黒炎の魔女
「ベルナップ様! 出陣した兵が数名、戻ってきました」
「何? もう戻ったか」
ベルナップが見ると、伝令に来た兵士は暗い顔をしていた。
「どうした……?」
「それが……」
兵士が何か言いかけたが、ベルナップはそれを遮るように言った。
「いい、案内しろ」
ベルナップは案内されて、戻ってきた兵の待つ部屋に向かった。
ドアを開けると、五名の兵士が待っていた。
全員顔色が悪く、疲労が見え、姿勢も崩れていた。
「何があった?」
「こ、こちらの軍は……壊滅しました」
ベルナップの顔色が変わる。
「我々は、後方支援部隊でしたので……」
「逃げ帰ったと言うわけか?」
ベルナップが声を荒げて、兵士の襟首を掴んだ。
「それほどか? リライアンスの強さは」
ずっと下を向いていた、一人の兵士が呟く。
「あれは……戦争なんてもんじゃない」
「なんだと?」
呟いた兵士は顔をわずかに上げて、ベルナップを睨んだ。
「あんなのは、人間の出来ることじゃない!」
睨まれたベルナップは意味が分からず、他の兵に視線を移した。
「丘の上に、魔女が立ってたんです。弓を撃っても動きもしなかった」
「魔女……?」
兵たちは思い出したのか、体を震わせはじめた。
「黒い炎が迫ってきて……辺りが真っ白になったんだ」
「そう……だ、気づいたら吹き飛ばされていて」
兵士達の様子に、ベルナップは思わず唾を飲み込んだ。
「軍が……街道ごと抉り取られて、みんな岩の下敷きになっていた」
「人が……人だったものが散乱していた」
「それを丘の上から……あの魔女が見下ろしてたんだ」
「あれは……黒炎の魔女だ」
黒炎の魔女、その響きにベルナップは震え上がった。
「待て、ジルとロルフはどうした?」
「恐らく……」
兵士が首を振ったのを見て、ベルナップは足から崩れ落ちた。
続々と戻ってくる兵達の半分は怪我をしていた。
「戻ったのは……我々で最後です」
ノア・ベルナップは絶句した。
千の軍が、たった1日で百名足らずになって戻って来たのだから。
「黒炎の魔女……」
父親から聞いたその名を呟く。
「ノア様……リライアンス軍はこちらへ進軍してきます」
黒炎の魔女がやって来る、街ではその噂で持ちきりだった。
早めに店を閉めたり、家の戸を固く閉ざしたり、外に出ないようにしたりと――街の人々はそれぞれで対策をしていた。
やがて、街道の向こう側に――
リライアンスの軍勢が姿を現した。
街に入ると異様な雰囲気だった。
静まり返った広場、閉ざされた扉。
窓の隙間から、怯えた視線だけがこちらを見ていた。
時々見える人々も、チラッとこちらを見ては目を逸らし噂話をしている。
話してるのは、決まって黒炎の魔女のことだった。
「黒炎の魔女って……ミリアのことか?」
俺がそう言うと、エギルが頷いた。
「恐らく……爆裂魔法から連想したのかと」
「私が……黒炎の魔女?」
そう言ったミリアの肩が、少し震えているように見えた。
それが誇りなのか、それとも怖いのか――俺にはまだ分からなかった。
「ミリア、遂に有名なウィザードの仲間入りだな」
「そ、そうね! 当然だわ」
そう言っていつも通りに振る舞う。
だが、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「まずはベルナップの館に向かってくれ」
「はい、マスター」
返事をしたエギルの号令で、軍勢はベルナップの館に向かった。
「ここは、通せません」
ベルナップの館に着いた。俺とザックが門に近づくと、門番が俺たちを拒んだ。
「門を開けてくれ、リライアンスのマックスがベルナップ卿に会いに来た」
「今は、誰も通すなと言われてます。この門は開けることができません」
なかなか真面目そうな二人、好感が持てる。
「わかった、君たちは開けなくていい。怪我をしないように少し離れていてくれ」
「しかし!」
食い下がろうとした兵達の目が凍りつく。
ザックが山穿を構えたからだ。
「……下がれ」
低く呟く。
門番たちは思わず数歩後ずさった。
次の瞬間――
轟音と共に、館の門が粉砕された。
門番たちは言葉を失って、その場に立ち尽くしていた。
邸内に入ると、建物の前に三十人ほどの兵士が待ち受けていた。
俺たちの後ろから、ミリアが姿を出すと兵士たちは震え始めた。
「こ、黒炎の魔女だ……」
「この館ごと……吹き飛ばされる」
腰を抜かす者、背中を向けて逃げる者が出て兵士たちは道を開けた。
「何よ? そんなことしないわ」
ミリアが不満そうに呟いた。
「お待ちください」
建物の前で、一人の若者が頭を下げた。
「ベルナップが三男、ノア・ベルナップと申します」
「そうか、ノア。それで何の用だ?」
そう聞くと、ノアは少し頭を上げた。
汗を流して震えている。
「兄の、兄達の遺体は……どこに?」
「二人の遺体は運んできたさ、埋葬してもらえるか?」
「はい、もちろん」
「体を全て集めることはできなかった、すまんな」
ノアは激しく首を振った後、
「ベルナップに対する温情、感謝します」
瞳から涙を流しながら頭を下げた。
「マスター、見つけました」
ルーナが男の首にナイフを突きつけて現れた。
「そいつが?」
「はい、ベルナップです。裏口から逃走するところを発見しました」
アヴェンジスケールを抜いて、ベルナップの首に当てる。
「悪いが、軍を差し向けた卿を生かしておくことはできない」
震えながら、こちらを見ることもできない。
ベルナップが何とか言葉を絞り出した。
「あれは……愚息が、勝手に軍を率いたのだ」
ノアを見ると、目をつぶって首を横に振った。
その頬を、涙が伝っていた。
俺はゆっくりとアヴェンジスケールを構える。
ベルナップは震えながら、何かを言おうと口を開いた。
だが――言葉は出なかった。
次の瞬間。
アヴェンジスケールがベルナップの首を貫いた。
ベルナップの体が、力を失ったように崩れ落ちた。
ノア達には翌日、戦後処理について話すことにした。
今日は戻った兵達の治療と、休息に当てるように伝えた。
館の客室に寝室を用意してもらった。
街に買い出しに出たルーナとザックが食事を持ち帰り、それぞれの部屋ですました。
夜、部屋の扉がノックされた。
そろそろ寝ようとしていたが、闇討ちかも知れないと緊張が走った。
「誰だ?」
「わ、私よ……」
「ん……? ミリアか?」
ドアを開けると、ミリアが立っていた。
心細そうな顔で、真っ赤になって俯いている。
「何だよ? 早く寝ろよ」
「う、うるさいわね……」
「……で? 何の用だよ?」
ミリアはしばらく俯いたまま黙っていた。
指先が落ち着かないように、ぎゅっと服を握っている。
やがて決意したように顔を上げて――
「い、一緒に……寝てあげる」
と言った。
は?




