く腕の中に収まる。
「お前の魔法がなかったら、リライアンスは壊滅してた」
「……そうかしら」
「みんな感謝してる」
「……うん」
「今回だって、お前がいたから乗り切れた」
「……うん」
小さく頷くたびに、震えが少しずつ弱くなっていく。
「キャッシュみたいに、仲間を失うのは……もう嫌だろ」
「……絶対、嫌」
その言葉に、ようやく力が戻る。
だから俺は、そっと頭を撫でた。
「じゃあ、それでいい」
「……え?」
「怖くてもいい。迷ってもいい」
腕の中の体が、わずかに動く。
「それでも撃てるなら、それで十分だ」
しばらく、ミリアは何も言わなかった。
ただ、静かに俺の胸に顔を押しつけていた。
「……ずるいわね」
小さく笑いながら、そう呟いた。
「何がだよ」
「そうやって……全部、肯定するんだから」
少しだけ笑った気配がした。
――ようやく、いつものミリアに戻ってきたか。
「さあ、もう寝ろ」
「……うん。ちょっと、疲れた」
そのまま、自然に目を閉じる。
腕の中の温もりが、ゆっくりと落ち着いていく。
やがて、意識が沈みかけた頃――
「マスター、起きてますか?」
遠くで声がした気がした。
「マスター?」
……気のせいか?
「なっ!?」
変な声が聞こえた。
ゆっくり目を開けると――
目の前に、ミリアの顔。
……近い。
いや、近いどころじゃない。
首に手を回されてるし、こっちは背中に手を回してるし――
これ、どう見ても。
「失礼しました!」
……パタン。
静かに閉まる扉の音が、やけに響いた。
「……ん」
ミリアが小さく身じろぎして、さらにしがみついてくる。
……離れろとは、言えないか。
あーあ、ルーナ行っちゃったよ。
……また見られたな、これ。
……絶対、変な誤解してるだろ。




